07:捜索
茅都との接触が叶わなくなった以上、関係者の往来の激しいこの場所で右往左往して不審がられるわけにはいかない。一旦違う場所へ離れる事とした。
スマホを開き、ひとまず翠々芽さんたちへの報告としてLINEグループにメッセージを送信する。
『茅都と接触した。態度的に彼は昨晩の事覚えてなかった』
『ワルちゃんずの一員の阿津勇彌も居た、僕らには気づいてなかった』
ワルちゃんず……って呼称の仕方、どうなんだろうと再度疑問に思うが、しばらくして数分立っても返答はないので、向こうも取り込み中なのだろうか。
「歩いていれば2人と合流できるかもしれない」と提案して、コンコースを一周しながら辺りを伺う事にした。
……しかし、歩き進みながら、在里早の様子が見るからにおかしい。先ほどまでのやかましいテンションが嘘みたいに、黙りこくってソワソワモジモジしているような。
「……もしかしてトイレ我慢してる?」
僕は本当に心配の意味で至って真面目に聞いたのに、「違うわぁ!」とムキに否定された。
「いや……そのさ……Suiryuちゃん可愛かったな……って」
左手で頭の裏を掻き、「うへへ」なんてニタニタする様が気持ち悪くて、返答に困り果てた。
「だぁ〜〜っ………んんんんっ………ハチコーにもう一回会わせてくれ!今すぐ記憶を取り返してやるっ………!」
周りに観客の多い中で大きい声を出されヒヤッとしたが、在里早も慌てて両手で口を抑えつけるように覆い「がぁ〜〜〜」と叫び声を篭らせて音量を減らしていた。
「今、僕の中で在里早に対する好感度めっちゃ下がったよね……」
「えぇ!同じ男なら俺の気持ちわかんだろ!?」
「そういうのって中学生までじゃない?」
「……どうせ俺は、心がお子ちゃまのままの男だよ」
「在里早はSuiryu好きだったとかなの?綺麗な女の人が目の前にいたら誰でもそう思うんじゃないの?」
「違う!俺はそんな男じゃない!記憶は失えど、俺の中の心に残った本当の愛という本能がそう言ってる!それを週刊誌に引き裂かれたんだ!だから俺は、早く記憶を取り戻さなきゃいけないんだぁ!」
「いや〜〜、きもいなぁ……」
「……あのさ、もうちょっと俺に優しくしてくれない?」
「あの週刊誌には汐入敬亜も居たでしょ。昨日の様子じゃ、汐入敬亜は敵側と見て間違いないし、Suiryuもそっち側と関係があるかもしれないって考えた方が得策じゃない?それにさっきも、阿津勇彌と2人で一緒にいたんだ。彼女も要警戒人物だと思うし、鼻の下伸ばしてる場合じゃないはずだけど……」
「……もう……ちょっと……俺に優しくしてくれない?」
「うがぁぁ」と小さく叫びながら半泣きで余計しょぼくれてまた黙り込んだ。
ーーーーこうしてスタジアムを歩いていると、本当に女性が多いと強く感じる。彼女達の着ている応援ユニフォームの背中はこぞって"HACHIKOU 18"の表記。NOI"r"SEファン以外の純粋なサッカーファンは、肩身が狭い思いをしているのでは、と勝手な憶測をするのは無粋だろうか。
傍に着席してる女性2人組は、レンズが大きく長く重そうな、小柄で細身の女性が持つには倒れまいか心配してしまいそうなほどのカメラを、フィールドに向けて"カシャッ、カシャッ"と撮影に勤しんでいた。
気づけば、ジャージ姿の両チームの選手達がちらほらと1人、また1人と、ウォーミングアップのためにピッチ上へ出てきていた。当然、八高茅都の姿もそこにあった。
「茅都くん昨日の生放送出てて次の日試合なんて心配だね」
「でもスタメンで出してもらえて茅都くんの写真撮れてまじありがたい」
「諭吉1人分ぐらいは稼げそ〜」
彼女達の会話を盗み聞きをするつもりはなかったが、図らずも耳に入ってきてしまった。今撮影した写真は売るつもりなのか……。
辺りを見れば、双眼鏡や撮影用のカメラをフィールドに構えている人だらけだった。大雑把に見てもほとんどが女性。そうではないのは、"ドンッ!ドンッ!ドンッ!"という太鼓の音も鳴らし準備している所謂"ゴール裏"の応援席のサポーター達だった。"ゴール裏"と"それ以外"の客席の雰囲気が明らかに違っていて、異様な空気感を覚えた。
「やっぱさぁ最優秀賞茅都くんじゃなかったの、絶対なんかのゴリ押しだよね、なんだっけ、ナントカ"べ"ヒガラって子」
ぐっ……。まさか他人の会話から自分の名前が出るなんて。心臓が跳ね上がって、身体が硬直する。とはいえ、"餘部"ってそんなにも覚えづらい名前なのだろうか。芸名を考え直した方がいいのだろうか……。なんだか居た堪れなさに、肩を落とした。まさかこんなところで本格的に芸能人気分を味わうことになるとは思いもしなかった。
「でも可愛い顔してるくない?餘部くん」
批判を受けるのではないかと、耳を背けようとしてその場から逃げようとしたが、見た目の評価とはいえど、悪い気はしないのかもしれない。
「ウッソ、在里早から担降りしちゃう?」
「そうしよっかな〜、今さ呑み狙い行けばライバル少なそうだし繋がれそーじゃない?」
ん……?呑みを狙う……?繋がる……って何?あの、本人すぐ側にいるけどね……?
「まじで降りんの?だってユリが在里早の事好きなのって女癖激しいから繋がればすぐ抱いてくれそうだからって言ってたじゃん、餘部くんって女経験無さそうな隠キャ童貞顔じゃない?清純清楚しか好きになれなさそうガード超固そう」
「わかる!ギャハハッハハハハ!」
下衆な話に大きな笑い声で、彼女達は周りの座席に気を使うことなく手を叩いて爆笑していた。不快感で堪らず眉間に皺が寄り頭を抱えてしまった。在里早も「えぐすぎ!やばすぎ!」と普通に声に出して笑ってたが、どういう気持ちなんだそれは。というか、見た目は"設定支配"が掛かっているとはいえ、声は大丈夫なんだっけ?
「そういやさー在里早と仲良いって言ってたおぢ、ホテル行ってから連絡来なくて萎えてんだよねー」
「六本木のマオズの子が在里早と繋がれたって言ってたけどどうだったん……」
「あのさぁ?ちょっと?お前達さ?うるさいんだけど?」
在里早が柵から身を乗り出して、2人組の彼女たちに割って入った。もうここから離れよう……。そう思っていたのに……。
「なんですか?盗み聞き?キモくないですか?関係ないですよね?」
「在里ぃ………、違、あり、ありぃおか……有岡!やめとけって、す、すみません!お客様の話し声のボリュームをもう少し落として頂きたくて」
慌てて在里早を連れ戻そう
「あぁ?なにオッサン?うちら普通に会話してただけなんだけど。つか、あっちで太鼓ドンドコ応援の方がうるさくね?」「それなー」「ギャッハハハ」
君がオッサン呼ばわりしてる目の前の男は、君が抱かれたがってる九真在里早と、繋がりたがってる餘部日柄なんだけども……。
在里早はそんな彼女たちの座席の前に立ちはだかり、顔を覗かせて、悪い笑みを浮かべていた。
「なにニヤニヤしてんだよオッサン……、まじでキモくね?」
え……何をしてんだ……、ま、まさか。
悪巧みを思い付いたクソガキのような在里早の表情を見て、刹那的に企みを察した。だが、気付いて止めようと思った頃には、既に遅かった。
在里早は空に向かって"翡翠"を投げた。
太陽光を乱反射して、キラキラと光を放っていて綺麗だった。
「俺は天下無敵の九真在里早だ、最強の男は欲には溺れない」
当然、彼女達には僕らはフロントスタッフに見えているはずだ。ーーーー"翡翠"が宙を舞っていた間の時間以外は。
ぱしっ!と、空を見て在里早は掴んだ。宙を往復して落下してきた"翡翠"は、在里早の手の中に帰ってきた。
その光が僕の目の奥を刺激して、頭が痛い。
あぁ……、在里早……。余計な事しやがって……。
「ほら時間だよ、早く行くぞ"有岡"」
在里早の腕を無理矢理掴んで、コンコースまで引きずり戻した。痛みの加減をしていないのは承知の上だ。
「ちょっ、おい、ちょっと!痛っ!ごめん!悪かった!イタズラが過ぎた!」
「さすがに性格悪過ぎんだろ」
「あの女達の反応見たかったのにー!」
「……おい」
「ごめんて!でもちょっとはスカッとしたろ?こんなイタズラできるのこんな能力ある俺らだけ……」
「僕らの目的も、翠々芽さんもくだらないイタズラするために力を貸してないでしょ、返せ、それ、ほら、出せ」
「ごめん、ごめんて……、もうやんないから!反省した、確かにそうだわ、ごめん!」
はぁ、在里早と居ると随分疲れる……。僕とは性格も価値観も正反対のタイプすぎる。
けれど、もしかしたら、僕が悪く言われてた事に許せなくて、反撃してくれたのかもな。……なんて、そんな考えが浮かんでしまって、憎めずにいてしまう。
……ありがとう。なんて、絶対口には出さないけど。
ーーーーー
スタジアムをぐるぐると探索していたが、翠々芽さんも朱桃ちゃんとも会えなかった。連絡も返ってきていなければ、既読数も増減無しだった。どこで何をしているんだろうか。僕らは何をすれば良いんだろうか。在里早はいつのまにかどこから買ってきたのか、手元に細長いポテトリスみたいにちまちま咀嚼していたが、一応仕事中であるはずのフロントスタッフがそんなの食べて大丈夫なのだろうかと思いつつ「いる?」と在里早がトレイを差し出して来たので一本もらって食べた。……うまい。
ピッチを見れば、ウォーミングアップをしていた選手達はいつの間にかいなくなっており、客席はびっしりと埋まり、コンコースに溢れていた人たちは概ね着席が済んだようだ。
空席は見当たらない。チケットは完売しているので、おおよそ35000人がここにいるということになる。その中に翠々芽さんたちが居るはずなのだが、どこにいるのか連絡もなしに見つけるのは、至難の業かもしれない……。何か悪い事態にはなっていないだろうか、心配になってきた。
『お集まりの皆さん!!本日は等々力スタジアムリーグ開幕戦へお越しいただき誠にありがとうございまーす!本日スタジアムDJを務めさせて頂くDJヤマサキです!!』
軽快なテンションで、DJによる進行が始まった。合わせて客席から拍手が聞こえてきた。
『我らが川崎に対するは浦和の一戦、伝説の始まり!もう間も無く試合はキックオフを迎えますが!なんと!今回!皆様にサプライズがございます!』
「なんだろう……?」「サプライズ……?」客席がザワザワと関心が集中していた。だが僕は、客席を隅から隅へ目線をなぞって、翠々芽さんを探していた。それでも緑がかった白色の髪は際立って見えるはずと思った。




