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戦闘終了後、俺もラッツも、隊長であるシャンテですらが、巨人騎を停止させて大慌てで操縦槽を開く。
ムッとする熱気が外に逃げ、冷たい外気に身を晒す。
巨人とすら戦える強力な兵器である巨人騎にも幾つかの欠点はあって、その一つがこの操縦槽に籠る熱だ。
これは単に密閉されていて暑いと言う話じゃなくて、冗談抜きで騎手が蒸し焼きになって死ぬレベルの熱気が操縦槽にはこもる。
魔力を発する心臓や、それによって動かされた筋肉は高熱を持ち、体内に納められた操縦槽はその熱の影響から逃れえない。
この欠点のせいで、巨人騎の長時間稼働は、例え魔力の保有量が多い騎手であっても難しいとされていた。
操縦槽の保護魔術を衝撃遮断から熱遮断に切り替える案もあったが、10mを越えるサイズの巨人騎が生み出す衝撃はそれこそ命にかかわる。
衝撃も熱も大きな問題である事に違いはないが、それでも衝撃対策を優先せざる得なかった。
故に今の段階では巨人騎の運用には斥候や巨人騎の運送に整備等、大勢のサポートが不可欠だ。
「戦闘終了、回収を頼む」
飲料水を呷って一息ついたシャンテがその言葉を発すると、交戦範囲外に居た輸送隊の兵等が駆け寄って来て巨人の肉体の回収に掛かる。
巨人の回収作業は、正直見ていてあまり楽しい物じゃない。
何せ輸送と巨人騎への加工の為に、巨人の肉体を徹底的に解体するのだ。
最初の処置は心臓を仮死状態にして取り出す事。
これで巨人の肉体は再生機能を失い、パーツごとにばらせる様になる。
巨人狩りの度に毎回お目にかかる光景だからとっくに慣れてはいるけれど、だからと言ってまじまじと眺めていたいとも思わない。
溜息を一つ吐いて俺は作業風景から目を逸らし、隣で空を見上げて寝転がっているラッツに話しかけた。
「今回は楽だったな。早く帰って八州酒が飲みたい」
巨人狩りは巨人との戦いよりも、集団から離れて行動する巨人を探す事に苦労する。
今回の様に呪いで理性を失った逸れにはそう簡単に遭遇しない。
すると当然ながら群れに属する巨人を狙わなければならないが、群れから少数が離れるをジッと待つのは、非常に心を削る作業だった。
仮に見つかってしまえば勝ち目はない。
幾ら巨人騎があっても、数十の巨人に襲われればまともな戦いにならないだろう。
だから少数の巨人が周辺探索等で群れを離れれば、サッと襲撃を仕掛けて解体し、異変を察した他の巨人が駆け付ける前に持ち帰る。
そんな事は、難しくて当然だ。
群れに所属する巨人は知能を保ち、木の皮や草葉を編んだ衣類を身に付け、太い丸太を棍棒代わりに手に持つ。
呪いに理性を手放して、素手で殴りかかって来るだけのそれに比べれば手強さは段違いである。
更に大陸の外縁付近では少数だが、時折鉄の鎧や武器で身を固めた巨人も居るらしい。
巨人の発生源である呪われた小国では、巨人用の巨大武具が生産されているとの噂だった。
故に今回の巨人狩りは、本当にスムーズで楽だったのだ。
他の巨人の襲撃に怯える事もなく、解体を終えて荷車に積み込み、海沿いまで運べば後は船で国に戻るだけである。
八州近くは波が高くて航海はとても危険だが、輸送船は潮を読める八州人が動かしてくれるので、事故はまず起きない。
俺の気が抜けてしまうのも、仕方ない事だと言えるだろう。
けれどものんきな俺の言葉に、
「あぁ、毎回こうだと有り難いんだが。……でも聞いたか? 国はそろそろ、大陸への侵攻を計画してるらしいぞ」
ラッツは表情を曇らせながらそう言った。
まさか、と思うその内容。
けれども大陸への侵攻はグレーヴァ公国の悲願だ。
巨人騎という名の力を手に入れ、その運用が一定の成果を出している今、その悲願に手を伸ばしたくなっても、おかしくはないか。
実際、巨人騎は巨人を狩れば狩る程に数を増やせるから、ちまちまと少数を釣り出して狩るよりも、こちらも数を出して巨人の集団を丸ごと狩れば、得られる成果は非常に大きい。
但しその戦いで被害をこうむり、命を落とすのは俺達のような騎手である。
巨人騎は不滅の巨人の肉体を用いて作られているから、幾ら破壊されようが修復は可能だ。
しかしそれを動かす俺達は、巨人や巨人騎のように不滅じゃない。
操縦槽の中で潰されれば、それを汚すだけの染みと化す。
もし、侵攻の話が本当だとしたら、一体何人の騎手が命を落とすだろう。
その命を落とす騎手の中には、俺やラッツ、シャンテだって含まれるかもしれないのだ。
考えれば考える程に、憂鬱になる話だった。
けれども実際に侵攻が始まるならば、俺達は怯む訳にはいかない。
狭い八州の地では、人類の未来は開かれない。
四つの洲を奪われた恨みは、八州人の中に根強く残っていたし、グレーヴァ公国側だって拡大をしたいって欲望が色濃い。
また食料を生産できる土地も、大地から掘れる鉄だって、八州じゃ限られている。
だからこそ、人類は再び大陸を手に入れなきゃならない。
たとえそこを追われたのが祖先の愚かさが故であっても、その罪を俺達が受け継がなきゃならない謂れはないだろう。
「ミュール、ラッツ、無駄話は終わり。そろそろ帰るわよ。……それから、何があっても私が二人を死なせたりしないから、安心して付いてきなさい」
どうやら話を聞いていたらしいシャンテの頼もしい言葉に、俺とラッツは素早く起き上がって彼女に向かって敬礼をし、そして思わず笑ってしまった。
それから、俺達三人は輸送用の荷車に載せる為に、もう一度巨人騎を起動させる。
人類が得た新たな力、巨人騎。
それは恐らくまだ未完成で、不便で、尚且つとても罪深いけれど、それでも行き止まりに追い込まれていた人類にとって、現状を打破しうる唯一の手段だった。