第二話
私の孤独な生活に一輪の花が添えられた。
レオンは非常に賢く、わがままで主張が強かった。しかし、その一方で心配性で優しい子だった。果実や山菜、野ネズミなど、私が準備する食事は決して十分とは言えなかった。それでも文句一つ言わず、病気もせずにすくすくと元気に育った。さすが魔王だ。血統がちがうと身体のつくりも違うのだろう。健康第一で何よりだ。
そして、当初すぐに現れるはずだった彼の配下が、何年経っても姿を見せない。もしかしたら、私が読んだ本の内容とこの世界には繋がりがないのかもしれない。そう思いながらも、いつ現れるかわからない彼の配下に怯えながら過ごす日々が続いた。そしてとうとう、レオンも変声期を迎えてしまった。
彼の一日は人間の何日分に当たるのだろうか? とにかく身体の成長が早かった。レオンと過ごして7年ほど経つが、彼はもう既に私の身長を越えてしまっている。大人とは言えないが、それでも日々着実に成長し、あと1~2年もすれば見た目だけなら立派な成人になっているだろう。
無事に成長していることを喜ばしく思う反面、手元から離れていく寂しさも感じる。複雑な気持ちだ。とはいえ、そもそもレオンはそれほど手のかかる子ではなかった。生意気な子ほどかわいいというではないか、あれ、手のかかる子だったか?
レオンが大きく成長するにつれ、食料や衣類がますます必要になってきた。私は以前よりも頻繁に外に出て狩りをするようになった。成長期のレオンにたくさん食べさせてあげたかったからだ。さらに、私は植物を早く育てる力を持っている。それほど強力な力ではないが、その力で育てた薬草を少し離れた町で売っている。それが私のささやかな収入源となるのだ。
町に出る時は髪を隠さないといけない。この中途半端な赤髪が混血であることを物語っているからだ。
「おじさん、これいくらになる?」
「ずいぶんたくさん採れたんだね。最近は瘴気が多くてこの辺だと薬草の数も少ないから助かるよ。ほら、これなら7000ダラスだ」
「ありがとう! また採れたら持ってくるよ!」
かなりの儲けになった! 時間はかかるけど、今度はもっとたくさんの薬草を育てよう!
気分が良くなった私は、その足で服屋に行き、レオンの新しい服と靴を買った。いつも新しい服を買ってあげたいと思いつつ、余裕がなくて古着しか買えない。それでも今日は靴まで新調できた。ずっと同じものを使っていたから、きっとレオンも喜んでくれるはずだ!
家路は遠い。村八分にされている私は、人目のつかない山奥に住んでいるからだ。朝出発して帰途に就いたのは日が沈む頃だった。
「どこに行っていた?」
「レオン、ただいま。お土産買ってきたよ!」
私はレオンに服と靴を手渡す。喜んでくれると思ったのにレオンの表情は暗い。
「ずっと待っていても帰って来ないから、山狩りをしていた。見て、今日の夕食大量だろ?」
キツネやウサギなら可愛らしいが、目の前にあるのはそんなものではない。イノシシに熊、果てはヒョウや、小さいがドラゴンらしきものまでが山積みになっている。どうやらご機嫌斜めらしい。夕食は乾燥野ネズミのスープで済ませようと思っていたから、この豪華なご馳走に思わず面食らった。
「今日はご馳走だね! 町に行っていたんだよ。遠いから遅くなっちゃった。レオンンはすぐに大きくなるから、服も靴も小さいでしょ。新しいものが必要だと思って」
「庭の薬草が無くなっていた。全部売ったのか? 俺の分だけか? サーラはいつも同じ服だ」
「私はもう成長しないから必要ないよ。今、必要なのはレオンだよ。ほら、せっかく買ったんだから早く着て見せて」
レオンは手元の服をじっと見つめた後「着替える」と言って家の中に入っていった。さて、このご馳走どう料理してやろうか。
たまにあるのだ。レオンは気に入らないことがあると、山の獣や魔獣を狩りに行く。はじめは、小さな動物だった。私は、その日の夕食を狩ってきてくれたのだと褒めて喜んだ。しかし、次第にその獲物は大きくなり、数も増していった。今では冒険者たちが束になって討伐するような魔獣まで狩ってくる。レオンがどこで、どのように狩りをするのか、私は見たことがないし、聞かない。
私は、レオンが狩りをする度に安堵する。あぁ、人間じゃなくて良かったと。そしてまた、不安になる。レオンがいつか魔王になってしまうのではないかと。魔王の配下はまだ来ない。これは私の知っている本の内容とは違う物語だと、そう自分に言い聞かせるのだ。
その夜、食べたドラゴンのスープは絶品だった。乾燥野ネズミのスープの100倍コクが効いていて美味しかった! 動機はどうであれ、レオンと共に食卓を囲む時間が私にとって何よりも大切だ。レオンと一緒に食べたスープの味を、私は忘れない。
―――
レオンが出稼ぎに行くと言い出したのは、今日に始まったことではない。人間は魔族を憎み、魔族は人間を見下している。両者の対立は、埋めようのない大きな深い溝となっている。ここから魔族の領域は遠い。出稼ぎに行けば、しばらく会えなくなるということだ。
「私がんばって稼ぐよ。ほしいものがあるなら言って。それに食糧だって必要ならもっと獲ってくる。レオンはまだ子供なんだよ、今すぐ働く必要なんかないよ」
「サーラ、俺は子供じゃない。背だってとっくにサーラを越してるよ。食料もほしいものも自分で稼げる。それに、サーラにはもっと豊かに暮らしてほしいと思ってるんだ」
「私は今でも十分豊かだと思ってるよ。もちろんそれは裕福って意味じゃない。それでも生きるのに困らない寝床と食料と、それに話し相手がいるじゃない。私はそれで十分に満足なんだよ」
私がそう言うと、レオンはなぜか悲しそうな顔をした。
私はレオンに離れてほしくなかった。レオンは優しい。だから、たとえ魔族の領域に行ったとしても魔王にはならないと信じている。私にとって、レオンとの生活は祖母と暮らしていた時のように心温かく優しい時間だった。一人の時間は、既に孤独でつつましい生活ではなく、悲しく無機質な生活だと感じてしまうだろう。
「サーラ、俺は十分じゃないよ。サーラがもっと笑う姿が見たいし、もっと美味いものを食って笑顔になってほしい。雨風凌げるだけじゃない、冬でも寒さを感じない暖かくてきれいな家でのんびり過ごしてほしいし、きれいに着飾って女らしい幸せを感じてほしいんだ」
いつからそんな風に考えていたんだろうか? レオンの目がまっすぐに私を見ていた。桜色の瞳。
「毎年必ず帰ってくるよ。だから、サーラはここで俺の事を待っていてほしい」
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