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巨人騎  作者: らる鳥
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 ズシンと巨大な足音が響き、振動に脅威を察した鳥達が一斉に飛び立つ。

 鳥達のその判断は紛れもない正解だ。

 足音の主は周囲の木々と同等か、それよりも少し高い上背を持つ巨人で、枝をべきべきと掻き分けながら森の中を進むから。

 しかも巨人は一体じゃなく、二体居る。

 一体は男で、もう一体は女。

 どちらも擦り切れた布切れを身に纏うのみで、殆ど裸に近い状態だ。

 恐らく呪いに理性を失った、群れから逸れて長い個体だろう。


「斥候隊から騎手隊へ。逸れと思わしき巨人を二体確認、これより襲撃ポイントへの誘導を開始する」

 斥候隊の隊長の声を魔力振動通信機、通称魔振機が伝えて来る。

 何でも声と言うのは空気の振動で伝わるとかで、この魔振機はその振動を魔力の波に変換して発信し、そして遠方で受信して再び声に変換する魔導具なんだそうだ。

 理屈は何ともややこしいが、念話の魔術を使わずとも遠方とやり取り出来るこの魔導具が便利である事は疑う余地はない。


「了解。こちらでも巨人の姿は確認してる。どうぞ作戦を開始して」

 騎手隊の隊長、つまり俺の上司が斥候隊に作戦開始を要求する。

 そのまま遠見筒を覗いて暫く待てば、森の中から放たれた火球が巨人にぶつかり弾けた。

 巨人にダメージを与えられる程ではないけれど、確実に注意を引けるだろう熱量の火球が。

 斥候隊の誘導が始まったのだ。


「よし、手筈は理解してるわね? 目標は二、後続はなし。私が雄で、ラッツは雌の相手を。ミュールは止めを刺しなさい」

 騎手隊の隊長、シャンテ・ロワーズはそう言って遠見筒から目を離し、己の巨人騎へと乗り込む。

 その颯爽とした振る舞いに、俺の目はどうしても彼女の背に惹き付けられてしまう。

 巨人騎との同調を高める為、身体にぴったりと張り付く薄手の騎手服を身に纏うシャンテは、戦いを前にして昂ぶる俺にとって実に目の毒だった。


「いや、お前が見てるのは隊長の背中じゃなくて尻だろ。ほら、行こうぜ。ボケっとしてるとまたどやされるぞ」

 シャンテに聞こえない様に小さく囁き、俺の肩を叩いたのはもう一人の隊員であるラッツ・ソリアス。

 騎手団でも一、二を争う槍の使い手で、俺の親友だ。

 でも幾ら親友だからって簡単に俺の心を読むのはやめて欲しい。


 因みに隊長であるシャンテは、黒に近い紫色の髪の美女で、年齢は確か二十三歳。

 濃い髪色の持ち主は高い魔力の保有者である事が多く、彼女もまたその例に漏れない。

 勿論例外は幾らでもあるし、強力な力を持った魔術師で最も多いのは白髪頭の老人だ。

 ラッツは燃える様な赤い髪の、陽気で気遣いの出来る、美男とまでは言わないにしても整った容姿の持ち主。

 当然ながら非常によくモテるが、少なくとも俺に対しては嫌味な所がないので憎めなかった。

 年齢は俺と同じ二十歳で、特定の彼女は居ない。


 最後に俺はミュール・シレー。

 八州人である母を持つ為か、漆黒に近い髪色をしていて、隊の誰よりも魔力の保有量は多い。

 そして巨人騎と呼ばれる戦術兵器を駆る騎手だった。



 巨人騎の腹の中、操縦槽と呼ばれる場所に入り込み、俺は二つの魔術を使う。

 一つは同調。

 他者と知覚を共有する、使い魔に施す魔術。

 もう一つは傀儡操作。

 意思なき人形を己の身体の如く動かす、マリオネットの魔術だ。


 俺の魔術に動かされドクンとエイフの心臓が脈打つ。

 心臓は脈打つ度に魔力を生み出し、それを四肢へと伝える。

 だがその魔力は二つの魔術、同調と傀儡操作の影響を受けており、巨人騎を完全に俺の支配下へと置く。

「フェンサー級、巨人騎『エイフ』機動」

 その言葉と同時に、俺はまるで自分の身体を起こすのと同じ様な感覚で、エイフの上体を地より起こした。


 そう、巨人騎とは、首を刎ねて脳を除外した巨人の不滅に近い肉体を、加工して魔術の支配下に置いた兵器なのだ。



 ……今となっては俄かには信じ難い事なのだけれど、百数十年の昔、人類の版図は今の百倍以上もあったとされる。

 大陸のあらゆる地域に人が住み、軍事のみならず、物流や日々の生活にさえも魔術を用いて栄えたと言う。

 その時代を黄金期や、魔導帝国期等と呼ぶが、人類が繁栄の絶頂にあった事は間違いがない。

 しかしだからだろうか、人類は奢り高ぶり、何時しか本当の意味でこの世界を支配したいと目論む様になった。


 当たり前の話だが、それだけの絶頂期であっても、この世界の支配者は人類ではなかったのだ。

 今も昔も不変の事実。

 この世界の支配者は、大空を舞う竜である。

 圧倒的な強者である竜は、巨大な肉体と空を舞う翼を持ち、炎や酸のブレスだって吐き、何よりも強い魔術への抵抗力を持っていた。

 幾ら人類が魔術を追求した所で、竜は生まれ持った力でそれを軽々と粉砕してしまう。

 竜が小さな生き物には興味を持たなかったからこそ、人類は繁栄出来ていたに過ぎない。


 けれども人類は、そんな仮初の繁栄を本物にしようと、とある禁忌に手を出してしまう。


 時は魔帝歴877年。

 終わりの始まりはある小国から。

 その日、小国の首都に百万人の人間が集められた。

 集められた人間は奴隷や貧民等の立場の弱い人間ばかり。

 そもそもその人達が集められた小国だって、戦いに敗れたが故にそれを飲まざる得なくなったのだ。

 そしてその小国を取り囲む、世界中から集まった一万の高位魔術師が、国内の全ての人間に呪いをかける。

 人である事を捨てて化け物となる代わりに、莫大な力を得れる強力な呪いを。

 集められた百万人は全員が人の枠を超えて巨大化し、強大な力と生命力を持った巨人と化す。


 そうやって生まれた巨人を、魔術で支配して竜と戦わせる。

 それが絶頂期にあった人類の選択だった。

 けれども人類は知らなかったのだ。

 竜が強い魔術への抵抗力を持つ、その理由を。


 実際の所、竜が魔術への抵抗力を持つのは、保有する魔力が多いからである。

 まあ単純な話だが、水桶の水に色水を混ぜれば簡単に色に染まるけれども、湖に色水を混ぜた所で大きな変化は望めない。

 この色水が魔術で、竜の保有魔力が湖だ。

 では何故、竜の保有魔力が多いのだろうか?

 それも非常に単純な話で、竜の身体が大きいからだった。


 ……そう、つまりは、竜と同じく巨大な身体となった巨人達も、支配の魔術等通じない程に強い魔術への抵抗力を備えていたのだ。

 これは高い知能と巨大な体の双方を持ち合わせた存在にのみ共通する特徴である。

 支配を振り払った巨人達の矛先は、当然ながら憎しみと共に人類へと向けられた。



 これが人類の黄金期の終焉だ。

 人類は自らの手で天敵を生み出して、その繁栄を終焉させてしまう。

 更に、竜が巨人を脅威と見做す。

 巨人は竜を殺す為に生み出された存在である。

 空こそ飛べないものの、竜と互角に戦える力と生命力を持ち、数もとても多かった。

 故に竜は巨人に対して牙を剥き、大陸は竜と巨人の戦場と化したのだ。


 そして人類は大陸に住む場所を失う。

 大陸の人々、魔導帝国の末裔が今も存在し得たのは、大陸とは海を隔てた島国、八州の人々が避難民を受け入れたから。

 尤も魔導帝国の末裔はその親切を仇で返し、八州の半分、四つの島を奪い取って己の国、グレーヴァ公国を建国してしまう。

 公国を名乗る理由は、大陸から逃れた人々のリーダーが魔導帝国の公爵だったから。

 魔帝歴はその日終わり、何時しか大陸に戻る事を夢見てぬかるみの中で足掻く、泥濘歴が始まる。


 それから百年と少し、今でも大陸では竜と巨人の争いが続いていて、そこに人類が介入する術は存在しない、筈だった。




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