09.居場所
「モ、モクシ……?な、な、なにが?見えてるか見えてないかって話?やっぱりあなたはオバケかなんかなの?!呪縛霊的な!?」
「あー……」と彼女は深い溜息を吐きながら右手の手のひらで顔を覆い、呆れ返った。
「別に、なんでも良いオバケでもなんでもどう思ってくれても構わん、はぁ、さて、どうしたものか……」
混乱している目の前の僕を無視し、絶望の表情を浮かべている。
「いや、いやいや!さっきからなんなんですか?!あなたは誰!そもそも不法侵入でしょ!?」
「オバケならば不法侵入したって構わんだろ……なんてな、許可はきちん得ているよ、ここの管理者に問合せてね。私のスマホに着信履歴も残っている。君から再度担当者に尋ねてみてごらん。そもそも、仮に私が不法侵入したのであれば警報が鳴るはずだしね」
「た、確かに」と狼狽えつつ「植谷さんが入ってOKって言ったんですか?」と、このカフェのオーナーの名前を出すと「あぁ、名前は覚えてないがそいつが黒髪でセンター分けのメガネの男ならばそれだ。マスターキーで開けてくれたよ、本人に聞いてみるといい」と、嘘も方弁で話してる様には全く見受けられないが。
けれど、おかしくないか……?僕が居ないうちに植谷さんが僕の確認を一切取らず僕の知らない女をカフェに入れたのか……?
「しかし誤算だった、まさか家主が戻ってくるとは一切念頭に無かった」
「いや確かに1年ぐらい閉店してましたけどっ……、もしかしてここってどっかの不動産サイトかなんかで空きテナントみたいな情報が出回ってたりするんですか?」
だとしたらものすごく、とても困るんだけど……、彼女の他にもテナント目的で業者とかが尋ねられたりしたら……、何より僕はここで生活をしているのだし、それだけじゃない………。
僕はこのカフェをどうしても守りたいんだ、絶対に失くしたくないし、誰にも譲りたくない……。いくらお金を積まれても、代替品を用意されても、だ。
「別にそうじゃない……私は別に経営者でもない、説明は面倒だ、普段あまり会話をしないのだ私は、顎が疲れる」
うんざりそうに疲れた様子で、手をひらひらと否定を示すように近くのソファ座席に座り込んだ。それには堪らずに「は、はいぃぃ?」とイライラした気持ちが思わず口から出た。
「端的に、私の望みはこのカフェを譲って欲しい。それだけだ。イエスかノーだけ聞ければ良い、ノーなら無理強いも後追いも執着も一切しないし素直に諦めるさ、イエスならば君が望む理想の新しい住居を用意してやる」
「なら、僕の答えは、ノーです、このカフェは、僕にとって、ものすごく大事な場所なので……」
「そうか、ならばもしそのうち気が変わったら連絡してくれ」
ソファに腰を掛け足を組みながら、ロングパンツのポケットからiPhoneを取り出し画面を睨みながら人差し指でピッピっと触り始めたが、なんだか不器用そうに見えて、なんか遅いな……と思い始めてだいたい2分後ぐらいに
「すまないが、これ、どこを開いて何をやればアドレス交換できるんだ」
と言いながら、眉毛をハの字にして目を細めていたので思わず「えぇ!」と言いながら吹き出して笑ってしまい「おい、こっちは真面目なんだ」とムッとしてしまったので「人型のマーク押して……それです、QRコード開いて、僕が読み取ればOKです」と横について教えてあげた。
「ってかLINEの友達3人しかいない!?」と、ちらっと見えてしまった彼女の友達リストの寂しい様に、驚きがまた口から出てしまうと「苦手なんだ、こういうのは……」と、さらにムッとしていた。そんな今時の個性的なファッションをしていてスマホが苦手ってどういう仕組みでそうなるのかと単純な興味で話を聞いてみたい疑念が湧いたが、そういえば僕はカフェを譲る気がないのにLINEを交換する意味なんてなくない?とハッとはしたものの、話の流れの勢いで、今更拒否するのもと後には引けず、僕のiPhoneでLINEを開き、彼女のQRコードを読み込んだ。
僕の画面に表示された彼女のアカウントのアイコンは、ラーメンだった。おそらく家系。ほうれん草が異様に多い。それに気づいた瞬間たまらず
「ブフッ!!」とまた吹き出して笑ってしまい、
彼女は即座にソファから立ち上がって
「何故そこを突っ込む!ふ、触れなくてもいいだろ、別に!ラーメンでもなんでも良いだろ別に!好きなんだから!好きなもんをアイコンにするのではないのか!私はそう聞いたぞ!違うのか!」と声を荒げていた。立ち上がったその勢いで髪が靡いたせいで耳まで赤くして恥ずかしがっていたので、「ダメなんて言ってないですよ」とツボに入って、失礼には思いつつ一頻りに笑ってしまった。
再度LINEを見ると、ラーメンのアイコンにアカウント名が"はせがわ"と書いてあったので
「あなた長谷川さんって言うんですか」
「如何にも。ラーメン大好きの長谷川だよ」
と真顔で答えてきたので、意外とこの人ノリ良いんだなと感心して、こんなギャップだらけすぎるこの人といるの疲れてきたなと思ってきた頃合いに、ちょうど
"ぴろりん♪"と、メッセージの受信音が鳴り、それは僕のスマホからで、
【ミシェルパイセン】5秒前
『もうすぐ代官山だけど』
と、通知に表示されて間もなく即座に、
【ミシェルパイセン】2秒前
『今からそっち行っていいか?』
と、ミシェル先輩からのメッセージを目にすると、あぁそうだったこっちの問題のことすっかり忘れてた……とiPhone片手に思わず頭を抱えると、長谷川さんはそんな僕のネガティヴオーラを察して感じ取ったのかはわからないが、
「そろそろお暇するよ、勝手に尋ねた立場だがな」
そう言ってすたすたと歩きあっさりと出口のドアを開けた。
「邪魔したな、それじゃ、連絡待っているよ。またな」
「あぁ、えっと……」と返事に迷ったが、彼女は僕のリアクションを窺う事なく店を去っていった。
ガチャ……カランカランカラン……と、ドアが閉まる音が、カフェ店内に少し寂しく響くと、カランカラン〜って鳴るベルみたいなやつ(名称不詳)もまじで要らないからいずれ外そう外そうと思ってはいたがドライバーがどこにあるかわからないから今はいいやと先延ばしにして今も変わらずだったなと。流石に外すか、頭にある今のうちに。と、ミシェル先輩が来るまでにドライバーを探すことにした。
いや……
なんだったんだろう……
特に何も解決していない気しかしないが……
でも長谷川さんが来て意味わかんなかったけどちょっと心が軽くなったかもしれないな……
モヤモヤは増えたけど……
あまりネガティブになりたくないな、と思い立ってLINEを開くと
『なんか飲み物買ってきてもらえますか』
『炭酸ジュース』
『食べ物はUberで』
とミシェル先輩に送信すればすぐに既読が付いて、
『お稽古』などというメッセージが返ってきたので、ん?と一瞬混乱したが改めて『OK』と追送がきたので、あぁ、打ち間違えたんだな、ミシェル先輩ってそういうドドドド天然なとこあるよな、と、ちょっと憐れんでみた。ちなみにこれはイジり。