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家を出ると、屋敷の前には一台の車。
てっきり親でも出てきたのかと思えば専属の運転手のようで、かりんが行先を告げるとすぐに走り出す。
何も分からないままドナドナされることおよそ30分。辿り着いたのは、住宅街から少し離れた街中にある雑居ビル群。
かりんの後を追い中に入ると、入口のフロアガイドに『燧ダンススタジオ』という今では少しだけ見慣れた漢字を見つける。
なるほど練習場ってそういう本格的なところなのかと、てっきり体育館のような場所を想像していたので驚きながらも階段を上り、3階へ。
ビルの中ということもあって天井は低いが、外観から想像していたより室内は広い。
受付に居た女性と二、三話したかりんが先に進むので後を追いかけると、事務所のようなところでノートパソコンを操作している男性の姿があった。
「義房さん、お疲れ様です」
「んー? なんだかりんか」
椅子に座った男性は顔だけこちらを見ると、あまり表情を変えることなく返事をした。煙草を咥えている――と思ったが、よく見ると煙は出ていない。あ、ボールペンのキャップかこれ。
「メールで話してた人、この人です」
「へぇ?」
じろじろとこちらを見る男性、――40代くらいだろうか。若干白髪は目立つが、あまり老けているようには見えない。
この人が義房さん、この服の本当の持ち主か。動画では相当なイケメンに見えたが、こうして見ると普通の疲れた中年男性だ。
「は、初めまして。えっと、」
「丹下聖、高校2年生、運動経験ゼロ、ついでに女性経験もゼロと」
「えっ」
「そ、そこまで話してませんよね!?」
焦るかりんに、困惑する俺。いや確かにゼロだけども!!
「顔見りゃ分かる。これぁ童貞の顔だ」
「はい…………」
そりゃ頷くしかないよ。はい、顔見れば分かる通り童貞です……。
なんか嬉しそうに俯きぴょんぴょん跳ねるかりんをとりあえず無視し、頭を下げる。
「あの、服お借りしてます。綺麗にして返すので……」
「あー、気にすんな気にすんな。つーか気ぃ遣って変なとこでクリーニングに出すなよ。服が泣く」
「は、はい……」
そう言うと、義房は椅子をくるりと回し、こちらに足を見せる。――足?
ズボンを捲られ、「あっ、」と声が漏れた。
――義足だ。膝から下が、金属製のパイプのようなもので作られている。
「こんなだから、俺ぁもう着れねえんだよ」
「……事故とか、ですか」
「そんなとこだ。今の俺ぁ昔取った杵柄でスタジオ経営してるだけの、ただのオッサンだよ」
自嘲気味に笑う義房を見ていて、どうしても、口を挟みたくなった。
「カッコ良かったです。ダンス、何も分からないけど、そう思いました」
「……そぅかい」
少しだけ嬉しそうな顔になった義房は、ノートパソコンを閉じると立ち上がる。
――あぁ、義足でも普通に立てるんだなと少しだけ驚き、顎でくい、と合図されるので事務所を出る。
先程は意識していなかったが、スタジオには、ダンスの練習をしているであろう老夫婦と、それに指導をするコーチらしき若い男性が居た。そっか、ダンスって年齢関係なくやるものなんだ。
「私達も、あぁなりたいね」
かりんがそう呟くが、よく意味が分からず、あんな感じでダンス踊りたいって意味かなと読み解き、「ん? まぁそうだな」と返すと、かりんは嬉しそうに「んふー」と声を漏らした。
「今の時間は個別レッスンだ。夕方からはグループレッスンあるから、16時までには終わらすぞ。そっちも出る気なら、まずは基礎だけでも覚えとけ」
「はーい」「は、はい!」
――そして、地味なのに非常にキツい地獄のレッスンが始まった。




