第四話
魔物が出るらしい。
世情には疎いけれど、全く知らないというのも身を守る上では危険だ。だから私は、たまに町に出て、魔族と人間の関係や彼らの関心ごとなどを注意深く観察するようにしている。
私の暮らしている山の近くでは見かけないが、魔物が人を襲う事例が多発しているという。これは瘴気が濃くなったことを意味している。魔物とは、瘴気に曝された魔獣が姿を変えて魔物と化したものであり、魔獣よりもさらに凶暴で凶悪だ。
この街では冒険者を募り広く魔物狩りが行われているらしい。このまま被害が続けば、山狩りが行われるのも時間の問題だろう。幸い、私の暮らす山に瘴気は見当たらないから、特に心配することもなさそうだ。ホッと胸を撫で下ろし安堵の息を吐く。
「聖女様はまだ見つからないって?」
「早く瘴気を浄化していただかないと」
「神殿は何をやってるんだ?」
町の人たちの話声を聞き流し帰途に就く。
‟聖女は勇者と共に魔王を討伐し、この地を平和に導きました”
なんてありふれた話だろう。私はあの話の何をおもしろい思って読んでいたのだろうか……?
ここは本の中の世界じゃない。魔王はいないし、勇者なんて人も私は知らない。聖女という存在がいたのは驚きだけど、その人が瘴気を浄化するれば物語はきっとハッピーエンド、ジエンドだ。
そう結論づけて、今日もまた私はレオンの作ってくれた暖かい家、暖かい布団の中で、穏やかな眠りについた。
―――
「東には行かない方がいい」
町の人たちがそんな話をしていた。何でも、魔族との戦で東の都市ゲーデが滅んだらしい。ゲーテはかなり大きな都市で、戦力も十分だったそうだ。それなのに、滅んでしまったという。
魔族との対立は今に始まったことではない。長い歴史の中で、人間と魔族はずっと対立してきた。種族の違い。それは大きな確執となり、今更和解など不可能に思える。これまでも小さな小競り合いならよくあることだった。しかし、都市ほどの領域が滅ぶことなど、過去の歴史を遡ってみても私の知る限りでは初めてのことだった。私が世情に疎いせいで知らないだけだろうか?
(大事件だ…… 戦争が始まるのかな?)
その日を皮切りに、大きな都市から小さな村まで魔族が侵略の歩を進めていった。人間は怯える日々を過ごし、少しでも魔族の領域から遠ざかろうと疎開する人々によって、都市離れが深刻化していった。
私の暮らす山は、もともと都市とは無縁の山奥にある。疎開する必要もないし、ここから一番近い町も、それほど大きくはない。世界が戦争の渦中にあっても、私の生活が大きく変化することはないと思っていた。そう思っていたのだけれど……
「サーラを村八分にした村。もうないんだって」
食事を食べる前の挨拶をするように、なんてことない顔をしながら、レオンはさらりとそんなことを言ってのけた。
「どうして、なくなったの……?」
喉がカラカラに乾き、心臓がドキドキと激しく脈打っている。今日は久しぶりにレオンが帰ってきて、楽しく夕食を食べるはずだった。そんな時間になるはずだったのに。
「魔族に滅ぼされたんだよ。今は戦争中だからね。知ってるだろ? よく町に行ってるみたいだし。あぁ、でもこれからはあまり行かない方がいいかもね。人間の住む場所に、安全な場所なんてないんだから」
滅ぼされただなんてレオンは平然と口にする。私も、人間だよ?
「半分は魔族でしょ」
声に出てたっけ? どっちでもいいや。
「レオンは……」
その先は聞けなかった。レオンは、魔王じゃない……
「ねぇ、サーラ、今日も桜の木の下で花見をしようよ。サーラとそこで食事をしながら、今日は俺がサーラの膝の上で寝たいんだ」
桜が散っていく。ほんのりピンクの桜の花びらが私たちに降り注ぐ。膝の上で眠るレオンの額を撫でながら、大人のくせに、とつい昔を懐かしむ。昔と言っても、ほんの数年前のこと。
「ねぇ、レオン。家に戻ってこない?」
桜色が私を見つめた。
「やるべき事が多いんだ。そのために帰る場所が必要だ。待っててくれる人も。サーラが何を考えているのかは分かるけどね。まだ、その時間じゃないよ」
「振られたか」
「待っていて、必ず帰ってくるから」
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