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0.5秒のディレイ  作者: 水鶏にさ
Chapter.2 Just EZ game!
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06:再会


昨晩振りの八高茅都。


僕らを襲い、在里早を気絶させ、在里早の記憶を喪失させた人物との再開。


確かに茅都に会いに来たものの、傍から様子を見て伺う機会を得られず、先に見つかってしまった事は不測の事態だ。


けれど、茅都の様子は昨日とは全く違う。


「なんでぇ?在里早、もうそんなに餘部くんと仲良くなったの?あははっ!ありがと、来てくれて嬉しいよ」


八高茅都は目を丸くして驚く様子だった。


ただ、彼は眉頭をあげ、にこやかに微笑んでいる。素直に、率直に、嬉しそうに……。そうにしか、見えない。けれど、そのとってつけたような笑い方は、昨日も見ていたはずだ。昨晩起こった出来事が、彼の念頭に置かれていれば、その反応は絶対におかしい。


昨晩の彼を言い表すならば、"冷酷非情"が相応しい。だが、まるっきり別人に成り代わってしまったかのように、目の前の八高茅都は、温厚で柔らかい優しい表情をしている。


このメインスタンドの関係者用通路はは選手やスタッフなど、様々な人間が通り行き交っている。「おつかれさまでーす」「備品切らしてるからチェックしといてー」「今日竹本と阪上って取材入ってたっけ?」という試合運営や興行に関する会話があちこちから聞こえている。表参道とは状態の違う今、辻褄を合わせるために演技をしているのか。心の内を悟られないように、知らぬふりをしているのか。


だが、うっかり、茅都と目を合わせてしまえば、彼の瞳の奥の深くの冷たさは、健在しているように見えた。その不気味さに蛇に睨まれた蛙のように身震いをしてしまう。


やはり僕は、彼が怖い。


しかし在里早は目を強ばらせて睨みつけたまま、ズカズカと茅都に近づく。


「ちょっ、ちょっと、在里早!」


胸倉でも掴む気なのか殴る気なのかわからないが、咄嗟に在里早の肩を掴んで引き戻そうとしたが、僕の手は空振って、掴んだのは宙だった。というより、きっと僕の無意識が、茅都に近づく事を恐れ躊躇っていたのだと思う。


詰め寄る在里早に、茅都は後ろに退く事はしなかった。やがて2人の距離は数十センチ。茅都はスパイクを履いていて、180cm程度の身長にかさが増しているのか、随分高く見えた。なので在里早が茅都を少しだけ見上げるような形になっていた。


「俺を殴れ、八高茅都」


「…………?」


在里早は自分の頬を茅都の顔まで、差し出すように向けた。それを茅都は、ぽかんとした呆気に取られた表情で見つめている。


「俺が気に食わないなら、あんなマネなんかしねぇで堂々と面と向かって殴ってくれ。そんで、俺がお前を不快にさせた理由を具体的に説明してくれ。俺に非があるなら、土下座でもなんでもする。同じ釜の飯食らいあったかどうかは知らんけど俺たちメンバーなんだろ。悲しいんだ、俺は。お前とちゃんと仲良くなりたい」


在里早は力強く、真剣な面持ちで、なぜだか苦しそうに見えた。記憶を失っているはずなのに、記憶が消えてから今に至るまで短い時間の中で、僕が説明した事やネット上のNOI"r"SEの動画などを見て得た断片的な情報で、彼なりに関係性を考証して八高茅都と向き合う事を決めたのだろう。


しかし、対する茅都は、ひたすらに戸惑いの表情を浮かべているだけだった。


「えっ……と、またいつもの在里早の好きなマンガとかゲームのノリ……?よく、わっかんないん…だけど……?」


申し訳なさの混じる苦笑い。茅都は在里早の右肩を、ぽんっ、と叩き、2、3歩程退って、距離を作った。


「あぁー……、わかった、サッカー見たいから席くれってこと?在里早って戦いとかバトル系見るの好きだよな、いいよ、マネージャーに言っとく」


「えっ…?」僕と在里早、2人で同時に困惑の声が漏れた。


「…………ま、まさか、ハチコー、お前、すっとぼけを貫くつもりか……?」


「そ、それか、昨日の事、もしかして本当に覚えてないんですか……?」


「昨日……?あぁ、そういえば、アカデミー賞主演男優賞、受賞おめでとう。昨日終わったあとさ、俺、餘部くんに話しかけるつもりだったんだけど、帰っちゃったから。体調大丈夫?」


「え……?は?え?」


「"フェイクリアル"見たよ。伊野依弦知ってる?俺らと同じメンバーの。前、劇場公開してた時に依弦に誘われて一緒に見に行ったんだよ。すげぇ面白かった。俺が受賞候補だとか言われてたせいで、俺のファンが色々文句言ってるみたいで、本当に申し訳ない 」


「何を……言ってるんですか……?依弦さんも昨日会ってますよね……?」


依弦さんの事を知っているか、と聞くのは当然おかしい。表参道ヒルズで僕らは鉢合わせている。


「ハチコー、お前も記憶ねぇの……?」


「……きお……く?なんの話……?昨日は試合の前日練習とアカデミー賞関係で1日忙しかったから、メンバー誰とも会ってないけど……?違った…?」


この反応……、演技なのだとしたら、茅都の行動動機は何だ……?演技だと疑って見ればそのように見えるし、率直であると思えばそうにも見える。しかし、何より、この男の本心を察し見抜く能力なんて、僕は持ち合わせていない。……いや、茅都に限らず、どんな人間であれ、僕にはまだ苦手だ。


或いは、茅都は、何者かに操られているのか……?


いや、彼には"在里早を助けにきた"という建前を利用した上で真の目的があったように見えた。彼の意識によって行動していたはすだ。


ならば、昨晩の表参道の一件の後で、茅都も在里早と同様に、何者かに記憶を改竄されたのか。


僕の手札には何があるのか、次のカードをどう出すべきか、かなり迷っていた。在里早も、言葉が出ない様子だった。


だが、次の一手を出そうと悩む束の間、気付くと僕ら3人の横に、「試合前のお忙しい中に失礼いたします〜」と、そのように言う割には不躾に、誰かがズカズカと割って入ってきた。


「私ども、ReaLize(リアライズ)プロダクションのマネージャーの田居中です。NOI"r"SEの八高様へ本日お世話になります、阿津とSuiryuから一言だけでもご挨拶させて頂きたくお伺いさせて頂きましたぁ〜」


スーツでメガネを掛けたひょろっとした体系の40代ぐらいの男がそう言った。言葉は丁寧だが、ヘラヘラと笑みを浮かべ、その態度は傲慢に思えた。


男の背後には、若い男と女の2人。綺麗に仕立てられたファッション誌に載っているような様になったカジュアルな衣装とファンデーションなりのメイクの施されていた。一目でこれから表に立とうとする"出役の芸能人"だとわかる。


僕と在里早は、反射的に後退し、茅都達から距離を取る。息を飲む音が、在里早の喉からも聞こえた気がした。


阿津と聞けば、後ろの男の方はやはり、阿津勇彌……!!昨晩、表参道ヒルズにいた、汐入敬亜と共に居た、関西出身の若手俳優だ。


「本当だったら、もう少し早くご挨拶に伺う予定だったんですけどもぉ〜いやぁ、阿津の方がスケジュールに遅れが御座いまして、申し訳ないです〜」


マネージャーを名乗る田居中は、大して申し訳なくはなさそうに平謝りだった。


「どうもー、遅くなって申し訳ないです、今日はよろしくお願いいたします」


阿津の謝罪も、ただ軽く受け流したなのような堂々とした厚かましい態度だった。笑顔と真顔の中間ぐらいの適当な表情で、茅都に対し軽いおじぎをする。遅刻の理由はきっと、朱桃ちゃんに眠らされた事による寝坊だと言う事を、僕らは察していたが。


顔見知りのはずの阿津勇彌が、僕らの方へ視線を向けようとする様子は一切ない。彼には、翠々芽さんの"支配設定"が効いていて、しっかりと僕らがただのフロントスタッフと認識されてるのか。


「よろしくお願いしますっ」


阿津とは対象的に、手を後ろに組んで、ぺこっ、と笑顔で挨拶をしている女の方は、Suiryu……。紅白出場も果たしたシンガーソングライターと俳優の二足のわらじで、映画でもドラマもCMでも顔をよく見る超売れっ子女優……。


在里早と銀座のホテルでのスキャンダルを撮られたメンバーだったはずだ……。


ちらりと、思わず在里早の方へ目線だけ向けてみる。


在里早の表情はあからさまだった。下唇を噛み、焦ったような、目線が仕切りにきょろきょろ動いていた。彼は思ってることがそのままわかりやすく顔に出るタイプなのだと、僕の中の九真在里早の情報がアップデートされていく。


様子は見るからにおかしいが本人も自覚があるのか、どうにか冷静に真顔に戻ろうとしているような努力が見えた。大丈夫……なのか……?


リアライズプロの一味は、僕らの会話に割って入ってきた形で失礼なように思えたが、茅都は特に苛立ちのようなものは見せずに明るく「あぁ、こちらこそよろしくお願いします」とはにかんでいた。


すぐに、別の男が廊下の奥からこちらに向かって来た。


「八高ぉー、ミーティング始まるから、ロッカールーム集合だよー」


川崎のエンブレムのついたジャージを着た男が茅都の肩を叩く。コーチだろうか。茅都はコーチの言葉に、「ウッス、すいません、すぐ行きます」と慌てて反応した。


その言葉に合わせて、「それではまた後ほどよろしくお願いいたします、失礼します〜」とリアライズプロの3人も別の方向へ去っていく。


その光景をただ眺めて突っ立っていた僕らの方へ、茅都は軽く右手を上げて振り、近づきながら、


「2人も来てくれてありがと!嬉しかった。試合前はバダバタしててさ、ごめんね。2人の出るドラマ楽しみにしてるよ」


そう言って笑顔で、「じゃあね」と言って、ロッカールームの方へと体を向けようとしていた。


これで僕らと八高茅都の試合は、予想外の終了の合図を告げたのか。


「いや、僕はドラマ出る予定なくなっちゃったので……」と少しでも話を続けて延長を試みようとしたーーー


だが、僕より先に、茅都の方が、言葉を差し込んだ。


彼の表情は、ガラリと変わっていた。


眉や唇に力が入っていて、噛み締めるように告げる。


不安そうな、強ばった神妙な面持ちで。


「あと、在里早」


1歩ずつ、少しずつ縮めるように、茅都は在里早に近づいた。


「な、なんだよ」


先程と形勢逆転したような。在里早は戸惑う。僕も横で、何をする気なのだろう、と、身構え、すぐに何かの対処ができるよう全身の筋肉に力が込み入る。


「……ちゃんと、忘れた方が……いいよ」


茅都は周りの目を気にしながら、在里早にだけ伝わるような小さくさり気ない声量で告げた。


茅都の言葉はもちろん真横にいる僕にも聞こえていた。


「………?!」


「………は!?え!?え、いや、ちゃんと忘れてるけど!?」


言葉に驚く僕と、豆鉄砲を食らった鳩のように、大きな声で驚く在里早。


なんだ……!?やはり在里早の記憶が消えていることを、知っていたのか……!!記憶が消えても、態度の変わらない在里早に対し、"消えていない"と誤認しているのかもしているのか……?


あまりの動揺の結果なのか、『忘れてる』と自ら言ってしまったせいで、在里早の謎の作戦である『バカなフリして記憶が消えていないフリをしてカマを掛ける』ことは、無意味になったかのように思えたが……。


「ちょっと、ミーティング始められないよ。みんな待ってんだけど?あと八高だけだよ。どこの部署の人?今試合前の大事な時間ってわかりますよね?」


まずい……。先程の川崎のコーチの男が戻ってきて、僕らを睨みつけて凄んだ。


「あぁすいません、前山コーチ、俺が引き止めてたんです、すぐ戻ります」


茅都は焦った素振りで、「ごめん、戻るね、座席チケットの事はマネージャーに聞いて!俺からも言っとく」と言い残し、僕らの反応を伺わずにすぐにその場を去っていった。


……茅都が、廊下の反対側へ振り向いたその一瞬だけ、口角は微笑んだままで、目だけは悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。


対して、横の在里早を様子を伺えば、放心状態でボーッとしている。


「とりあえず……大……丈夫?戻ろっ…か?」


「……あぁ、いや、あのさ……アマテラス……」


「……え、なに、どうしたの」


「俺ってさ……さっきのあの可愛い女の子と、ホテル行ってたん……だよな?」


「………え、きも………」


「…………」

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