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20

 両親挨拶という一大イベントを終え、翌週。


 その日は、季節外れの台風だった。

 年内はもうテスト以外の行事はなく、皆の気が緩んでいたタイミングで突然生まれた台風が、あっという間に本土上陸。

 台風接近中というのに、暴風警報が出ていないからという理由で登校を余儀なくされた可哀想な公立高校生たちがびしょ濡れになりながら登校したが、案の定か、1時限目が終わる前に暴風警報が発令された。

 警報出たから帰れと言われても電車は止まっていて、校舎に缶詰めにされる生徒たち。

 そんな中、親が迎えに来てくれた生徒や、家が徒歩圏内の生徒は雨風が収まったタイミングで帰ってもいいという話になったので下駄箱に向かうと、そこに待ち構えていたのは、見慣れた後輩の姿である。


「かりん、お前電車通学だろ」

「そうですけど!」

「親が迎えに来るんだよな?」

「来ませんけど? っていうか連絡してませんし」

「……そうか」


 もうこれは言っても聞かないだろうなと説得を早々に諦め、強風吹きすさぶ中、なんとか玄関の扉を押し開け、傘を差し外に出――――

 傘が吹っ飛んで行った。身体より先に外に出したのがまずかったらしい。


「…………」

「見えなくなっちゃいましたね」

「かりん、傘は」

「持ってますが、オキニの傘が折れたり飛んでいったら普通にショックなので……」

「……そうか」


 ならこれは、気合で行くしかないな。

 というか、こんな横風吹いてたら傘なんてあってもなくても変わらんか。

 よし、と気合を入れてから外に出る。


 ――とんでもない横風に一瞬よろけそうになったが、立地の問題だったか、よろよろと歩き校門を出たあたりからはあまり風を感じなくなってきた。


 広い駅前を通らず、なるべく隣に壁のある狭い住宅街を抜けて、風に逆らって進む。

 流石のかりんも口数少なく、いつもの倍ほどの時間をかけ、なんとか帰宅を完遂した。


「……風呂だ」


 びしょぬれの服を玄関で絞りながら、開口一番そう伝える。


「一緒に入ります?」

「入らねえよ。……先入れ。風邪ひくぞ」

「自慢じゃないですが、私風邪ひいたことないんですよ」

「そうか。でも入れ。あったまるまで出なくていいからな」

「はーい。ではお言葉に甘えて、お借りします」


 びしょ濡れのかりんを見ていると、変な気持ちになりそうだったから。

 ――そんなこと本人に言えるはずもなく、靴下を脱いだかりんはぴょん、ぴょんと跳ねながら浴室へ向かっていった。


 当然、脱衣所などあるわけもない極狭物件なので、キッチンと浴室は直結だ。なんとなく輪郭が透けて見える例のドアで隔たれている。

 当たり前のようにかりんがキッチンで服を脱ごうとするので、慌てて自室に飛び込んだ。


(これ、夏服だったらヤバかったなぁ……)


 肌に張り付くセーラー服の生地は、くっきりと身体のラインを浮かび上がらせる。

 夏服だったら白基調なのもあって、肌や下着が見えてしまったことだろう。冬服が濃い色で助かった。いやなんでこんな季節に台風来るんだよ。


「あっ、せんぱーい」

「なななっ、なんだ!?」


 なるべく布に触れないように壁に背をもたれさせ、天井を見上げながら先程見てしまったかりんの姿を思い返していると、突然声を掛けられて心臓飛び出るかと思った。

 自室から、ゆっくりと顔を覗かせる。風呂場の扉からこちらに出ているのは、腕だけだ。――しかし、湯気が漏れている。

 えーと、さっきシャワーの音聞こえてたよな。んで、身体からは湯気。つまり――


(なるほど全裸じゃねえの……?)


 怖い。手だけなのにここまで妄想が発展してしまった。下半身の一部に血が溜まる。

 冷静に考えたら服を着たまま風呂に入るはずもなく、浴室ドアの前には脱ぎ捨てられた――といっても几帳面に畳まれたセーラー服と、パン――いや見てない。俺は何も見てない。


「持って入るの忘れちゃったんで、ラックの脇にある茶色のポーチ取って貰っていいですか?」

「ん? あ、あぁ」


 なるべく浴室の方を見ないように立ち上がり、言われた通りのものを探すと、段ボールの陰に挟まるようにポーチが置いてあった。当然俺の私物ではない。ちょっと重いが、何だろう。


「これは?」

「色々でーす」

「そ、そうか」


 中身を見るのも躊躇われるので、そのまま浴室に近づき、手に渡す。

 ――が、浴室から手だけを出してるかりんはこちらを見ておらず、案外重いポーチを上手く掴めず取り落としたので、――屈んで慌ててキャッチした。何が入ってるかも分からんから、落としていいものか分からん。


 ふぅ、と一息、んで顔を上げると、――――「あっ」


「覗きですよー?」

「わわわわ悪い! でも足しか見えてない!!」

「ホントですかー?」

「ほっ、本当だ!!!!」


 視線をすぐに上に上げなかったお陰か、足しか見えていない。本当だ。

 でも、なんか――見えた気がしなくもないというか、男子高校生の妄想力舐めんなよ。もう脳内にはくっきり全裸の――といってもなんとなくの姿を脳内補完しただけだが――かりんの全裸が焼き付いてしまった。妄想だ。妄想なのにッ!!


 押し付けるようにポーチを渡すと、我慢出来ず自室に飛び込んだ。

 それから何をしていたかは、――言わないでも分かるだろう。


「せんぱーい」


 それから20分もすると、再び浴室からかりんの声が。


「今度はなんだよ!」

「あっ、ごめんなさい。すっかり忘れてたんですが」

「何を?」

「私、何着ればいいんでしょう? いやあの、全裸だとちょっと肌寒いのでシャツ1枚でも借りれると助かるんですが……」

「…………ちょっと待ってろ」


 まぁ、それもそうか、当たり前だよな。着替えなんて持ってきてるはずがないよな。

 そもそもタオルを渡すのも忘れてたなと、押し入れの中からとりあえず前回洗ったバスタオルを手にし、悩む。


「何着せりゃ良いんだ……?」


 私服なんてほとんど持ってない。かりんと一緒に買い物に行ったときに2セットほど買ったが、それ以外は着潰してるジャージくらいだ。

 オタク友達と遊ぶ時も、外出る時も、買い物行くときも、大抵ジャージ。寒くなるとその上にコートを羽織るし、なんと冬用の分厚いジャージもある。


 ――つまり、こういう時に人に貸せる服が全然ないのだ。

 だが、そんなこと言ってはいられない。このままじゃ選択肢が、①濡れた服を着せる ②全裸、の二択になってしまう。アホか。馬鹿でも風邪ひくわ。

 ジャージを手に、うーんと悩む。これ肌に直接着るものじゃないんだよな。最低でも下着が必要だが、当たり前だが女物の下着なんてあるはずもなく。


「せーんぱーい、まーだでーすかー」

「マジで待って!」


 急かす声が聞こえる。慌ててひっつかんだ服を手に部屋を出、浴室の前に放り投げた。


「と、とりあえずそれ着てくれ! タオルも置いてあるから!」

「ありがとうございまーす」


 即座にドアを開ける音が聞こえたので、慌てて背を向ける。


 ――数分後。


「助かりました。いやいやお恥ずかしい限りで」

「……いや俺こそ悪い、いきなり風呂勧めたりして」

「いえいえー、助かりました。先輩もどうぞどうぞ」

「あ、あぁ……」


 かりんの方は極力見ないようにし、自室に押し込むと、服を籠に放り投げて浴室にイン。

 ――あれ、湯船が溜まってるな。

 ずっとシャワーの音が聞こえていたから、たぶん湯船の中でシャワーを浴びていたのだろう。その湯が溜まっているのだ。


(つまりこれ、かりんの、…………出汁?)


 なんとかエロくない方向に思考を進めると、下を見ないようにして頭からシャワーを浴びる。何年も浴び続けているシャワーは、なんだかいつもより熱く感じた。

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