22:身
ポケットから取り出せば時刻は既に23時を過ぎていた。
LINEの通知は「おめでとう!すごいね!」「びっくりした!」「今度ご飯行こう」
そうか、ジャパンアカデミー賞のオンエア……。今の頃合は、僕が最優秀男優賞のスピーチから逃げ出したところが全国のテレビで放映されてる時間帯だったのか。思わず目眩がし、堪らず額を手で押えた。同じ事務所の人達は分かるとして、一度関わっただけの人だったり、いろんな人達から連絡が来ている。
「あー……もうそんな時間だったか、ちゃんとリリース用の受賞コメント考えとけよ」
僕の様子を察したミシェル先輩に釘を刺されてしまった。今日は徹夜かもしれない……。
「依弦さん、僕が八高茅都のファン達に恨まれても大丈夫なように、除霊とか頼めませんかね……」
「あっはは!!可哀想に!」依弦さんは同情するどころか哀れむように笑い飛ばした後「あっ」と思い出したように近くの引き出しを開き、そこから取り出した数珠のブレスレットを僕に差し出した。
「アイオライトだよ。今日から人生が180度丸っきり変わってしまった日柄くんに、ピッタリかなって。確かに人の念というのは恐ろしいけど、大事なのは、他人という外側の影響に屈しず、内側の自分の心情の芯を強く持つ事だよ」
「ありがとう、ございます……?」
アクセサリーも苦手だし、願掛けの類も全然しない性分だけど、僕が目指す場所にいる依弦さんから授けられたものは何であれ嬉しかった。茶色がかった紫色の透明の石の数珠で、早速左手に付けると、ひんやりと冷たい感覚があった。
「それで、翠々芽ちゃん、でいいのかな?僕には君が霊体であると視えるんだけども、君は生きてる人だって判断していいのかな?」
「…………っ!?」
最近の近況を聞く世間話みたいに、あっさりとした態度で依弦さんは質問した。
「霊体って、やっぱ、オバケってことですか?でも長谷川さん、ラーメン食べたり、僕に脇腹チョップしたりしてますよね?オバケ……ではないはずですよね」
「しっかり生きてるよ。でも、言うように、確かに私は普通の身体ではない」
そう答える長谷川さんはどこか切なそうだった。
「私はここではない別の世界から来た。だが、限りなくこの世界に似て非なる世界だ。前の世界で流行ってたものが、こちらではマイナーなものだったりする。前に私が居た世界はもう無い。だからここへ移ってきた」
「そ、それって、異世界転生ってやつですか……?最近ドラマでよく題材になってるけど……、って事はもしかして、死んでる……?」
「さぁね。死んだんだろうか私は。分からない。気がついたらこの世界にいたってだけだよ。その際に、私の身体を誰かに奪われたのか私の不手際なのかは分からない。この世界へ来た時私の肉体は9割がない状態だった。手元に残った1割と足りない9割として魂を結びつけて私の個我鳥の力で補填している。オバケ、と呼ばれれば9割は正解かもな。例えて言うならば、画像編集ソフトで10%の状態で上からレイヤーを重ねている、と言うのが近いだろうか。普通の人間が生霊を飛ばせるならとはいえこの身体も別におかしくないとでも思ってくれ。私の足りない9割の肉体がどこにあるのか、ずっとわからなかったが、今日のことで、恐らくアイツらが持っているんじゃないかと十中八九の仮説が浮かんだよ」
だから依弦さんは、長谷川さんの事を霊体だと認識したということか……。
「透けてるとか、足がないとか、そんなんじゃなくて、俺には普通にしっかり女の子に見えるけど……」
「さっきも言ったように、そう見えるように私が"設定"してるからな」
「じゃ、じゃあ、長谷川さんの目的は、アイツらから身体を取り返すことですか」
「ま、あまり喋りすぎる気はない。アイツらも知っているであろう情報を開示したに過ぎない。実の所、この身体で不自由は感じていないしね。お腹も空くしラーメンも食べれる。誰かを殴る事もできる。むしろ、好きなことをして好きなものを食べて、私は毎日幸せに平穏な生活を過ごしてたんだ。そんな生活が今日になって妨害されようとしてる。それが一番困る。それが嫌なだけだ。だから別に私は君たちに協力するつもりは今のところ無いと考えてくれ。芸能界だかノイズだか、そんないざこざ私には知らん」
「一旦、話纏めっか。1、八高茅都が獲るはずだっただろう主演男優賞を、個我鳥……なのか、八百長なのか、何故か日柄に押し付けられた。まじで日柄の演技が評価された説もあるけど。2、日柄と八高茅都には個我鳥の力は何故か効かない。依弦は霊力高いから?効かない。3、表参道に元々居た翠々芽ちゃんと九真在里早は狙われて襲われた?狙いは翠々芽ちゃん?NOI"r"SEのメンバー?4、襲ってきたグループが芸能人ばっかなのは何で?」
ミシェル先輩は眉毛と目が繋がって横に一直線になるんじゃないかというものすごく険しい顔をしていた。
「あの集団の名前でも考える?ロケット団とかにしとく?」
その反面、依弦さんは動揺することなくケラケラと笑っていた。
「えぇ、うーん、、ワルちゃんズとかでどう?」
険しいままのミシェル先輩が面倒くさそうに答えたが「じゃあそれで」と長谷川さんもどうでも良さそうにそう言ったので彼らのことはこれからワルちゃんズと呼称することになった……。ほんとにいいのか?それで……?
「味方になるか敵になるかはいずれにせよ、とりあえず僕たち自己紹介しとく?」
理解が追いつかず唖然したままの僕らを放っておいて、依弦さんは明るく振る舞っている。
「僕は伊野依弦だよ。物心ついたときから俳優のお仕事してて、中学の時にジルコンに入所して霊能力者アイドルもやってる23歳でーすっ」
思わず「なんか、ノリが合コンっぽくないですか」とツッコミを入れてしまった。
「んー、あー、そういう流れ?俺はミシェル・サントナ。依弦とは高校の同級生ね。俺も中3の時からモデルやっててホントはそっちが本業なんだけど俳優やってる方が最近は多くなってる感じ……、で、日柄とは同じ事務所ね」
「えっと、僕は、餘部日柄、です。高校生の時から今の事務所の養成所に通ってて、高校卒業して事務所に所属できたんだけど、まだ一作品しか出てないけど、一応、同じく俳優です……。19歳です」
「私は雉翠々芽、だよ。長谷川と名乗ってる事もある。年齢は餘部と同じ19歳だよ」
「長谷川さん…改め、雉さん…?お、同い年でそんな喋り方する人います……!?もっと年上だと思…」
表情がみるみる渋い顔に変わりだしたところで口を噤んだ。どうやら配慮の欠ける発言だったらしい。
「雉と呼ばれるのはあまり好きじゃないんだ。ならば翠々芽で良い、年が同じなら尚更。敬語の気遣いも不要だ」
むくれたような表情をしていて、意外のそういうの気にするタイプなんだなと反省した。
「す、す、す、翠々芽……さん、よ、よろしく……」
敬語からタメ口になるタイミングって難しく感じる……妙に気まずさが胸の内から湧き出てしまう。
「あっぅ、えっと、あの、わたし、赤原朱桃……です。けど、あの、身体くんは緋彩くんのなので、男の子の身体で女の子の格好をしていてゴメンなさい……。17歳の高校3年生で、川崎に住んでます、、そ、その、ワルちゃんズ……の人に緋彩くんは襲われて、ずっと眠ったままなんです。私の力だけじゃどうしようもなくて、困ってたら、スマホのニュースで表参道の事知って、動画に翠々芽ちゃんが映ってたんです…」
朱桃ちゃんは話すのが苦手なのか、かなり緊張した様子でたどたどしく、目が合わないようにきょろきょろさせて話していた。
「うぅん?翠々芽ちゃんとは元々知り合いだったの?………緋彩くんって……?」
「そうです、同じです、翠々芽ちゃんと同じ世界から来たんです、緋彩くんは、私の、お、お兄ちゃんです、緋彩くんの身体を、私が借りてるんです……、3ヶ月ぐらいこのままで、緋彩くんのご飯食べなきゃいけないから…… 」
「そ、それって、朱桃ちゃんの意識が、お兄さんの緋彩さんの身体へ意識を乗り移れるって事!?」
「霊体が取り憑くことはあるにしろ、身体ごと乗っ取れてしまう事例があるのは、だいぶ怖いけどね」
「……ふぅん、赤原に妹がいたのは知らなかったな」
長谷川さん、改め、翠々芽さんが朱桃ちゃんに女になったのか?と聞いたのは、兄の緋彩さん…とは知り合いだったという事なのか。
「いやぁ、こうも目の前に人智を超えたことばかり怒ると、もう今が現実なのかよくわかんないどころか、一周回ってもうなんでも来いって感じになってきたな……。じゃあ、まとめ5個目、朱桃ちゃんのお兄さんがワルちゃんズに襲われて眠らされた?」
「でも、さっき表参道ヒルズで眠らせた人達の中には居なかったです、緋彩くんを襲った女の人は」
「女の人だったんだ?ヒルズの中のワルちゃんズ達は男ばっかりだったけど、基準が分からないねぇ。何人いるのかも、事務所に繋がりがあるのか、有志が集まってるのか、もしもワルちゃんズを率いてるであろう裏の組織が、上の方の人間たちだったら、厄介すぎてあんまり考えたくない可能性だねぇ……」
明るく振舞っていた依弦さんでも、苦い表情で考え込んだ。まだ初心者マークの僕とは違い、幼い頃から芸能活動をしていた依弦さんならば、きっと色々考えうることはあるのだろうと悟った。
「芸能界の不都合やらを、理に反する異能力で揉み消したり搾取したりしてやろうって目論んでる組織が存在するとなれば、相当恐ろしいよな、やっぱ。ただでさえ怖ぇのに」
先輩も身震いをする。僕らはそれに巻き込まれてしまったのかもしれない。どうして首をつっこんでしまったのかと後先に後悔するのではないか。そんな不安が押し寄せた。




