04:ノープラン
「翠々芽ちゃんってどこに住んでんのぉー?」
「運転中にあまり話しかけるな」
ナンパ師のような陽気な在里早の態度に苛立っているのか、翠々芽さんはミラー越しに睨んでいるように見えた。その雰囲気を察してか、助手席の朱桃ちゃんは困った様子で代弁した。
「あぁっの、翠々芽ちゃんは横浜です、私は川崎で……」
「そうなんだ1時間ぐらいかかったんじゃない?ありがとねー!朱桃ちゃん女子高生なんだっけ?可愛いね〜!」
「あぅ……えぇ…ありがとございます……」
どことなく気まずい雰囲気を覚えてるのは僕だけだろうか。てか在里早、女の子の名前は間違えないのかよ。僕と2人きりの時よりニコニコで元気そうな気がするのも気のせいだろうか。
今は、スマホを開けば午前11時半。
30分前、翠々芽さんは、朱桃ちゃんを連れて依弦さんの家の前まで自車で迎えに来てくれた。
彼女の運転する車は、おしゃれで水色のクーペ。素人でも一目で見てわかる超高級車だった。Rと書かれたエンブレムはどこのメーカーなのか僕に知識がないので、スマホで検索したらすぐに出た。ロールスロイスだった。ウン千万円するということだけはわかった。依弦さんの車もそうだったが、何か粗相をして破ったり壊したりしたらどうなるかという恐ろしさで、ふかふかの後部座席のシートの座り心地は全く良くなかった。
彼女たちが来る予定の約束の11時までは、依弦さんの部屋で、僕はジャパンアカデミー賞の後日コメントを考えて入稿したり、在里早はNOI"r"SEや自身についての知識を調べていれば、すぐに時間は来た。依弦さんはテーブルの上に合鍵を残していてくれていて、僕らは家を出る事ができた。
今は、川崎のサッカースタジアムへ向かっている。
情報収集にと、ツイッターのアプリを立ち上げるとトレンドが汐入敬亜がトップになっている。合わせて、"体調不良"や"心配"などの関連ワードも順位に入っていたので、朱桃ちゃんに眠らされた彼は今朝、福岡の生放送は体調不良ということで休んだのだろうと簡単に分かった。ファン達の心配のツイートが散見されたが、「はやくいつもの元気なけいあに戻ってね」という文言と合わせて載せられていた著作権にバリバリに引っかかってそうなバラエティ番組の違法キャプチャ動画を何気なしに再生してみると、
『ちゅぴっぴぃ〜!敬礼!敬愛!汐入敬亜だよぉ〜!らぶらぶしてこーねっ!』よく分からない言葉でかわいらしくキラキラに振る舞う様子に、昨晩"死ね""クソ""キモい"などと口汚く暴言を吐いていた陰険な彼の様子が重なれば、強烈な胃もたれを引き起こしそうになった。
「この人と仲良かったとかなんじゃないの?何か思い出せないの?」と言いながら、在里早にスマホの画面を見せる。
在里早は、「あ、そうだ」と、ハッとするように目を一瞬見開いた。「俺もそう思って自分のスマホ見てLINEとかメールとか確認したんだけどさ、メンバーと事務所とか番組のスタッフの人?とか仕事のやり取りしかしてないっぽくて。消されたのかも」
「それか、もしかしたら単純に友達いなかったとか」と意地悪を言ってみたら、在里早は分かりやすく悲しそうな表情をして唇を"ぎゅむっ"みたいな効果音がつきそうな感じでつぐんで黙ってしまったので「あぁいや、嘘嘘……」なんて苦しい誤魔化をした。人の事はイジるくせに、逆にイジられたら真に受けるんだな……。
信号が赤になって車が停止する度、翠々芽さんは一時的にでも運転の緊張から解放されるよう、ため息を吐いていた。
「はぁ、しかし私達だけで済めば使用人に運転させたのに、君を連れていくからには情報漏洩に気を遣わねばならん。芸能人とはひどく面倒だな」
運転を頼める使用人がいるなんて、翠々芽さんは相当裕福なのか……。
在里早は「ごめんね……いろいろ俺が迷惑かけてて……」としょぼくれ続けてどんどん小さくなっていた。
「自惚れだな。君は君自身の責任だけを負え。私は私の平穏な生活に対する妨害と戦うためで、赤原は赤原緋彩の意識を取り戻すために行動している。その事は君には関係ないし、君の記憶が無くなったのも私達には関係ない」
翠々芽さんの言葉は距離を感じたが、「けれど」と続けた。
「世話を焼くつもりは無いが、頭をひどくぶつけただとかの外的要因でなく、個我鳥の仕業で記憶が思い出せないのならば、私の知る事を教えてやることぐらいはしてやろう」
こんな風に突き離すような言い方をするけれど、本当に僕らの事を迷惑に思っていれば、説明なんてせず僕らを無視すればいいのだし、信号は青に切り替わっても、話を続けてくれる辺り、翠々芽さんはちゃんと優しい人なのだろう、なんてぼんやり思った。
「お、教えてください、どうすれば思い出せるの……?」
在里早は上半身を前のめりにして、運転席と助手席の間の隙間に顔を近づけた。僕も興味津々に翠々芽さんに集中する。
「至ってシンプルに、個我鳥の設定支配をかけた人物に解除を乞う」
「マジでシンプルですね、茅都に全身全霊で謝罪するしかないんじゃん」
「それも辞さない構えかな……」
「その次に、個我鳥を飛ばした人物の中の"設定支配"が意識から消えた場合。"ラーメンを食べに行かせたい設定"を掛けたとして、支配を受けた従属者がラーメンを食べに行けば、支配者の目標は達成する。そうなれば単純に支配者の中で"ラーメンを食べに行って欲しい"という願望は持たなくなるだろう?目的は遂行されたのだから。同様に、なんらかの理由により願望がなくなり意識から無くなれば、個我鳥を飛ばす意味を成さなくなる。従属者の"ラーメンが食べたい"という設定は解消される。言い換えれば、八高茅都が九真在里早に対し、"記憶を消す作用"が不必要になれば、記憶を取り戻す」
「じゃあ、わんわんハチコーが俺の記憶消したのもちゃんと理由があるってことだよな、その理由が無くなれば、俺の記憶は戻るけど……」
「私が眠らせた人達も、"私達が逃げるまで眠っていて欲しい"という設定でかけたので、あの後すぐに起きたはず……です」
朱桃ちゃんは控えめに恐る恐る言った。けれど汐入敬亜が生放送に間に合わなかったことを告げると罪悪感を与えてしまいそうだから喉まで出かかってやめた。
「一度掛けてしまえばそのままっていう、永続的な力じゃないのか……」
僕の言葉に翠々芽さんは頷く。
「その通りだ。あくまで人間が人間に向かって脳の意識に働きかけ続ける力、と言うのが適切だろうか。あともう一つ方法はあるが……、だが、これは、意味がないから聞き流してくれ」
何故?と疑問を投げかける前に、彼女はすぐに言葉を続ける。
「自身の精神力を極限まで高めれば、個我鳥の設定支配を自力で脱することができる」
「自力でなんとかできるんだ?じゃあそっちの方がよくね?」
期待をする在里早とは反対に、「いや……」と、喉を鳴らすような否定と共に、ミラーに映っていた翠々芽さんは随分渋い顔をしていた。
「恐れとは、どんな人間も生き物も、相互作用するのだ。互いに恐れ合い、肥大する。単純にその片一方が恐れに屈しなければ、個我鳥の支配の影響も受けない。当然、伴う高い精神性が必要だ。しかし……、どうしても人間は弱いんだ。良くも悪くも。"精神"というのは、筋肉のように鍛えて上がるもんじゃない。事実、私も個我鳥に襲われれば容易く屈する。結局、設定をかけた人物を叩く方が現実的だ」
「ま、まさか、僕や八高茅都が翠々芽さんの精神支配を受けなかったのは、精神性が高いから……?」
「餘部、君も自惚れが酷いな。少なくとも個我鳥に怯え逃げてきた君の様子は、とてもそうは思えないな」
「うぐっ……、返す言葉もございません……」
呆れて蔑むようにものを言う翠々芽さんの言葉に、たった今心を抉られた僕が、確かに精神性が高いはずがない。
「なら、確かに依弦さんは価値観も大人だし、自分をしっかり持ってる人だし、そういう人は効かないってことだよね?依弦さんが表参道に入れたのも、霊感が強いだけじゃなくて、精神的にすごく大人だから?」
「いや、"精神性が高い"というのは、そういうことを指すのではない」
「それじゃあ、どういうこと?」
「…………」
彼女は言いにくそうに苦い表情をして、声を詰まらせていた。
「狂ってる……特に、伊野依弦の方は……」
「………え?」
かなりの間が空いて、その空気をかき消すように、翠々芽さんは「いや、やっぱり、なんでもない」と焦ったような様子ですぐに言葉を続けた。
「言い方が適切ではなかった、聞かなかったことにしてくれ。それで、君たちはスタジアムまで行って何をする気だ」
「え、あ、あぁ……」弱々しい返事が思わず出る。狂ってる、ってなんだ。どういうことだ。受け流すには興味が強すぎるワードではないのか。
「とりあえず……ハチコーに会って、なんで俺の記憶消したんだ、記憶返してくれって、問いただしてみる。場合によってはもちろん土下座で……。表参道とは違って周りに人がいっぱいいるし、茅都も派手なことはできないんじゃない?」
「さてどうする。試合中は当然、等々力スタジアムの収容人数35000人が監視しているし、試合前か試合後に接触できるか?」
「まぁ、行ってから考えるっしょ。その時は、NOI"r"SEパワー使って同じメンバーだから会わせてくれって頼むのもありだろうし、俺が役に立つなら使ってくれ」
「私と赤原は八高茅都と接触したいとは考えていない。あくまで調査だ。八高自身や異変や怪しい人物がいないか探るよ」
「作戦とか計画だとか、考える前にまず情報が少なすぎるよねぇ……」
「浦和も川崎もさぁ!日本代表選手多いし、マンUの選手だった外国人もいるみたいだし、くっそ面白そうじゃね!?」
「在里早さぁ、ほんとの目的、やっぱそれ……?」




