03.感覚
「第47回ジャパンアカデミー賞最優秀主演男優賞は……」
司会の女性アナウンサーが、声色に力を込めた。
ーーーーーその瞬間、意識が遠ざかるような、感覚があった。
耳鳴りではないけど、耳鳴りと呼んでしまうような、耳の奥と、目の奥と、鼻の奥と、身体中全ての僕の感覚が、バグを感知したエラーの警告音が鳴るように、ツーンとした、感覚。
キーーーーーーーーィィーーーーー………
この時間の間のたった今だけ、スローモーションみたいだ。
すぅっ、と、息を飲み、肺に空気を満たす。
一瞬で、時間の流れが通常に引き戻る。
カッ!!
っと、視界が真っ白になる。けれど、すぐに目は慣れ、一度目を閉じ、再び開けると、明るく照らし出されたステージに戻った。
どうやら、先程までわざとらしくあちこちを不規則に動いていたスポットライトや照明が一点に方向を固め、その光線の行先は、僕の眼球を刺激したらしい。
ダンっ!
と、アクセントされたドラムの一拍を合図に、司会のアナウンサーが意気揚々に一呼吸おいて、言葉を発した。
「フェイクリアルで主演を務められた、余部 日柄さんです!」
会場の全員は皆、名前が読み上げられる前から八高茅都を見ていたはずだった。
「は………?え……?」
端っこの影のシャンデリアの光も届かないはずの僕らのテーブルは痛いぐらい眩しいほどに照らし出され、大きなカメラやマイクや機材の黒い塊が、僕へと集中していた。
司会が読み上げた名前を脳が理解するまで、それなりの遅延があり、数拍の無音があった後、起こったのは歓声ではなく、
ドッ…!
ザワッ……!
という、どよめきの、戸惑いや、驚愕の声が沸き立った。
僕は座ったまま動けずに、次の行動は何をすべきか迷う時間もないのに悩んでいると、ミシェル先輩は口を開けたまま立ち上がったかと思ったら、当たりを見渡し始めた。僕は、彼の行動を瞬時に悟った。ドッキリ番組のカメラと種明かしを任された人間を探しているのだと。僕も同様に慌てて立ち上がり、辺りを伺う事にして周りを見渡したが、一気に、全身の体温が下がっていくのに気づいた。
会場中全ての人間が、偉大なる人達が、憧れの人達が、いつも画面越しに見ていた人達が、僕を見ている、僕が誰なのか、何者なのかという顔で、僕だけを見つめている。刺さった視線が、剣のように四方八方から突き刺さって、動けない。
「日柄っ!?」
ミシェル先輩の声に思わずよろけた、
「これは歴史上類を見ない異例の選出です!どうぞ!どうぞ壇上へ!今のお気持ちをお聞かせくださいませ!」
案内係であろう黒服のスタッフ数人が僕の座る椅子裏に集まり、どうぞステージへ、と、指先を示して、座ったまま何も動けないでいる僕に起立を促した。
パシャ!カシャッ!カシャカシャッ!
カメラのシャッター音も焚かれたフラッシュも僕の混乱を加速させていく。
半ば強引にレッドカーペットへ連れ出される。
貴族しか踏んではいけないのではないかと錯覚するような高貴な絨毯を踏み潰す感覚で、僕の足取りは大変覚束なく、同時に、落ちれば奈落の底に渡されたガラスの橋を歩いているかのような感覚にも襲われた。
「彼、全然候補者ではなかったじゃないか」
「フェイクリアルは話題賞なだけなはずだろ」
「なんであいつが最優秀男優賞なんだ」
「ハチコウじゃないのぉ?」
「あの子、知らないなぁ」
両耳の先からは"何故?""どうして?"なんて、予想外の展開に零れた本音や困惑や不安や、そんな他人の感情が黒いガスみたいにようなものが無理やり僕の顔の空気穴にねじ込まれられるようだった。