第三話
レオンが家を出て行った年から、家にはたくさんの食料や衣類、日用品が送られてくるようになった。何をどうしたらそんなに稼げるのか。まあ、そのおかげで、私が狩りをしたり遠くの町まで行って薬草を売る必要はなくなったわけだが。
家でゴロゴロ、呑気に庭で日向ぼっこ。そんな自堕落な生活が続いて。これで良いのだろうかと思いながらも、今や庭で趣味となった家庭菜園をしながら桜の木を眺める日々。
今日もボーと桜を眺めていると、
「そんなに見つめられると、穴が開きそうだ」
「レオン! 帰ってきたの!! 全然連絡くれないんだもの、もっと顔見せてくれたらいいのに!」
「ごめん、仕事が忙しいんだ。それでも今日からは、どうしてもやらなければならないことがあるから、しばらくこちらに滞在するつもりだ」
久しぶりに会ったレオンはすっかり大人になっていた。彼はもう青年ではなく、立派な成人と言えるだろう。見ない間に急激に成長していて(もともと急激な成長を見せていたが)、まるで置いて行かれた気分だ。
「紹介したい人たちがいる。こちらがガゼル、そしてその横にいるのがラカだ。彼らは、俺の仕事を側で支えてくれているんだ」
心臓がドクドクと脈打っている。ガゼル…… 桜の木の下で最初にレオンを見つけるはずだった人物だ。ラカという名にも覚えがある。魔王のかなり上位の配下だったはず。なぜ彼らが今さら現れるのだろうか。緊張で足元が固くなる。
「今日はサーラの家を直そうと思ってね。そのために来たんだ」
「3人で直すの? 大変だよ?」
私の顔はこわばっていないだろうか、それでも当たり障りのないことばを返せたはずだ。
「まさか、彼らも手伝うけどこの後専門の人たちが来るんだ。サーラにはちゃんとした家に住んでほしいからな」
ちゃんとした家って何だろう? 私は今までずっとこの家に住んできたんだけど?
思考がうまくまとまらない。あぁ、あの本のせいだ。そうだ、あの本も前世の記憶も、おぼろげじゃないか、登場人物の名前を明白に覚えているのも、私の妄想が引き起こした後付けの物語なのかもしれない。そう思いたい。そう思うことにしよう。
だってレオンはこんなに優しい。私のために家まで直してくれるというんだから。そんな物語、あの本には書いてなかった。
桜の木をそっと撫でる。こうすると心が落ち着くのだ。祖母と育てた桜の木。私の手の平に、もう一つ大きな手が重なった。
「大きくなった」
「レオンが赤ん坊だった時よりも大きくなったよ。この木、どこまで大きくなるかな? 家直すなら木から少し離せない?」
「そうだな、かなり距離は開けた方がいいかもしれないな。これからもっと成長するだろうし。家も大きくするぞ」
「それは作るの大変だよ? お金あるの? 後で請求されても支払えないよ」
「そんなせこい事するか。言っただろ、暖かい家で過ごしてほしいって。のんびり過ごしてるみたいだから、その辺の希望は叶えられてるだろ」
「私が言った希望じゃないよ。でも、ありがとう。毎日おいしい食事お腹いっぱい食べれてるよ」
久しぶりにレオンと過ごす日々は、無機質で物悲しい生活に色を与えてくれた。久しぶりに人と話すのが、これほど楽しく心躍ることだとは思わなかった。はじめは警戒していたレオンの仲間の魔族たちも、話してみれば皆気さくで良い人たちだった。
私の家もあっという間に完成した。以前住んでいた家がネズミ小屋のように思えるほど、立派で大きな家だった。屋敷とまではいかないが、十分に素晴らしい住まいだ。
「こんな立派な家に住めるの? 隙間風が吹かないね! こんなに広かったらお客さんたくさん呼べるね!」
あまりにも立派な住まいを見て、興奮気味に喜びを表現する。レオンも満足そうに私を見つめていた。
仕事があると言われれば、そう長く引き留めることもできない。広さゆえだろうか、寂しさが募った。別れの前日、レオンと桜の木の下で花見をした。春はとうに過ぎていて桜を見ることはできなかったけれど、庭に咲いた色とりどりの花を眺めながら、レオンは私の作った料理をおいしいと言って食べてくれた。
初夏、桜の木陰で二人肩を寄せ合いながら、私はいつの間にかうたた寝をしていて、気づけばレオンの膝の上に頭を乗せていた。彼の大きな手が優しく私の髪を撫でているのを、愛おしく思った。美しい桜色の瞳と目と目が合い、彼が優しく微笑んだ。
あたたかな時間が過ぎ、寂しい気持ちを抑えながら、レオンにお礼と挨拶をする。うまく笑えていたはずだ。
「また来るよ、だからサーラはここで待っていて」
夏が過ぎ、秋を眺め、冬を越し、春が来てから、レオンが帰ってくる。それが私の一年だ。
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