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7

 翌朝。いつも通りコンビニで買った菓子パンを齧りながら学校に向かい、席に着く。浦部はまだ来ていないので、ポケットからスマホを取り出すと――、

 友人たちと雑談していた日下部が近づいてきて、俺の机を勢いよく叩く。


「おい」


 なるべく恐怖の色を見せないよう、ゆっくりとそちらを見る。


 ――あぁこれ、クソキレてるわ。眉ピクピク動いてるわ。死んだわ俺。明日から学校来れるかなぁ……。


 昨日の文句をまくしたてる日下部に対し、意識を現実から飛ばすという神業を駆使し聞き流していると、突如教室の扉が勢いよく開かれた。


 ――教室内がざわつく。


 現実逃避を一旦止めそちらに目を向けると、そこには鬼が居た。


「お、鬼……」

「馬鹿お前……!」

「鬼瓦……」

「オーガ……」


 クラスメイトが声を漏らす。

 ――そう、そこに居たのは、一人の鬼であった。


 3年、鬼瓦(おにがわら)香月(かつき)先輩。女子レスリング75kg級高校王者。スポーツに興味のない俺ですら知っている、恐らくこの学校で最も有名な生徒。

 身長は、高校生男子の平均くらいだろう。体重だって、75kgは重すぎるというわけではない。

 しかし、対面すると分かる。人間として絶対に勝てない相手だと。そう確信してしまうほどに大きく感じるその女生徒は、教室をぐるりと見回すと、一人の生徒に目を付ける。


日下部(ッサカベ)ェ!!!!」


 その声に、教室が震えた。

 びくり、と身体を跳ねさせた日下部が、鬼瓦先輩から目を逸らし、友人たちを見、それから俺を見た。


 ――その瞳は、恐怖に染まっていた。


 足をがくがく震わせた日下部が動けないでいると、先輩が教室に入ってくる。

 ずかずかと近づいてくる鬼に、男子も女子も道を開ける。


 ――して、あっという間に俺の席の目の前に。

 いや怖すぎる。なにこの人。あだ名がオーガなのも納得だよ。角が見える気がする。


「アンタ昨日、アタシの姫を怖がらせたんだってなぁ」

「ぃひっ、姫ですか!?」


 裏返る声で日下部が返すと、先輩は机をバン、と勢いよく叩いた。あの、それ俺の机なんですが……。


「それともなんだ? アタシが名前を聞き間違えたってのか?」


 先輩が俺を見るので、ぶんぶん首を振って否定する。何のことか分かんないけどあなたが全て正しいです、と気持ちを込めて。ちなみに声は出なかった。返事出ただけ日下部はすごい。


「話し中悪いね、ちょっと借りてくよ」

 そう言うと先輩は、日下部の、――襟を掴んだ。


 夏服の、薄い襟をだ。

 一番上のボタンを留めていなかったのが災いしたか、留まっていたボタンが一個、ぱつんと千切れ跳んで俺の顔に当たる。


「待っ、たす――」


 ぐい、と首を引かれ、あやうく倒れそうになりながらも日下部は先輩に引きずられていった。


 ――して、教室に静寂が訪れる。

 困惑したまま顔を見合わせる、日下部の友人たち。

 こそこそ話を始める、女子たち。

 次に教室にやってきた浦部を、思わず全員が凝視してしまったのは仕方ない。

 だが浦部は、一人の珍客を連れてきた。


「おっはようございまーす」


 元気のいい挨拶ですね。満点を差し上げましょう。


 ――教室に入ってきたのは、かりんだった。

 クラス中の熱烈な視線を浴びても毛ほども気にしない様子の美少女は、迷うことなく俺の席までやってきた。

 後ろの席に座った浦部が溜息を漏らし「おはよう」と言うので、挨拶を返す。そして、かりんの方を見た。


「お前……クラス間違えてんぞ」

「いや間違えてませんが!? 先輩に会いに来ただけですっ!」

「それみんなの聞いてるとこで言うのやめてくれ……」


 クラスメイトの視線が痛い。痛すぎる。昨日の出来事を知らない生徒が、明らかに困惑している。男子からは熱い殺意が飛んでくるぜ。


「んーと、どうなりました?」

「どうって……何が?」

「あのDVクソ男」

「日下部か。いやDVしてるかは知らん」


 確かにDV顔だよな、っていやそれは偏見か。でも椅子蹴っ飛ばしてきたしなぁ。


「怒ったとき物に当たる輩は大抵、エスカレートすると人に当たるようになるんですよ。だから絶対DV男です」

「そ、そうか」

 かりんが言うならそうかもしれん。俺には分からん。


「鬼瓦先輩に連れていかれた。……まさか」


 恐る恐るかりんを見ると、満足げな顔でふふんとこちらを見下ろした。

 いや下から見ても可愛いな。おかしいだろどの角度から見ても可愛いって。なんかおめめキラキラしてるし。

 カラコンか? 昨日してなかったよな? いやしてたのか? わからん。女子のオシャレは俺には分からん。

 でもなんとなくだが、昨日より可愛い気がする。なんというか、盛れてるのだ。顔面が。ただでさえ美少女なのに、当社比3割増しくらいで可愛い。


「お姉ちゃんに、昨日の一件相談してたんです」

「……お姉ちゃん? 鬼瓦先輩がか?」

「あ、はい。去年まで私の名字、鬼瓦だったんですよ。1年半くらいはお姉ちゃんでした」

「すげえ繋がりだ……。この学校選んだのもそれか」

「あ、いえ、それもありますけどそれだけじゃありませんが。でも先輩、あの男に何かされました? 間に合いました?」

「間に……合ったと思う。でもその、もっと恨まれるんじゃないか?」


 直接争えないから女子を使って戦うとか、相当な卑怯者に思えてくるのだが。逆恨みレベルがどんどん上がってきそうだ。


「あっちが悪いんです。暇なときに話しかけられたら、私だって愛想笑いと世間話くらい付き合いますよ」

「……まぁそこは否定出来ないが。日下部、何されてんだ?」

「さぁ?」


 そこは興味がないのか、一瞬だけ教室の外に視線を向けたかりんは、次いで浦部を見た。


「トモナリさん、私が教室向かおうとしたの止めてくれたんですよ」

「ん? ……そうなのか?」


 トモナリというのは、浦部の下の名前だ。漢字は共成(キョウセイ)だが、読みはトモナリである。

 なるほど、だから一緒に教室に入ってきたのかと、振り返って浦部を見た。随分と不服そうな顔である。


「……鬼瓦先輩が見えてたからな。何かは知らんが絶対修羅場になると思ったんだよ。義理姉妹なら杞憂だったか」

「あー……いや、助かる。悪いな浦部」

「良いってことよ。……だが貸し一つだ」

「これで前の一件が相殺されたな……」

「「ククク……」」


 定期的に貸し一つとか言いあうが、まぁオタク仕草なので特に返したりはしていない。かりんはちょっと困惑してるが、慣れてくれ。ただのオタクの日常会話だ。


「じゃあ、先輩これどうぞ」


 そう言うと、かりんは俺に可愛いキャラもののポーチを手渡してくる。

 受け取ると、ちょっと重い。何だろう?


「お弁当です。買い物行く時間なかったのであり合わせのものですが……」

「さっきの貸しを今すぐ返せッ!!!!」


 浦部が俺の背中をどついた。いてえ。


「渡さねーよ!?」

「なんでだよッ!!」

「かりんが俺に作ってくれた弁当だろうが……ッ!!」


 そう叫ぶと、教室中から同じ声が聞こえた。「「「「えっ」」」」、と。

 あっ、やべえ、流石に今のは失言だ。日下部が居たらドロップキックされてたかもしれん。いやそんなアグレッシブなのかは知らんが。


「弁当って?」

「あの子後輩だろ?」

「オタクとどんな関係?」

 クラスメイト達が思い思いの疑問を口にする。俺にも分からんので返しようがない。


「お昼も一緒に食べようと思ってたんですが、そこはごめんなさい! その、先輩と食べるのが嫌とかじゃなくて、普通にクラスの友達と食べようかと」

「あぁ、いや、良いよそういうのは」

「……引き止めたりしないんですか?」

「友達は大事にしろ」


 そう返すとむすっと唇を尖らせたが、そんなところも可愛いな。なんか表情いっぱいあるの良いよね。俺なんて無と無と無だよ。表情筋が死んでるオタク舐めんな。


「……トモナリさん、うちの人をお願いします」

「えっ!? あ、うん、任された」

「何を……?」


 浦部も困惑してる。そうだよな、こういう陽の者の距離感ってオタクとは全然違うんだわ。あとうちの人って何? 親戚かなんかかな? 夫婦――なわけねーよ。


「じゃ、また放課後に! 暇だったらいつでも遊びに来てくれて良いですからねっ!」


 それだけ言うと、かりんは台風のように去っていった。暇でも遊びには行かねえよ。既に針の筵だよ。用もないのに下級生のクラスとか行けねえんだわ。


「……丹下」

「なんだ」


 低い声で、浦部が呟く。目から血が流れてんじゃないかというほど、悲しそうな顔だ。


「殺したら華凛ちゃんが悲しむから殺さねえ。……だが俺はお前を一生恨むぞ」

「半日くらいで忘れてくれ」

「忘れるかよッ!! 俺とお前は同類だと思ってたのに……ッ!!」


 俺も昨日までそう思ってたよ。クラスの女子に話しかけるだけで「え、何……?」って顔されるカースト底辺同士、仲良くしようぜ、なぁ……!

 しかしこの溝は、どうやら簡単には埋まりそうにないようだ。


 結局、日下部は予鈴が鳴った頃に帰ってきた。

 ずいぶんとぐったりしており、俺のことを一瞥すると、表情も変えず席に着いた。

 何があったかは分からんが少なくとも怒りは収まったようで、一安心。もうそれだけ考えることにした。

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