23:半分
ひとまずは、"ワルちゃんズ"などと勝手に命名された謎の組織について、各々で調査することで話がまとまった。
時刻は0時手前の終電間際。
翠々芽さんも朱桃ちゃんはそのまま2人で帰った。女の子(?)をこんな時間に帰すにも一瞬だけ躊躇ったが、まあ彼女達の能力があれば大丈夫だろうという話になった。
ミシェル先輩も帰ると言うので、「夜道とか危ないから襲われないように気をつけてね〜?」など依弦さんが小馬鹿にすれば、「か弱い乙女扱いすんなっ」なんてプンスコしながら帰って行った。
僕も先輩に着いていくように帰る準備をしようとしたが、「僕さ、明日ロケがあって4時には家を出なきゃ行けなくてさ。在里早が起きた時に説明してほしいし、泊まっていかない?」と依弦さんに引き留められた。僕如きが依弦さんの家に泊まるなんて恐れ多い、なんて、一旦遠慮しようと思ったが、依弦さんの留守中に九真在里早が目覚めた場合に、僕が役立つのならば、と引き受けることにした。
依弦さんの部屋には、僕と在里早の3人が残る形となった。
依弦さんは、テーブルからお茶を注いでいたポットをキッチンの流しへ運び、軽く洗い物をしながら「それでぇ?明日クランクインなんでしょ?ちょっと台詞読んでみなよ」と、視線は流し台に向けたまま、背中越しに言う。
僕も合わせてテーブルのコップを片していたが、「えっ、あっ、はいっ!」とコップを依弦さんに託して「ん"っう"ん!」と咳払いをした後、「ぜひ、お願いします」と、依弦さんの背後に向かった。
在里早の事も含めて、芝居練習に付き合ってくれるために依弦さんは僕を家に泊めてくれたんだと、その気遣いが身に染みて有り難く思った。
「えっと、明日撮るシーンの、オフィスで主人公の薫さんにコピー機の前で叱られる新人社員の役柄です……、いきます。………『薫さん…、その書類、実はまだできてなくて……っ!違います!それは流石に、海苔の佃煮はやめてくださいっ!!』」
「ぶぁっ!あっははっ!なんその台詞!!細かすぎて伝わらないやつやってる!?」
依弦さんは振り向いて肩を振るわせて吹き出して笑っている。
「ちょっ!!ふざけてないですから!超真剣なんですから!」
ーーーしばらく依弦さんは演技指導に付き合ってくれた。「それはもっと表情が……」なんて真剣に指摘をされれば、「浜辺に打ち上げられたアザラシみたいだった」などと、からかわれもした。どういうことですか。
「いやっ、だって、今のこのシーンはさ、主人公の心情的に複雑さが全面に出てるハズだから……、『なぁ!!!!そんな靴下じゃマトモにこの坂は登れないんだよ!!』……ぐらいの勢いで言っていいと思うよ」
「確かに、声の抑揚とか、出し方とかも絶対そっちの方が良いですよね……勉強になります」
「まぁまぁ、気負いせず、一番はお芝居を楽しむ事だよ………ってかさ、こんな台詞ホントにあんの?靴下……?」
「その後7話で僕は主人公の薫さんの妹の彼氏だったってことが発覚するんですよ」
「なにその脚本?どういう展開?」
依弦さんは「ふふっ」と一頻りに笑って、洗い終わった食器類をタオルで拭き始めると、「で、日柄くんってどうなの〜?」とニヤニヤした様子で聞いてきた。
「どうって、な、なにがですか」
「彼女とかさぁ、どうなん〜?」
「い、いないですよっ、そういう、恋愛とか、今してる場合じゃないし、お芝居に集中したいんで」
突拍子のなく私事について聞かれたので、それなりに焦ってしまった。
「ふーん、日柄くんは見たまんま通り、真面目なんだなぁ」
「いや急にやめてくださいよ」と恐縮しつつ。
「依弦さんこそ、どうなんですか。やっぱりアイドルって、恋愛とかしないよう守ってるんですか、それとも実はけっこう遊んでたり……?」
浮いた話をするからには、ふざけた雰囲気になるのかという予想とは違い、依弦さんは落ち着いたトーンになっていった。なんだか、悲しそうな表情に見えた気がした。
「僕は弱いからさ、寂しくて寂しくて仕方がないの。人間の魂ってさ、半分だと僕は思ってるの。"1"じゃなくて、"0.5"なの。だから、この世界のどこかにいる、僕の魂の欠けた半分を、ずぅっと、ずっと探してる。誰かが代わりにも絶対になれない、絶対にその人じゃなきゃダメで、見つからない限り僕はずっと寂しいままだ」
「運命の人……みたいなことですか?……依弦さんなら、すぐにでも見つかるんじゃないんですか?」
「僕にはきっと、それがもう難しい。僕を求める人がたくさんいる。それを掻き分けて掻き分けて、でもぞんざいには扱えないよ。みんなにも絶対に魂の半分の相手がいるはずなのに、みんなは僕に寂しさを埋めて欲しいんだ。でも僕も寂しがりだから、その気持ちがわかっちゃう。罪悪感を掻き分け続けて、その人を僕は探し続けなきゃいけない。だからさ、日柄くん。これから先、芸能界で生きて、色んな目に会うと思う。きっとたくさん寂しくなる。君が寂しくなった時、どんな誰といても、どんなにかわいい女の子も、僕とでも、ミシェルとでも、一時しのぎにしかならない。一時しのぎでなんとかなるなら、僕はいくらでも一緒に過ごしてあげる。だからね、すっごく難しいことだけど、魂の半分の相手を見つけるのを、諦めないで欲しいんだぁ。僕のうるさいお節介だよ」
僕はそんな話に嫌悪も否定もせず、ただ聞き入っていた。興味のない話では無いことを自覚したからだ。芸能人だから、俳優だから、モテるから、なんて、いろんな女の子とふしだらに仲良くしてみたいなんて思うような性分ではないから。「僕自身、そもそも誰かを好きになるっていう感覚は今はまだ、わからないですが、依弦さんのその考え方は、とても好きです」と素直に伝えた。それに、テレビや雑誌で見れるような仮面を付けた明るい依弦さんではなく、依弦さんにとって親しい人にしか入るのが許されないであろう内側の部分へ招待されたような感覚が、嬉しくて心強かった。
「なんてね!スピリチュアルな話しちゃってごめんね」と苦笑する依弦さんに「僕が寂しくなったら、お邪魔します」と言えば、「いつでもどうぞ」とケラケラと笑っていた。
依弦さんは幼い頃からお芝居の世界にいるから、僕とは経験してきた事も精神的な考え方もはるか先にいるような人だ。その距離はとてつもなく遠く、追いつくことはできないかもしれないけど、 「追いかけてこい!」と語る背中が頼もしくて、より一層精進しなきゃと身が引き締まった。
ーーーー
それからしてシャワーを借り、髪を乾かしてリビングに戻れば、ソファで依弦さんは、自身が出演するドラマの台本を読み込んでいたので、邪魔にならないよう、「先に寝ますね」と伝えれば「おやすみー」と視線は台本に落としたまま手をひらひらさせていた。
来客用のゲストルームへ案内されていた僕は、用意されたベッドに感謝をしながら横たわれば、ふぁ……と柔らかさと暖かさに包まれる。毎晩、僕の住居であるカフェの全く睡眠には適していない客席用の固くて狭いソファに寝そべり眠り過ごす僕には、ベッドってこんなにもふかふかなものだったのかと、感動よりも困惑が上回って勝った。あんなところで寝ているせいなのか、ベッドの環境がかえって落ち着かず、体も脳も休まらない。今日半日で自分が19年間生きてきた常識が覆ってしまうような情報量を脳に詰め込まれたことも勿論、僕の脳は簡単にはそれを整理できるわけがなくて、睡魔を呼び寄せようと、瞼を落とすことに集中した。だが、明日の僕は、4月クールの深夜ドラマのクランクインが控えているし、僕がスピーチを抜け出してしまった分のジャパンアカデミー賞の受賞コメントをリリースしなくてはいけない。その内容もどうしようかと無意識に悩み出してしまったりと、脳のCPU稼働率は90~100%を行ったり来たりしているような、常に重い状態で電源を落とすこともできないような感覚……。
それでも無理やりにでも目を瞑り続けて、瞼の裏の暗闇を眺めてるだけの時間が、刻々と過ぎていく。
ーーーー
ーーーーキーーーンー……
キーーーーーンーー……
どこか遠い場所なのか、鼓膜のすぐ側なのか、どこで鳴り響いているのかわからない、甲高く鈍い金属音。眠りに落ちているのか覚醒しているのかわからない、曖昧な境界の中の、この感覚。
うつつに、思考がぼやけていく。
すると、いつの間にか突然、知らない家の中に居た。
足元に視線を向ける。
起立していた。僕は大理石にラグが敷かれた床の上に足を着けていた。
白を基調にした壁紙。ここはリビング。吹き抜けがあり、2階へ続く階段のある、見るからに一軒家の豪邸。大きなテレビ。ベランダにはプールがあり、暖かな日差しが、室内を照らしている。なんだか海外のドラマのワンシーンに居るような、日本ではなさそうな家の内装。
僕の目の前には、若い女性。
白いワンピースを着た、素朴そうな雰囲気で、黒髪を後ろに結っていた。顔はぼやけていてよく見えない。
今の僕に、行動の意志の選択権はなく、自由はない。
僕は口を開いていた。
「幸せだ」
目の前の女性へ、そう言い出した。
続けて口を開く。
「今、この瞬間こそが、幸せなんだ。何を成しても、何を得ても、それ以上に代わるものは何も無い。今、何よりも幸福に満たされている」
何かの台本の台詞のような。
僕が発したはずの言葉の意味は、よくわからなかった。
けれど、その女性は微かに微笑んでいた……。
その女性も、それなりに幸せそうだった。
多分。
顔はよく見えない。
だからきっと、そんな気がした。
そう思えば、
「愛してる」
更に一言、僕は告げた。
僕らしからぬ、誰かに言う機会もないそんな台詞を、目の前の見知らぬ女性に向かって告げていた。
この人は誰なんだろう……。
そんな事を考える余裕もなく、目の前の景色は歪み始めた。
床も、壁も、その人も、音も、日差しも、全て闇に吸い込まれて行く。
意識が遠のいていく。
「おい、ねぇ、ねぇってば」
誰かの声が聞こえる……。
女性じゃない。
男の声だ。
ガガガガガ………
視界と身体が、激しく揺さぶられた。
「…………っ?」
グラグラ………と、身体に振動を感じ、はっ、と目を覚ます。真っ暗な依弦さんの部屋の天井が薄目に視界に入り、今しがた見ていたのは夢だった事を理解する。いつのまにか、僕は眠りに落ちていたらしい。
「お前さ、誰?」
目の前に誰かがいて、そして僕が誰なのかを聞かれている。
「え、ふぁ、ふぁまるべれす……あ、餘部、日柄ですけど……」
目も口もまともに開かないまま、相手に伝わるように答えられているのかわからないが、返答した。
「………俺は?」
「俺……?」
身体を起こして、目を擦りこじ開けた。
「う、うわぁ」と驚きの声を上げる。
仰向けで寝そべる僕の身体の上に、九真在里早が覆いかぶさっていた。
「ちょ、ちょっと!近いですよ、九真さんっ!」
たまらず在里早を押し退ける、
「くまさん?今くまさんって言った?」
「え、く、くまさん呼び不服なんですか、ってか、あの、大丈夫だったんすか」
「大丈夫……?大丈夫じゃねえよ……」
「八高茅都にやられたんじゃないんですか」
「八高……?おい、俺は誰なんだって聞いてんだよ、俺も、お前も、誰なんだよ!!ここはどこなんだ!?おい!!頼む、教えてくれよ……!!何もっ……わかんないっ………わかんないんだよっ!!」
在里早は目を潤ませて、苦悶の表情を浮かべ、僕の肩を両手で掴み、揺さぶった。「ふぁ、ふぁ、ふぁい?!!!!」彼はかなりの混乱に陥っているようだった。
一体、これ、どういう、状況………!?
【エピソード1・代官山Refrain 終】




