第七話
目の前に広がる広大な更地を前に、ここがどこだったのか思い出そうとする。半日かけて山を下り、山向こうのいつもの町に来ていたはずだ。
見渡す限りの平地、いや、更地。正確に言えば、建物の柱と思われるものがかろうじて地面から突き出し、瓦礫が散乱し、家の家財道具が倒れて放置されている。家財道具は普通、家の中にあるものだったはずだけれど、この更地には家どころか、建物らしきものすら見当たらない。
しばらく辺りを歩き続けた。文字が書かれた板が目に入る。店の看板だろうか。はじめはただの板だと思ってなんとなく踏みつけてしまったが、よく見れば、それは私が育てた薬草をいつも買ってくれた店の看板だった。店のおじさんは無事だろうか?
店はもうない。人目を遮るものが少ないため、人は探しやすい。尋ね人は少し離れた瓦礫の間で、崩れかけた壁に背を預けてぼんやりとキセルをくわえていた。
「おじさん、大丈夫?」
「あぁ、久しぶりだね。あんたは無事だったんだな」
「これ、魔族がやったんだよね? 私見てなくてさ」
「そうか、町の外に出てたのかい? 運がよかったね。ひどい有様だろ? 冒険者達が何とか町を守ろうとしたんだが、みんな殺されちまった。俺も店に隠れてたけどよ、店もこの有様だ。奴ら、全部壊していきやがった。生きてるのが奇跡的だよ」
おじさんが口にするキセルには煙が立っていなかった。ただくわえているだけのキセル。おじさんに残された物は、もうそれだけしかないのかもしれない。私には、かける言葉が見つからなかった。
「おじさん、今日はあまり多くないけど薬草を持ってきたの。お金はいらないよ。いつもたくさん買ってもらってたから。私はいつでも薬草を採れるからさ」
「薬屋が、薬草売って銭稼ぎか……」
おじさんは下を向いたままそれ以上何も言わなかった。私はおじさんの前に薬草を置いてその場を後にした。
かつて町だった場所を見渡すと、あちらこちらにうつむき、うつろな目をした人々が見受けられた。どこかで子供の泣き声が聞こえる…… あれは何だろう? 黒い…… 人の手だった。よく見ると近くに身体もあった。焼け焦げている。これが滅びるということなのか…………
私は初めて目の当たりにしたんだ。
とぼとぼと歩きながら家路に向かう。足取りが重かった。考えることが多かった。私はいつだって考えが足りない。私と祖母を村八分にしたラーナ村の人たちも、魔族に八つ裂きにされたと聞いていた。惨劇はすぐ近くで起きていたのに、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。実感がなかったからだ。
何となくすぐに家に入る気になれなくて、桜の木を眺めながらそっと撫でる。
「危なくなったら、すぐに引っ越すんだよね?」
後ろから声を掛けられた。誰かなんて聞かなくても分かる。ここに来るのは一人しかいないのだから。
『レオンはそこにいたの?』
その一言が聞けない。
『そこで何かした?』
そう、聞くことができない。
「私が危なくなったわけじゃないよ。それに魔族は、無抵抗な人は殺さないのかもしれない」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「レオンはどこに行きたいの?」
「ここよりもずっと良い場所がある。ここには人間が多かった。サーラを苦しめた人々、皆いなくなってよかったな。でも、またいつ現れか分からない。魔族の領域に行けば、そんな心配しなくて済むよ」
「どうして? 分からないよ? 私混血だから…… どこに行っても半端者は嫌われるんだよ」
「そうはならない。そうはさせない。絶対に」
「どうして?」
「サーラはもう分かっているんじゃないのか? いいや、初めから分かっていたじゃないか。俺が誰なのか。さぁ行こう、桜の木も一緒だ。サーラと俺の大切な思い出だろ」
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