01:記録
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"運命"や"縁"なんて、
不確実で整合性のないもの。
けれど人生には、
無意識の行動や出会いが、
予想外の方向へ好転したり、
まるっきり環境が変化してしまったり、
そういう事は、しばしばあるだろう。
それを"偶然"だと捉えず、
自分自身の"願望"によって"手繰り寄せた"というのならば、
起こるべきして起きたのならば、
人間は誰しもが、魔法使いなのではないか。
なんて、そんな事をぼんやり思う。
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依弦さんの家のリビングのテレビは大きい。大きすぎて僕にはそれが何インチなのかの知識がない。たぶん100インチ。確証は無い。
眠い目を擦りあくびをしつつ、テレビの電源を入れ、待機画面が映る。僕のスマホからYouTubeのアカウントを紐づけ、スマホの操作で『九真在里早』と検索窓に入力し、出てきた動画を適当に再生させた。
『は〜るか〜かなた〜くらやみ〜のむこうへ〜』
画面いっぱいに八高茅都の顔がアップで映り、高音に低音が擦れ混じるような美声が流れた。
『君だけを想ってる〜』
暗い森の中のような場所で5人が水たまりらしき上に立つシーンに切り替わり、踊り出す。
「なんで水の上で踊ってんの?踊りづらくね?」
僕の隣で、テレビに穴が開きそうなほど食い入るように凝視するのは、紛れもなく今その画面の中で歌い踊っている男・九真在里早だった。
『Sutting down…Sutting down…幾重にも複雑だとしたって〜振り返れば愉悦に沈み混んでた〜』
「ほら!九真さんのソロですよ!アイドルなんですよ!貴方は!」
テレビの中の九真在里早は、木の枝の上に腰掛け、胸元の開いた衣装で、指先で喉元をなぞり、色気を演出し、流し目で歌っていた。
「きんもぉぉぉぉぉ!!!いやこんなキモ勘違いクソナルシストイキリ散らし男が俺な訳ねぇだろ!!!!」
「いや!!あなたの職業はこれです!!何を言ってるんですか!!!」
「オェェ!無理すぎ意味わからんすぎ、見てられん!」
在里早は僕からスマホを奪い、『「Make same NOI"r"SE」Music Video』と表示された画面を閉じて、勝手に別の動画を再生しはじめた。
『NOI"r"SEメンバー、失言多数で大炎上』
幼い女の子のようなAI音声がナレーションとして流れる。画像には、NOI"r"SEの5人がカッコよく撮られたアーティスト写真。だが、顔にはモザイクが掛けられている。
『NOI"r"SEといえば、その名を知らぬ人は日本国民にはいない超大手老舗アイドル事務所ジルコンエンターテインメントの2022年2月にデビューしたアイドルグループなのだ。メンバーには2023年度興行収入1位を記録した映画"限りない漆黒"の主演を務めるほどの俳優でもあり、サッカーJ1の選手で日本代表ボランチとして前人未到の3足のわらじで活躍するメディアで見ない日はない八高茅都や、日本のドラマ界では様々な話題作に出演するお馴染みの子役俳優でありながらジルコンに入所後アイドルとしても目覚しい活躍を遂げる伊野依弦、世界的ダンサー、デイヴィスに実力を認められ、世界のパフォーマンス大会での受賞歴もある個人的にも躍進する只見香流多などのメンバーがいるが……』
「NOI"r"SEのメンバーって3人しかいねぇの?」
「いやさっき5人で踊ってたじゃないですか」
在里早は「どゆこと?」と首を傾げながら、再び視線をテレビに戻した。
『その中でも、ゲーム実況配信やバラエティ番組で元気な明るく自由奔放なキャラクターで人気を博している九真在里早。2006年3月産まれ東京都出身……』
「人気って言うわりには紹介薄くね?」
「九真さんって同い年だったんですか」
「じゃあ全然タメ口でいいよ。あとなんかくまさんって言われるとかわいいからヤダ。てか俺在里早って名前なのも女の子みたいでヤダ」
「え、えぇ、芸歴的に僕が後輩だと思いますけど、じゃあ九真も在里早もダメならなんて呼べば良いんです」
「ヤダ!!かっこいい名前がいい!ジャコニクスフジョージャーとかがいい!!」
「誰!?!?ジャ、ジャ?ジャスコ??いや、親に付けてもらった名前大事にしなさい!」
『今回はそんな彼が起こしてしまった『NOI"r"SE 九真在里早 失言スキャンダル炎上集』について解説して行くのだ。これは、とある日の九真在里早の配信についてなのだ』
昨晩のスタバ内で、炎上した経験があるとは聞いていたが、"集"と表記されているということは、一度だけではないということなのかと、軽く呆れてしまった。
『「みんな今日も俺の配信来てくれてこんベアー!おつくまー!対ありさー!いやごめんごめん22時からって言ったのに打ち合わせ長引いて23時とかになっちゃってさぁ〜」
この時点で、NOI"r"SEのファンネームの通称"ブランコ"さん達からは「社会人として遅刻は有り得ない」「せめて遅れるなら事前に説明すべき」「ファンはみんな待ってたのに」などの声がでていたのだ。問題はもちろんこれだけではないのだ。彼のこの日の配信、オンラインのFPSゲームでランクマッチの試合後のシーンでの事』
『「あ〜くっそ!まじで、お前うるせえんだよ、ちゃんと周り見た?すっげぇ迷惑なんだけど!スナイプダメってわかんない?俺配信やってんじゃん、ギャーギャー騒いで邪魔すんなよ、俺のこと好きなんだろ俺のファンなんだろ?俺が負けたらお前のせいなんだよ?わかる?わかんないなら担降りしろよまじで、俺のファンされるの迷惑だから』
これは、九真在里早と同じルームで試合がしたいがために、ファンがマッチングする時間を合わせ、スナイプしてきたときの事なのである。アイドルなのにあまりにもお口が悪すぎるのだ。ファンは九真在里早とゲームがしたいのだから、スナイプするのは当然なのだ。スナイプ行為を行ったファンは『在里早くん大好きハート』というアカウント名でゲーム内で九真在里早に近づきボイスチャットで話しかけ続けるなど、確かに迷惑行為をしていたのだけど、その対策をしてない九真在里早が悪いと思うのだ。
この九真在里早のブチギレ騒動にネットの反応は
「子供が怯えて泣きました」「ノイズがうるさがってて草」「ストーカーもキモいけどここまで怒るのパワハラすぎる」などの批判が寄せられたのだ。
他にもバラエティ番組で酪農家の取材VTRに「俺こんな仕事絶対できねぇ」と発言し職業蔑視だと炎上。女性ゲストに対して「大きければ大きいほど良い」とセクハラ発言し炎上。アイドルに恋してしまうファンについてどう思いますか?という質問に対し「付き合える訳ねえんだから時間の無駄じゃね?」と回答。これにはファンからも「夢を見させるのがアイドル」「アイドル辞めろ」「お前のファンやってるのまじで時間の無駄だった」と糾弾お祭り騒ぎだったのだ』
僕は空いた口が塞がらなかった。なんだか、こんな人と同じメンバーであるなんて、あんなに人間が出来ている依弦さんとは対照的すぎて、気の毒に思った。
「あぁ……、僕、九真さんと関わるの辞めようかな」
「や、やめないで!見捨てないで!マジで!違うって!俺こんなんじゃないって!こういうの再生数稼ぎの捏造でしょ?!絶対話盛られてるってこんなん!」
『九真在里早と検索すればサジェストには"性格悪い""炎上""スキャンダル"と出てしまう始末なのだ。その中で、スキャンダルといえば、2022年NOI"r"SEデビュー直後の"銀座高級ホテル 4人対戦事件"はブランコさん達以外にも大きな話題になり、記憶に新しいのだ』
「…………ねぇ、4人対戦ってなに?」
僕はまるで恋人の浮気に気づき問い詰めるのと似たような謎の嫌悪感が湧いた。
「…………ぷよぷよでもしてたんじゃね」
在里早は立て続けに流れる自分のゴシップ動画を、今にも泡を吹きそうに口をぽかんと開けて眺めていた。
『その日、九真在里早と同じくジルコン所属のCARBONiC ACiDの汐入 敬亜、人気女優の浅葱 朝名、シンガーソングライターでもあるSuiryuの4人で、六本木のホテルの一室でよろしく楽しくやっていたと、週刊誌のスキャンダル記事が出たのだ』
「………ぷよぷよしたっちゃあしてない?ぷよぷよだろ、いや、あの……ぷ、ぷよぷよ……」
そう言いながら在里早は両手で空気を鷲掴みするような仕草をしたので、呆れ溜息をつきながら、僕はその両手を在里早の腕の可動領域外へ力を加えた。
「あいでででで、ごめんて、ごめんごめん嘘嘘嘘嘘嘘だってごめんごめんごめん」
「へぇ、僕は、九真さん……いや、在里早のこと、可哀想だなって思ってたのに。実際は良い人で、世間から勘違いされてるだけの人なのかなって、思ってたのに……、自業自得ですよね……?」
「知らねえよ!思い出せんわ!!そんなばか羨ましそうな思い出も嫌味言った記憶も!!」
同じNOI"r"SEのメンバーでも、依弦さんとは違って在里早は女遊びに関してだらしないらしい。まぁ、僕が首を突っ込むようなことでもないけれど。
CARBONiC ACiDの汐入 敬亜……また出てきた名前だ。表参道ヒルズの"ワルちゃんズ"の一員で、依弦さんが言うにはNOI"r"SEのセンター候補だった男。彼の印象も随分口が悪かったが、在里早と仲が良かったのか。彼の事も調べる必要がありそうだ。そういえば、彼は福岡のロケには間に合ったんだろうか……。
八高茅都の手によって無くなったのか奪われたのか封印されたのか、定かではないが、在里早の記憶は無くなっていた。
どうやら彼は、言語や知識に関する記憶は有したまま、自分が何者なのか、アイドルとして活躍してた事も、交友関係など、そういった記憶が思い出せないという。
在里早に体を揺さぶられ起こされたの朝5時で、依弦さんはロケに家を出てしまっていたので、その旨を依弦さんに伝え、返事の連絡を待っていた。
正直、翠々芽さんも依弦さんも、彼女らが言っていた事は全然腑に落ちてないし理解も出来てないし、昨日の表参道での事も、この目で、この身体で嫌でも経験しているはずなのに、いまだに受け入れられていないのだから、在里早の記憶が無くなっていることについても、どう捉えていいのか分からなかった。
起こされた時は、在里早はパニックで泣きじゃくっていたが、今はあっけらかんと落ち着いた様子で、依弦さんの家の棚を勝手に漁り、煎餅の封を開けて食べていた。
ーーーディロリンディロリン
僕のスマホに着信が入る。ようやく依弦さんが僕の連絡に気づいたのだろうかと一瞬でも安堵したが、ディスプレイの表示を見れば、着信相手は僕のマネージャーである『財偶さん』だった。迎えにくるのは10時で、現在はまだ6時。どうしたのだろうと、恐る恐る画面をスライドさせ、応答する。
「もしもし、おはようございます、どうしたんですか」
『あ、起きてたんだね!よかった、おはよう!朝早くにごめんね!あの、もうネットの騒ぎ見たかな?』
「………スゥー」と、顎に力が入り、閉じた歯の隙間から息を吐き、一気に身体中に緊張感が走った。「色々あってアカデミー賞のオンエアもネットの感想も何も見てません……」と震える声で返答する。同時に、さぞ今頃ネット界隈は、燃えてるんだろうなぁ……と憶測すれば、恐怖で身構えながら「どうしたんですか」と、聞きたく無い反面、勇気を振り絞って尋ねた。
『すごいよ!フェイクリアルがサブスク一位総なめで、再生回数も鰻登りだよ!Twitterのトレンドワードにも上がってるし、日柄くんのこともすっごい話題になってるよ!』
「……!?え、嘘、そんな、いや、叩かれまくりなんじゃないんですか、八百長だとが言われてるんじゃないんですか」
『全然全然!やっぱZ世代には刺さりまくり超バズりまくり!NOI"r"SEの伊野くんと仲良しのミシェルが出てるのも手伝ったのか、NOI"r"SEファンからも大絶賛されてるよ!日柄くん可愛い〜!推せる〜!なんて声も上がってるよ!』
「え、だって、八高茅都はせっかくの主演男優賞逃したのに……?」
『確かにもしかしたら一部の過激なはちゃ様ファンは怒ってるかもしれないけど、みんなそこまで気にしてないんじゃない?だってはちゃ様が主演男優賞獲っても当たり前って感じじゃん?』
「僕、辞退しようと思ってたんですけど……」
『なーに言ってんの!近々フェイクリアルの御礼再上映決まったから、よろしくね!……で、お祝いはまた改めて盛大にやるとして、それとは関係ないんだけどぉー……』
呆気に取られたまま、次は一体何を言われるのか緊張の冷や汗が止まらない。
「な、ななな、なな、なんですか」
『すっごく言いづらい事なんだけどぉー……』
「あの、こっちもすっごく聞くの怖いんですけど……」
『今日のドラマのクランクインの事なんだけどぉ……日柄くん、出演キャンセルになっちゃった……』
「………なっ?!へ!?」
予想していたこととは全く別のことで、思いがけず情けない声が喉から出た。
『台本変更して、日柄くんの役、イメージと合わないからキャスティング変える事になったって……』
「………は、ふぇ!?なんでですか?!頑張ってセリフ憶えたのに!?僕、主人公の妹の彼氏なのにぃ!?」
『だから今日は、とりあえず今日はオフでよろしく……10時のお迎えもナシで!』
「ア、アカデミー賞主演男優賞受賞したのに!?今バズってるのに!?僕役降ろされちゃったんですかぁぁ!?僕今日オフなんですかぁぁぁ!?」




