04.目線
僕は、ずっと夢を見ていた。
アカデミー賞を獲ることを。
神様になりたかったんだ。
まだまだ遥か先だと思っていた。
八高茅都みたいに、容姿も努力も才能も、何かとてつもなく秀でた何かなんて、何も無い。
だから、誰よりも沢山、多くの登らなきゃいけない山、困難をとにかく経験して、そうして"若手"と言われなくなった頃合に、賞を獲る、という山を目指し始めるのはそれからだと自分の中の道程があった。
それなのに、小さな事務所の小さな映画に運良く1作出ただけのヒヨっ子の前に今、ゴールテープが掲げられ、それを1位で通過してしまったのだ。
「最優秀主演男優賞を受賞した余部日柄さんです!おめでとうございます!」
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人と人の繋がりが“ご縁だ“って言うんなら、
君と出会ったことは、決まってた事だって言うの?
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舞台上に用意された大型モニターには、ものすごく悩んで葛藤して演じた僕の姿が、画面いっぱいに放映されている。
「昨年の最優秀主演男優賞の館山 賛治郎さんがプレゼンターとして、受賞者へトロフィーが贈呈されます!」
「余部くん!おめでとう!」
館山 賛治郎、68歳の大ベテラン俳優。彼はトロフィーを腕に抱き、表彰台の上で困惑且つ放心状態で迷子になっている僕をエスコートしようとしてくれている。
彼は、館山賛治郎は、僕が、俳優を目指したきっかけの人。
僕にとって、ずっと会いたくて追いつきたかった、憧れの大先生。
そんな憧れの人はあっさりと目の前に今、現れ、僕にトロフィーを授けて、ハグをしてきた。
ずっと、何度も夢に見た、"いつか僕はこうなるんだ"と見たかった光景を、今、体験している。
「是非、心中大変驚きでいっぱいかと存じますが、今の気持ちをお聞かせ願えますでしょうか!」
賛治郎が僕の背中を大きい手のひらで、ぽんぽんっと慈悲深く叩いた後、僕から少しの距離を取り、マイクスタンドへ、さぁ、と手を差し出した。
僕は何を話せばいいのか、さっぱり検討も付かなくて、あらゆる筋力が硬直した。脳が処理落ちを起こして動作不良になっている。
「君の、素直なありのままの気持ちを話せばいいんだよ、さぁ」
賛治郎がそう煽り、舞台の後方へと下がり、僕は完全にステージに取り残された。
突き刺さるのは、演者、スタッフ、観覧客の会場中の人間の視線、カメラのレンズ、フラッシュ。彼らは、彼女らはひたすらに、僕の出方を伺っていることは理解できた。
自分の腕の中に、すっぽり収まるトロフィーをしばし見つめて、顎を引いたまま、恐る恐る眼球だけを、客席へと動かしてみる。
最前列のパーティテーブル。
僕と前列の距離はわずか数メートルで、
僕の目線は思わずそこへ吸い込まれた。
そこだけ、明らかに他とは突出して煌めいて輝いて、希望に溢れて見えたからだ。
その輝きの原因はすぐにわかった。
とてつもないほどの、笑顔の男がそこに居た。
右に流した前髪は、漆黒に映えていて、眉はふわっとあげられて、涙袋をぷっくりとさせ、すらっとした鼻筋、口角を上げて歯を見せて、作り笑いではないと見たまま分かるほどの、さわやかと形容するのがとても適している本当に素敵な笑顔。
美しさも綺麗さもかっこよさも可愛らしさも全てあるような、目を奪われるとはまさにこの事で、慌ててなんでもいいからなにかを行動しようとしていた数瞬前までの僕が全てを諦めざるを得ないように、声帯から喉の筋肉まで脳からの命令は遮断した。
その男は、僕の表彰を、心の底から喜んでいた。
ーーーようにしか、見えなかったのだ。
そして、その男こそが、八高茅都だと理解した。
彼の表情は、最優秀主演男優賞を逃した反応のそれとは全く異なるのではないか。
ラグったままの僕の脳が、かろうじて違和感に気づいたその刹那、ついに僕の身体へ信号を出す。
とにかく走り出した。
ど真ん中に通るレッドカーペットの上を、駆けた。
「ひ、日柄!!!!ちょっと!!!」
ザワッ!と会場が揺れる。
振動と共にミシェル先輩の大絶叫が混ざって聞こえた。
台本外の展開に、司会の女性アナウンサーは大慌てで
「こ、これ、生放送じゃなくて良かったですね……」
と、自分に置かれた今の感想を言うのが精一杯だったらしい。