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三日間開催される学祭の最終日は、毎年オーストラリアの姉妹校との交流会がある。
学内の選ばれし生徒が姉妹校の生徒(なおあちらからは修学旅行という形でやってくる)を学祭でエスコートをしたり、正装を着てダンスパーティをしたりと、カースト上位の生徒にとってはそれなりに大きなイベントである。
しかし、カースト底辺のオタクにとって学祭とはそんな華やかな行事でなく、『終礼がないから途中で帰ってもバレない学校行事』である。
なんなら去年姉妹校の生徒が学校にやってくる前には帰ってたので、後日掲示されていた写真を見た程度だ。
「これ、今日ホームルームで渡されたんですが」
スーパーを出たかりんが鞄から取り出したのは、――チケットだ。
手渡されるので受け取ると、どうやらダンスパーティの招待状らしい。こんなのあったんだな。誰がどこで配ってんだ?
いやまぁ、そりゃあ出て欲しい奴に渡すよな。オタクにダンスなんてさせたら死霊の盆踊りになるか、無駄にキレのいいオタ芸が始まるかの二択だ。チケットを渡すわけがない。なお浦部は後者で、俺は前者だ。
このチケット一枚で男女ペアの二人が参加出来るらしい。一通り説明を読んだので返すと、代わりに黙ってエコバッグを渡されたので受け取った。流石にこのくらいは持つさ。
結局金は受け取ってくれなかったので、どうしような。貸しが溜まってしまう。
色々買っただけあって、エコバッグ(これまたキャラものだ。そういえば弁当ポーチと同じキャラである)は、ずっしり重い。でも3000円分くらいしか買ってないんだよな。
これで一体何日分の飯が作れるんだろう。賞味期限が書いてない野菜が何日持つのか、想像もつかない。
「何人くらい参加するんだ? 去年体育館の飾りつけくらいはしたが、見てはないんだよ」
「んーと、あっちの生徒も合わせて50人くらいみたいですよ」
「そうか、頑張ってくれ」
「…………」
かりんは大変だな、こういう出なくてもいいような行事からも逃げられなくて。
でも俺が主催だったら絶対かりんに出て貰いたい。それは分かる。だってダンス上手そうだし、あととにかく顔もスタイルも良いから映える。絶対映える。
――が、かりんの表情はなんというか、単刀直入にいうと「はぁ?」といった表情である。冷たい目でも可愛いな。
「これ見せて、まだ分かりません?」
「かりんが人気なのは分かったぞ」
「一緒に出ようって誘ってるんですが」
「…………誰と?」
「先輩と」
「嫌だ」
「どうしてですか」
「俺は踊れん。あと人前に出すな」
「どうしてですか」
「俺が恥かくのは、……まぁ良いとする。でも俺が出たら、かりんが恥かくことになるから駄目だ」
既に二日連続で俺のクラスに来ている時点で、クラスメイトからだいぶ不審な目を向けられている。かりんは気にしなくても、俺が気にするのだ。
「じゃあ先輩」
「なんだ」
「私が他の男性と踊っちゃってもいいんですか? ほら、日下部さんとか」
「…………」
そう言われると、言葉に詰まる。
誘われなければ、そうなるものだと思っていた。だって、かりんだ。カースト上位の存在同士仲良くするもんだと、ずっとそう思っていた。
だが、いざ言われると、なんだろう。
――いやだ。
独占欲を自覚したのは、生まれてこの方はじめてだった。
かりんが他の男、――日下部みたいなチャラいイケメンと踊って、良い感じになっちゃって、それでその後は――
そこまで考えて、店の壁に頭を打ち付けた。
鈍い音が響く。ぐわんぐわんと揺れる脳とは裏腹に、ようやく意識がはっきりしてきた。
して、口を開く。
「嫌だ」
短い言葉で、想いを告げる。
これは、まぁ一種の告白だ。一種の、一種のな。愛の告白とかじゃない。違うからな。
でもかりんは、もうこれまで見た中で一番うれしそうな、満面の笑みになると、そのままこちらに背を向け、歩き出した。
やけに上機嫌で、スキップを踏みそうなほど足取り軽く。
そのまま会話もほとんどないまま、俺の家に辿り着く。
「んで、先輩。朝ごはんなんですが、この家ってレンジはないんですよね」
「あぁ」
「温めなくてもいいものだとお弁当みたいな感じになりますが、大丈夫ですか?」
「そこまで気にさせて悪いな。かりんの弁当旨かったからなんでもいいぞ」
「はぁい。じゃあ適当に作っちゃうんで、のんびりしててください」
流石に手伝えることもなさそうなので、「あぁ」と頷くとキッチンに置いてあるダイニングテーブルの椅子を引いて座る。
スマホゲームを起動すると、既に友人たちはログインして共闘を始めているようだ。途中で割り込むのもなんなのでソロでクエストを進めるが、――ふと、かりんの後ろ姿が視界に入る。
(いいなぁ……)
無意識で心の声が漏れていないか、思わず口を塞いでしまった。
なんかこう、人がご飯作ってくれるのって、憧れてたんだよな。
昔っから、ドラマとかアニメとか、そういうの。一般的な家庭の日常的なシーンとして描写されるそれが、どうしても非現実的に見えていたから。
セーラー服を着た女子高生がエプロンを装着し、手際よく料理をする姿は、まるで漫画の一コマを切り取ったかのようだ。
実際、数日前の自分だったら信じられなかっただろう。
でも、かりんと再会して。こうして、慕われてるのを知って。
あぁ、なんて不甲斐ないんだなと、自分の言動を後悔する。
もっと男らしくあれたら、もっと誇れる自分であれたら、もっと、もっと――
「あ、先輩」
「うん?」
急にかりんが振り返るので、慌てて視線を下に落とす。
ずっと背中を眺めていたなんて思われるのが、恥ずかしくて。
「おうどん、あったかいのと冷たいの、どっち派ですか?」
「うどん……まぁこの時期だし冷たいのかな」
「はいはーい」
いつの間にか茹でられていたうどんを、冷水でさっと締める。はてそれが夕飯になるのかと思ったら、ざるで水を切ると皿に移し、ラップを掛けられた。――まさか朝飯か!?
朝からうどんなんて、食べたこともない。大抵は前日買ったパンか、前日買ってなかったら当日買ったおにぎりかパン程度。
こんな調理器具も保存容器もほとんど何もない家で作り置きなんて相当難しいだろうに、かりんは焦ることも困った様子もなくささっと朝飯を作っていく。
豚肉を茹で小皿に盛り、次はめんつゆを薄めて別の皿に――移すところで、かりんの動作がピタリと止まった。
「どうした?」
「あ、いえ、思ったよりお皿の種類がないことを忘れてました。お恥ずかしい限りで」
「……悪いな。必要なものあったら追加で買うが」
「いえいえ、家に余ってるの沢山あるんで、明日にでも持ってきますよ」
「重いだろ」
「じゃあ一緒に運んでくれますか?」
「…………」
頷こうとし、止まった。
これってつまり、かりんの家に行くことになるんだよな。隣に住んでた頃から一度も入ったことのない、かりんの家に。
荷運びを手伝うというなら、玄関で待ってるわけにはいかないだろう。もし両親や妹と顔を会わせてしまったら、相当気まずい。
普段から付き合ってもない男を家に連れ込んだりしてるならともかく、かりんはたぶんそういうキャラではないし、皿とかを持っていくとなると、どこに、なんのために、という話にもなるだろう。
返事に詰まったことに気付いたか、かりんが「あ、」と漏らす。
「妹は部活やってるので帰り遅いし、両親もそれより遅いんで学校終わってすぐなら会わないと思いますよ」
「そ、そうか。じゃあ手伝う。明日とかで良いか?」
「はい。今日はとりあえずあるものでやっちゃいますね」
といっても、あるものなんて――
そう考えていると、かりんは大きなジョッキに麺つゆを注ぎ、ラップして冷蔵庫に入れた。なるほど、そういうのも使えるのか。あのジョッキは母さんが昔、コンビニで酒を買ったらついてきたとかそういうのだったと思う。ビール飲む時にジョッキに移すほど上等な生活をしてる人ではなかったし。
「でも、お料理しない割にはフライパンとかあるんですね。使ったことあるんですか?」
「……ベーコン焼くのに使った」
「それ以外は?」
「ないな」
家にある理由も分からない調理器具ナンバーワンはフライパンだ。いつからあったのかも、なんのために買ったのかも分からない。ほとんど使っていないからほぼ新品だ。
「お鍋は……ちょっと使ってる痕跡ありますね」
「インスタントラーメンを作るか、レトルトカレーを温めるための鍋だな」
「……そういうのも食べるんですね。でもラーメン食べれそうな器、なくないですか?」
「ない。男子高校生は鍋からダイレクトに食べるものだ」
「そんな一般的じゃないと思いますけど……」
なんなら韓国だと袋麺を袋のまま調理して食べるって聞くから、鍋なだけマシだと思っていたが、どうやら一般的にはそうではないらしい。
「炊飯器とか、結構使われてた痕跡はありますけど、……コンセント刺さってすらいないし、埃被ってますね」
「母さんが数年前に忘年会のビンゴだかで貰ってきた、働いてた店のお古だ。家で使ったことはない」
「じゃあどうして家にお米があるんですか?」
「……父さんが送ってきた。春だったかな。もっと古いのは浦部が担いで持って帰った」
「10キロの米袋を?」
「正確には、10kgの米袋を担いで徒歩で1時間以上かけて、だな」
「…………凄いですね」
「俺は引きずることしか出来ん」
なお、炊飯器はお古なのもあって説明書とかはないので、使い方が分からない。たぶん母さんは知ってるだろうけど、使ってるのを見た記憶はない。
米を炊いておかずだけ買ってちょっと節約しようと思ったこともあるが、コンビニは総菜より弁当の方が種類が豊富なので、結局その計画を実行に移したことはない。なんなら炊くのが面倒なので白米食べたくてもパックご飯を買ってしまう。
「おんなじ雰囲気のお皿がいっぱいあるのは?」
「……パン祭りだ」
「なるほどそれで」
1日に1回はコンビニでパンを数個買ってるから、某パン祭りの皿は意識しなくても毎年数枚手に入るのだ。
「もしかして、この家にあるお皿って……」
「全部パン祭りだ」
「…………何年分あるんですか?」
「引っ越す前からだから……10年分くらいは……?」
パン祭りの時期になると意識してパンを買うようにしていたが、流石に一食で何個も食べるようになったのは中学に入ってからなので、昔のものはあまり多くない。たまに割っちゃうし。
だが料理しない割に皿だけある理由は納得したか、「はぁー」と感嘆の声を漏らした。
「なんか普通のおうちって、もうちょっと色んなお皿あるものなんですよ。深皿とか小皿とか。やけに大きい白いお皿ばっかあるの変だなーとは思ってたんですが、納得です」
「俺がパンを食べ続けてたお陰で、かりんの作った飯を盛る皿があるわけだな」
「そうですね。大皿には困りません。持ってくるの大変なので、そこは助かります」
そんな話をしながらも手を止めず料理を続けていたかりんは、鍋をさっと洗うと根菜を刻み始める。ゴボウに人参か。何が出来るんだ?
鍋が一つにコンロ一つ、調理台が超絶狭く肩幅ほどもなく、シンクも小さく鍋一つ置くだけで精一杯。そんなとてもではないが料理をするのに適してない環境で、よくも泣き言一つ言わずに料理を出来るものだ。感心しかない。




