12:Possession
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キィィィ……………と、どこから鳴っているのかわからない甲高い金切り音が鼓膜を破りそうなほど耳から目の奥に突き抜ける。
僕の思考が少しづつ輪郭を帯び始めたが、脳に響くような鈍い残響に支配される。
ゴォーン……ゴォーーーーン……
京都の修学旅行で見たお寺の大きな鐘を思い出す。その内側に頭を突っ込み入れ、外から槌で何度も執拗に叩かれているかのようだ。
視界は真っ暗で、だが目を閉じている感覚ではない。しかし開けている感覚でもない。暗闇の中で、ぼやけた何かが見えそうな、見えていないような。
「ぇ……」
ぱくぱくと、僕の喉奥の声帯が開き、口が動いた。
「………っ」
だか試しに何か言葉を発しようにも、その挙動は、僕の体なのにも関わらず、己の意思による発言はどうやら許されないらしい。
……声だけに留まらず。よくよく動かそうとしてみれば、手足も、首も、瞬き、呼吸のリズムさえ、僕が命令を出したはずの神経の制御信号は拒まれ、僕の意思とか関係なしに勝手なタイミングで勝手に動くようだった。地に足は着いている。重力は感じる。それだけはわかる。
そういえば、と、最近も、同じことがあったような気がした。
僕の腕は下げられていた。だがその腕は、指先は、僕の頭へと勝手に向かった。
そして僕の両手は、わしゃっ、ぐしゃっ。と、自分の頭を鷲掴みにする。
ーーーー自由の効かない僕の体は、誰かに身体を操られているのか?一体誰に?
この闇の中も手伝って、僕の恐怖心が膨れ上がっていく。
ぐしゃ、しゃっしゃっ。
頭皮に爪先を食い込ませて、四方に動かされる。加減を知らないのか、その握力が強く、痛い……。
やめろ……、怖い……。
「ぃ……ぁ……ぃ……」
自分の喉が声帯を震わせ、何らかの言葉を発しようとしている。自分の肉体であるのに、喉から出てこようとしているその言葉が分からないのは、僕の意識がまだ不十分な制御しかできないからなのだろうか。
「「「「「気持ち悪い」」」」」
……っ、!?
これは、この声は、僕の、喉から出たのか……?
僕は今、『気持ち悪い』と言った……?"言った"というより、喉から"出ていた"。不気味で恐ろしい感覚にまとわりつかれていることを自覚する。怖い……今すぐ逃げ出したい!どうすれば体の主導権を取り返せる?
「気持ち悪い」「気持ち悪い」「気持ち悪い気持ち悪い」
気持ち悪いのは僕の喉から勝手に「気持ち悪い」と発せられるこの状況だ!何故こんなことをする!?なんの意味で?!なんの為に?!
「「気持ち悪い」」「気持ち悪」おい!!「「気持ち悪い」」気持ち悪い」」なんで連呼する!!「気持ち悪い」頭を掻きむ「「気持ち悪い」しるなよ!!やめろ!!「気持ち悪い」」僕の体で「気持ち悪い」勝手に喋!「気持ち悪い」るな!!
「「死ね」」やめ「気持ち悪い」」うざい」」ろぉぉ「「うざい」」「死ね」」ぉぉぉぉ!!!!!「死ね」死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」」」
ーーーーーーーッ!!!!
キィィィンンンン…………
瞼がこじ開けられたような感覚と、鋭い耳鳴り。
暗闇のトンネルから突然出口が開けたかのような眩しさが襲う。その閃光に、どうやら人影のような輪郭が焼き付く
「あぁ………」
徐々に色を取り戻した視界。
目の前にはーーーーーーーーー阪上………冬弥……!
…………!?
様子がおかしい。スタジアムで見た憤怒の様子はそこになく、目元と口角が卑しくつり上がって見える。
「あっはははは、はあははははあはははははははははははははふへへへへへははははひひひひっ、ひひひひひひ」
僕を見ながら、気が狂っているかのようにけたけたと異様に笑っている。
目を瞑ることが出来ない足を後ろへと動かすことができない体も首も後ろに回すことができない眼球を逸らすこともできない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない!!!!
「ねぇねぇねぇねぇ、一緒にこいつのこと殺そうよぉずっと憎かったんでしょ?嫌いだったんでしょ?利害の一致ってやつじゃん、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇ」
なんで!?何を言っている!?川崎のキャプテンであろう人間が、自分のキャリアを棒に振ってまで手放す理由は何?!
糾弾しようにも、喉の筋肉はピクリともしない。
僕の身体の自由を操っているのも、こいつなのだろうか。
このまま、阪上冬弥に僕の意識を奪われたらーーーー八高茅都殺しに加担させられるのだろうか。それともあの表参道ヒルズの芸能人集団の一員としてお仲間に入れてもらえるのだろうか。
……そんなことされてたまるか、許せるか。これは僕の体なのに!何故こいつはこんなにも茅都を殺すためにここまでするんだ?!意味がわからないとか、そういう次元の話ではないことが昨日からずっと続いていて、ただでさえ鈍っている僕の思考も心も恐怖に支配されている。
『個我鳥は人間の"恐れ"の念が肥大化し力を帯びたものだ』
ーーー翠々芽さんの言葉を思い出すが、今の僕は、混乱の自覚があるほど、あからさまに平常ではない。
『恐れとは、どんな人間も生き物も、相互作用するのだ。互いに恐れ合い、肥大する。単純にその片一方が恐れに屈しなければ、個我鳥の支配の影響も受けない。当然、伴う高い精神性が必要だ』
む、むり………、無理だ!恐れない、って、どう、するんだ?無理、、無理無理無理無理無理!!無理だよ!!怖い、怖い怖い怖い……っ!!普通の、普通に生きてる世界の普通の人間はこんな目には合わない…!誰かに乗っ取られるなんて、ファンタジーやフィクションの世界でしかない……!!人間の脳で理解できることの範疇外だ……!
僕の"体"が奪われる………憑依される!!!!
ーーーーーーーいつも僕はこんなんだ、何もできない、何も考えがない、ただ言われた通りのことを言われただけやる。
せっかくカミサマから体を与えられたのに、ずっと今まで、誰かに敷いてもらったレールを進むだけの、からっぽの中身で生きてきた、僕への罰なのだろうか。
自分の意思なんて希薄で、人の言うことを聞いて生きてきたんだ。
ーーーだから、誰かに利用されて当然なのか……。
『何も無い方が、魂を入れやすいんだ』
脳内でまた、誰かが僕に語りかける。
この声は………翠々芽さんではない、翠々芽が言ってた言葉じゃない。
…………声を聞くだけで、安心する低い声。
僕が人生に迷う時、砂漠の水のように記憶から湧き出てきて、"いつも僕を救ってくれる声"
館山さん……、僕は、どうすれば……。
ーーーーー
ここは、代官山の雑居ビルの2階にあるカフェーーー『To two three』
しかし、入口の看板には、手描きで書かれた『本日貸切」の看板が掛かられていた。
「やぁやぁどうも、本日はみんな、お集まり頂きありがとう」
本来なら、客が飲食をするためのカフェ店内のテーブルは、まとめて重ねて隅に寄せられていた。空いたフロアには、カフェで見ることは珍しい事務用のホワイトボードが壁際に置かれており、"館山賛次郎"は、そのボードの前に立ち、深々とお辞儀をする。
「君たちの人生の"糧"とまではいかずとも、何かの困難に直面した時に、私の導きがお役に立てるよう今日は精一杯努めさせてもらうよ」
賛次郎を取囲むように、制服姿の高校生であろう男女5名が普段は客席であるはずの椅子に腰掛けていた。だが、5人がそれぞれ着ている制服の形や色などの種類はバラバラであった。
「た、館山さん……ほ、本物だ……」
口を抑えて、感激の声をもらす者もいた。
「はははっ、君たちこそ。日柄くん、アミさん、シノブくん、カケルくん、ミコさん、大きくなったね。いやぁ、嬉しいなぁ」
館山さんは、名前を呼びながら着席した僕ら1人ずつの目を見て微笑んだ。
「お、覚えてるんですか?!私たちのこと!」
「当然だよ」
彼は、表情が綻ぶように柔らかく微笑んだ。
「園の子達は皆、私の息子娘だと言わなかったかな。我が子を忘れる父親が何処にいるんだ」
このワークショップの参加応募資格は、卒園生限定であり、更に抽選で5名のみの当選だったのだ。……賛次郎は予め、その応募者リストを見て覚えてきただけなのだろうと……、あとは、どうせ僕のことなんて覚えてるわけがないくせに、という、卑屈な感情が湧き出てきたが、どうにか奥底に押さえ付けた。
「そして私のお手伝いを銀治くんにお願いしているよ」
20代前半程の背の高い細身の男が、館山さんの隣でホワイトボードを動かしたり書類を用意していた。その彼の背中を館山さんは、ぽんっと、軽く叩く。
「アシスタントの植谷銀治っす、つっても今日は俺はなんもしねーっすけど」
「ギンパイ!」
「その呼び方はもう勘弁してくれ……」
呆れるようにたじたじになっている植谷さんと、ははは!と、僕以外のその場の人たちの笑い声が響く。
植谷さんも"園"の出身者で、僕らの先輩にあたる。今は舞台役者をしながら館山さんの付き人をしているそうな。……とはいえ、当時から僕はあまり関わりがなかったけれど、僕以外の4人はそれぞれフレンドリーに振舞っていた。僕はこういうノリが苦手で、混ざろうともしなかった。
「銀治、お願いしていた資料を出してくれないかな」と、いよいよワークショップが始まる。館山さんの合図に植谷さんが事前に聞いていた通りに準備をし始めたのを横目に、「この中で、芸能界を志している者はいるかな?」と、問いかけた。
「私は声優志望で、演技に深みが欲しくて、今回のワークショップに応募いたしました!」「僕はお芝居の仕事に行く予定はありませんが、取引先との交渉や営業の場で役に立つ事があるのでは無いかと思いこの度のワークショップへの応募に至った次第です」「私は高校で演劇部の部長を務めているので、演技力を自分のためにも部員みんなのためにも高めたくて」なんてそれぞれの進路を自己紹介が続き、僕は「俳優になりたいので来ました、よろしくお願いします」なんて軽く頭を下げながら一言だけ告げ、周りのメンバーと比較すれば、かなりすぐに着席した。僕は、館山さんの話を聞きに来ただけで、自分の情報は伝える必要はないと思ったからだ。……どうせ、館山さんは、すぐに今日のことを忘れる。
ーーーーー
「芸能界を永く生きて過ごしてきた私の話だが、どんな世界でも私が大切にしている事は同じだと思っていてね……」
先程まで柔らかかった館山さんの表情が真剣な眼差しに切り替わる。……僕が、大好きだった特撮ヒーローの作中で何度も見た表情とよく似ていた。
館山さんは、僕らの目を、表情を一人一人見つめた。
「困っている人が誰かの手を必要としている時に、いつでも手を差し出せるように"しておく"ことだよ」
「あの、"誰かを助けられる人間でいろ"とはニュアンスが違うと捉えましたが、合っていますでしょうか」
大手企業に勤める事が目標と語ったシノブという男が手を上げる。
「良いご指摘をありがとう。私の言いたい事はその通りでね、自分から手を差し出すのではないよ、それでは自分が疲れてしまうからね」
なるほど、と参加者達はさらに聞き入るように背筋を伸ばす。
「どんな仕事も、人との関わりというのは困り事に手を差し伸べるということだと思うんだ。"手伝う"とは、手を伝たう"と言うじゃないか。病気に困れば医者へかかり、住む場所に困れば不動産屋へ、腹が空けば食堂へ……。そして謝礼として、対価と信頼を頂く。私の俳優という職業は……、観る人の人生の道に迷った時、作品を通して、決断する勇気のきっかけであれるようになりたい」
館山さんは呼吸を整える。
「そして困っていない人には、お節介をしない事。それが人を信じるという事だ」
声色を強めて、手振りを交えながらそう説いた。
「自分も大切にし、その余裕が産まれたら誰かを助けたらいいって事ですかね」
声優志望のミコが意気揚々と答えた。
「行動に移せずとも誰かを助けたい気持ちさえ持っていればそれだけで素晴らしいことだよ」
「にしても、そもそもなんでこんなところで、ワークショップを開催しようとしたんですか?」
シノブが割って入る。館山さんに気に入られたいが為に、とにかく会話を試みようとしようとしているように僕には見えた。
「はははっ、よくぞ聞いてくれた」「そうだよなぁ、レッスンスタジオなどではないのかってそう思うよなぁ」と、先程の真剣モードからまた表情が綻びながら、館山さんは笑う。
「このカフェは……私が、俳優としてまだ半人前だった頃から足繁く通っていたカフェでね……。だが最近、マスターが高齢で店を続けられなくなると、"代官山"という土地柄のせいか、不動産業者やテナント仲介の連中が、『古着屋にしたい』『事務所として使いたい』と、いろいろな話を持ちかけてきたらしくてね。マスターはもちろん、私自身も、このカフェを失くす訳には行かなかった」
語る館山さんの表情は、いつも情緒的だ。切ない話をすれば、表情は感傷的になる。僕は彼から吸収し学ばねばならない。
「"To Two Three"(カフェ)を残すため、この私が店を譲り受けたが、しかし、俳優業の傍ら私にはとても手に余っていてね……、今は営業を植谷くんに任せているんだ」
「つっても、俺も舞台やりながらなんでまともに開店できてないっすけどね」
「なので君たちが悩んだ時に、ここに訪れて欲しくてね。そういう場所がひとつでもあると安心だろう?」
思わぬ言葉に、参加者達は、ぱぁっと表情が明るくなる。「いつでも来ていいんですか?!」「あぁ、勿論だよ」
どうせお世辞だろう、頼りたい時に来ても、迷惑がられるだけだろう。なんて考え僕の些細な表情をを見抜かれたのかわからないが、
「日柄くんは今、部活動が演劇部とか、劇団に所属しているのかな?」
館山さんと他参加者4人の視線が僕に突き刺さる。
「ぼ、僕は……、高校に通いながら、オーディション受けてるだけ、です」
小声で恐縮そうに告げたが、実際には、嘘だった……。
カッコつけて言ってるだけで、演劇部にも入部していない帰宅部だし、オーディションも、応募するだけして書類選考すら通らなかったのか、音沙汰無しで士気が下がり、特段俳優志望らしい事は何もしていない。……俳優になりたいと思いながら、なんの努力もしていないそんな罪悪感が嫌で、館山さんのワークショップに応募してみたら、当選したから来ただけだった。
「そうかそうかぁ、日柄くんの演技がとても見たいな、見せてもらえないかな?」
「…………っぅえ"っ……!?」
全く思ってもみない提案に、濁った声が出る。
だがすぐに、隣の声優志望のミコという女が立ち上がった。
「ずるい!私も館山さんに見てもらいたい」
「構わないよ、何か頭の中に台本でもあるかな?」
「はい!あります!」
「声優養成所ガーネット所属、ミコです!目標として国民的に愛される少年漫画のヒロイン役と、魔法少女変身アニメに出演する事が最初のゴールだと思って日々努力していますよろしくお願いいたします!まずは、会社の先輩役から……後輩くん?最近残業続きだからこの後飲み行こ?続きまして、幼稚園児の女の子、今日ね!幼稚園でたっくさん折り紙おったの!先生に褒められちゃった!続いてバラエティ番組ナレーション、………………」
こういうチャンスが巡ってきた時のためにいつでも出せる武器を準備をしていたのだろう。だけど、素人目……いや素人耳ながらに、特に聞き惚れるような声色の印象はなく、演劇部で活躍してる子がただ文章を抑揚良く話しているだけの演技、みたいな印象だった。
「ふむ、声量もとてもよく出ているよ。しかし吐く息の量を増やすともっと素晴らしくなる。すると更に迫力が出る。迫力がいるというのは、闇雲に大きい声で怒鳴るように言えば良いのかと言われればそれは全く違う。 役者も声優も同じだと僕は考えているが、息遣いを制すると、台詞に説得力がでるんだ。腹式呼吸を極めてごらんなさい」
館山さんに絶賛されるとでも思っていたのか、少し顔を赤らめながら恐縮そうに「ありがとうございます、やってみます」と先程よりも小さい声量で着席した。
「それで、日柄くんは?どうかな」
「……………す、すみません、あの、僕は、台本が無いのは、すごく、苦手で……」
館山さんから堪らず目を逸らした目線の先、僕の様子を腰掛けながら見ていたとシノブの片側の口角が、少し上がった気がした。恐らくきっと、この場面で行動できない僕を見下しているのだろう。
「ふむ、日柄くん」
軽い台本のようなものを差し出されるのか、もしくはどんな説教と失望を示す言葉が飛んでくるのかと、肩を窄めて身構える。
「君には大俳優の素質があるよ」
「………は?正気で言ってますか?」
館山さんの思わぬ言葉に、呆気に取られる。嫌味にしては、随分と悪気がありすぎると思ったからだ。
「はっははは!!君がまだこんな小坊主だった頃も同じことを言っていたね」
手のひらを地面に向け、腰の位置の高さで幼少期の僕の身長を確かめるように空気を撫でた。
「ぼ、僕は、全く、覚えてないんですが、覚えているんですか……?」
全身から火が吹きそうなほど、体温が急激に熱された。恥ずかしすぎて、俯く。
「"正気ですか"だなんて、まるで私の精神がおかしいような言い草でね」
「い、いえ、ただの卑下です……、そんなつもりでは」
シノブの些細な笑みが、かなり露骨なものにかわっていた。
「やっぱり言われた事をしっかりこなして、今あるチャンスは掴まないと、成功なんて夢のまた夢っすよ、ねぇ?」
大袈裟に足を組んで、館山さんにニヤついた目線を送ったが、館山さんはシノブと目を合わさずに続けた。その様子に少し、安心を覚えた。
「君はひとりで、園の隅っこに体育座りをして、"覆面戦騎士アルラウンド"の絵本を膝の上に乗せて、ぼそぼそとセリフを朗読していたね。私も体育座りで隣に座ったら、目をまん丸くさせていて、本物の"アルラウンド"が現れたと驚くのかと思っていたら、『正気ですか?』なんて、くっ、ふはは」
「がっはははは!」と大きな声で一頻り笑い、収まらないまま話を続けた。目線だけはまた、真剣なものになっていた。僕はその目の奥が、大きな慈愛で満ち溢れていて、なんだか温かさを感じた。優しい優しい表情だった。
「君は、他人も自分も、受け入れない。だが、僕のワークショップには来た。少なくとも、僕の言葉には興味があってここに来たんだろう?」
…………館山さんには、全部、見抜かれてる。
「ひとつ聞かせてくれ、君は私みたいになりたいか」
「………僕はこんなんでも、でも、その為に、ここに来ました」
館山さんは、ドラマの中でも見たことの無い、今日で一番柔らかくて顔の筋肉がゆるゆるなんじゃないかっていう顔で、ふふふっ、と微笑んだ。
「人間はいずれ必ず、自分と向き合わなきゃいけない、向き合わざるを得ない出来事が必ず起こる。だが、人並みに生きてる人間でも、自分としっかりと向き合う事のできる者はなかなかいない。だって、嫌な事っていうものは、やらないで済むならやらないだろう?宿題の締切とか、美味しい物を散々食べた後の請求書だとか、嫌いな人とか嫌いな虫、嫌いな臭い、高い場所が苦手、暗い場所が苦手……。人間は生まれながらに自分を嫌いだからね。自分の弱さを認められなかったり、失敗を正当化したり……。自分のことは、自ずと目を逸らしたくなるもんさ」
「館山さんのおっしゃる通りです!自分の事を知っておくことは大事ですよね、自分が脳のある人間である事だとか、何も出来ない無能である自覚を持つだとか」
チラッと、僕を見る。なんだコイツ。ここで僕と張り合ってなんになるというんだ。
「だが」
館山さんは、低い声で力強く言う。
「自分と向き合え、他人と向き合え……なんて、そんな浅い事は私は言わない」
「……え?」
誰よりも先に、間の抜けた驚きの声が漏れたのは僕だった。
「何も無い方が、魂を入れやすいんだ。俳優ってやつぁ、みんな"からっぽ"でいなきゃいけない」
「それがさらになかなかできないのが、俳優って職業だ」
僕も、他の参加者も、植谷さんも、みんな館山さんの言葉に集中していた。
「俳優は時に、自分の信念や価値観に大きく外れた人間になりきらなきゃいけない、自分ならこうすべきだという自我が強かったらどうする?逆に、こういう時に人はこうするだろうと想像できるほど他人への興味が強かったらどうする?」
「とはいえ、今は私の言葉を理解するなんて難しいだろう」
「日柄くんなら、時期に理解る時がすぐにでも来るさ」
館山さんは"今の僕"のお芝居を見たことの無い。それでも、ただの気休めでも励ましだろうが、"名指しで"そんな風に言ってくれたのが、純粋に心から嬉しいと思えた。
館山さんは、力強い眼差しのまま微笑んで、僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
その瞬間だけでも、本当に"僕のお父さん"だなんて思っても、許してもらえるかな…。
「お利口にやってても成功できないということだよ」
シノブを見た。一瞬だけ、暖かな館山さんが、冷徹で鋭く厳しい目線をした気がした。直ぐに、いつもの様な優しい笑顔に戻ったけれど。
「なのでここを、このカフェを守って欲しい。君達がまた迷った時にでも再び、私が必ず手を差し伸べるから、To two threeに来て欲しいんだ。その時は父親面をさせてくれ」
「た、館山さん!!私も今文化祭で発表する演目のお芝居を、み、見てほしいです」
「勿論だよアミちゃんも、是非見せてごらんなさい」ーーーーー
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「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」
暗闇の中、脳の司令を無視して言葉を発される。身体の自由も効かない。でも意識だけは僕の自由だ。
思考することはできる。
だから、考えろ、演じろ
どうして阪上冬弥は、川崎の選手達は八高茅都を殺そうとする?
八高茅都の勢力と川崎の選手たちの勢力は敵対してる?
八高茅都は味方?敵?
なんで僕はこんな自体に巻き込まれた?
彼らにとって僕を巻き込むメリットがあるからーーー?
いや、とにかく今はこの状況をなんとかしないと……。
何故、阪上冬弥は僕の身体を支配する?僕の身体を使ってどうするつもりだ?
僕にはその意図が、目的がわからない。
阪上冬弥なら、"分かる"
そりゃそうだ、本人なのだから。
だから、変身ーーーーー
僕が、阪上冬弥になればいい。
『憑依するんだ、この男(阪上冬弥)にーーー!!!』
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視界が徐々に鮮明になっていく。
僕は……目が覚めたのか?
目の前に………誰かが座っている。
僕の瞳のピントが目の前の何者かにフォーカスされていく。
黒いタンクトップ姿で、タオルを首にかけ、腰掛けている。ボトルの口から液体が吹き出るのを口で受け取るように上を向き、ドリンクを飲んでいる。
ここは……サッカーの、ロッカールームってやつか…?、
ドリンクを飲み込んだ目の前の人物が、頭を下ろす。
そいつは、口にドリンクをこぼしたのか、手の甲で口元を拭いながら、僕の顔を見つめた。
「調子はどうだ?」
さ………坂上……冬弥………ッ……!




