05.懐疑
とにかく僕はパニックで、酸素が上手く吸えなくて、頭から見えないビニール袋を被せられたような感覚だった。
さながらパニックホラー映画の登場人物が如く、怪物に襲われるかのような恐怖を抱え高輪のホテルの会場の両開きの扉を体当たりして出ようとするも、扉の重さに一度跳ね除けられ、必死で身体を押し込んでようやくできた隙間に頭をねじ込むようにロビーへと出た。
とにかく息を吸うことも吐くことも難しくなっていて、ロビーのカーペットの床に崩れるように肩から傾れた。呼吸の通り道を少しでも広げようと、喉を掴んで握っては、意識が遠くなっていくことを覚えているのが記憶の最後で、けれど消えたのはどちらかというと意識ではなく記憶の方で、救護室で酸素の処置をされた後、次第に自我を取り戻した頃には、いつの間にか車内にいた。
高輪のホテルに来た時に乗車していた馴染みのある車内。
「日柄くん、、本当に、ほんとーうっに、大丈夫!?」
ぼやけたピントが徐々に合っていく様に視界がハッキリ見えてきた頃、自分が乗っているのは事務所の送迎車のセダンの後部座席で、声の主と運転手がマネージャーの財偶さんであることをようやく理解した。
「だ、大丈夫なら返事して!怖い!」
「だいじょうぶ、なんですかね、、よくわかんないです」
心の内がそのまま出たような言葉を思わず返すのみだった。
「で、でもこれは本っ当〜にすごい事だから!気絶しちゃいそうになるのも仕方ないっていうか!僕、ずっと興奮してるよ!日柄くんがあの"はちゃ"を負かせてアカデミー賞獲っちゃうなんて!」
財偶さんは鼻息がフガフガ鳴ってるんじゃないかと思うほどの勢いで、落ち着きがなく、それが車体にも現れたようで『ブプゥーーーーー!!』と後続車にクラクションを鳴らされ、アワアワと慌てふためいていた。
僕はというと、内容の濃い夢から目覚めたような感覚に近く、何もかもとにかく今は"よく分からない"感情のみがひたすらに反芻している。
「絶対これからお仕事忙しくなるよねぇ!僕ももうアニメ見れなくなっちゃうなぁ〜!」
財偶マネージャーとは、僕が事務所に所属してからまだ1年未満の付き合いでしかないが、常に落ち着いていて聡明な印象しかない彼が、これほどまでに興奮して声を大きくして嬉しそうにしている様子は見た事がなくて、同時に素直に喜んでいない僕と対比して罪悪感が沸いた。
申し訳なくなりながら、
「どう考えてもなんかの陰謀ですよね、八高茅都にアカデミー賞を獲らせたくないなんかの黒い人間とか団体とか陰謀とかの仕業としか思えないんですけど」
僕自身の事は僕が一番理解している。僕にあの賞は間違いなく相応しくない。ならば、理由は他にあると考えるのが妥当だと思う。
「まぁ、確かにさ」
と、すごく言いづらそうに言葉を詰まらせつつも財偶は会話を続けた。
「Twitterで映画評論家がバズらせてくれたお陰でこうなったけど、映画の内容は別に普通っていうか……」
『金山輝人監督作品"フェイクリアル"この作品は、普通の大学生が不慮の事故に合い、物語の鍵を握る不詳の女性と恋人関係になっている世界へ転生してしまいーー』
と言ったあらすじから推察すれば、恐らくこういう話だろうなという予想を立てて映画を最後まで見た暁にはその通りというような、自分が主演を張ったとはいえ、台本の時点から、言ってしまえばチープな内容で、まぁ、こんな俳優経験ヒヨっ子の僕が映画主演やらせてもらえるだけでありがたいし、デビュー作ならば妥当だろうと自分も映画も卑下してしまう程で、公開は関東の1部の映画館で上映された程度で、たまたま物好きの有名評論家がTwitterで大げさに大絶賛した事から、限られた映画館でしか観られないというローカル性も相まってTwitter上の自称映画通のファン達のトレンドになった事でちょっとしたヒットとなり、この度のジャパンアカデミー賞の特別賞にノミネートされた訳だが。
「まぁ、そうです」と同意の相槌を打とうとしたが、財偶が「いや!」とかき消すように改めた。
「異世界転生アニメとかばっか見てる俺の価値観が違うだけだわ!俺みたいなおじさんじゃなくて今のZ世代にはめちゃくちゃ刺さる内容だったんだろうよ!フェイクリアルのストーリーも、それこそ日柄くんの演技も!」
「でもアカデミー賞の投票は、ファンの組織票とかを防ぐために、映画関連のライターとか評論家とか関係者しか投票できないはずですよ」
「やっぱり日柄くんは、そのライターとか評論家の投票権利を持った人たちが、八高茅都に受賞させたくないからっていう理由でデカい闇の団体に買収されたって言いたいって事?」