18:夜霧の表参道-8-
「……スマホの電波は通じるんですっ!電話して助けを呼びます!」
実は、在里早と遭遇して鳥に襲われてから、腰のポケットに入れていた僕のスマホが、頻繁にブブブブブ…と振動していた。逃げるのに必死で、スマホを見る余裕が全くなかったことから確認できずにいたが、おおかたミシェル先輩からの心配の連絡だろうという事は予想がついていた。僕が期待に溢れた態度を打ち消すように、長谷川さんは冷静にあしらう。
「けれど"普通の人間"なら警察でも誰を呼ぼうが表参道には入れないはずだよ。それに仮に入れたとしても、おんぶされてるあそこの彼みたいに戦闘不能にさせられるかもしれない」
結局、確かにその通りだと思い、浅い考えを取り消した。
茅都を含めて、侵入してきた黒ニットの女"桑園 調"や男たちはなにか会話をしている。茅都は彼らと親しい間柄なのだろうか。しかし、今のこの隙はチャンスだと悟った。スマホを取り出し、少しでも時間が短く済むよう必死に画面を連打してLINEを開く。
予想通り、ミシェル先輩からの心配の連絡がたんまり来ていた。あとは事務所や映画関係のスタッフからのお祝い連絡なども来ていたが、それは今は眼中に無い。
【ミシェルパイセン 不在着信12件 未読メッセージ14件】
『青山も原宿も人だらけでパニック状態だ 5分前』
『まじでお前今どこにいるんだ 3分前』
『返事してくれ 1分前』
先輩からのメッセージは一目だけで見られる最新分のみ確認した。人目を盗みながら両手で文章を打ち込む。
『表参道ひるずのなかです わるいにんげんとくろいとりのおばけみたいなのにおそわれてる そうえんしらべとはちこうかやとはわるいやつ くまありさがきぜつしててつかまった』
『たすけてほしいけどあぶない むりだとおもいます いづるさんならなにかわかるかも』
"しゅぽんっ"とアプリの効果音が鳴り、送信が完了したことを確認すれば、現在時刻21:10の横に即刻"既読"の表記が現れた。
スマホの音量をゼロにして、ミシェル先輩にビデオ通話を掛ける。"通話中"になった事を確認して、羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てたシャツの胸ポケットにカメラを外側に向けた状態で収納した。
今現在の表参道ヒルズの様子は、ミシェル先輩へ中継されるように仕掛けた。
助けは期待していない。ミシェル先輩からの反応を確認する事も叶わないが、何かの証拠にになるならと、悪あがきのつもりでの行動だ。
「でぇ、雉 翠々芽さぁん、あたし今ヒールだから走りたくないのぉ。おとなしくこっち来てもらえるかなぁ」
苛立ちが湧くような語尾を伸ばす余ったるい口調で、無駄に毛先をいじいじ触りながら、調はこちらを注視し煽った。胸ポケットのスマホには、どうやら気付かれていない様子である。
ってか、雉 翠々芽って誰のこと……?
「なぜ招かれる側が其方側の都合を考慮して赴かねばならんのだ。手土産を用意して頭を下げて"どうかこちらへいらしてください"と丁重にお願いしにくるのが本来の礼儀ではないのか?」
問いかけに返事をしたのは長谷川さんで、調の態度に苛立ちを隠せない様子だった。彼らに名前を知られている程度には、この集団と長谷川さんは知り合いだということを悟った。
「え、長谷川……さん……は、長谷川さんじゃないんですか……?」
「長谷川だよ?」
本名はなんなんですか……、と追求したくて堪らないが、今はそれどころでは全くない様子だった。
「つか、隣の男だれぇ?翠々芽ちゃんの彼氏?なんで一般人がここに入ってこれるわけぇ?」
東館側のエントランスからも侵入してきた数名も加わる。その中の1人がヤジを飛ばしながら僕を指差した。
やはりその男の顔も小顔で整っていて、どこかで見たことあるような気がするので彼も芸能人だとみて間違いない。世間知らずが故なのか、名前はさっぱり出てこないが……。
「あぁ、俺もさっき高輪のホテルアカデミー賞おったからわかるわぁ、あまるべくん、やったっけかなぁ」
更に隣にいた男が関西弁で発言する。その男だけは誰なのか分かった。阿津 勇彌。最近民法の連ドラで学生役でよく見かけるモデル出身の若手俳優だったはずだ。確かに、先程の授賞式で見掛けた覚えがある。
「俺映画出てますけどマウントやめてもらっていい?」
「映画出てなんぼの職やねんからしゃあないやろ」
「ねぇ、君たちうっさいよ?漫才やってる場合じゃないんだけど〜?」
「自分やって"はちゃ様"と楽しくようお喋りしとったやん」
「こうしないと逃げるから捕まえてんの!!ちゃんと仕事してんのこっちは!ハァ!ウッザ!イライラする!あたしだって早く帰りたいっつの!」
彼らが何やら内輪で揉め出したのを横目に、長谷川さんは「おい、今のうちに"翡翠"を探しに行くぞ」と合図を出した。動き出そうと辺りを見渡したところで、彼らは結局僕らに視線を刺すように向けた。
「いやいやぁ〜?知ってるよぉ?お前がそのキラキラの石でオイタができるって事はぁ!」
「石を探しに行こうとしてるって事は、もう使い切っちゃったっしょ?」
ケタケタと厭らしく笑う様は、かなり不快に感じた。
確かな所、彼ら"だけが"追いかけてきたところで、アクセサリー店から"翡翠"を見つけ出すぐらいならどうにかなるかもしれない。だが、周りを飛び回るあの"黒い鳥達"が何より厄介なのだ。彼らの合図で、瞬時に飛びかかられれば、僕らは終わる。
「ほな早う帰れそやな、良かったやん敬亜。明日早いねんやろ」
「がちうぜー、嫌味?どうせ九州しか放送されねえのになんで福岡までクソ早起きして行かなきゃいけねえんだよクソ事務所」
「そういうところがあかんねんなぁ……、もっと謙虚でおらんとそのうち干されんで」
「ちなテメェもクソだからな?死ねクソ勇彌」
なんだ?仲間割れか……?元々仲悪いのか……?本当になんなんだ、この集団は。メンバーは芸能人で構成されてるのか、何かの陰謀なのか、僕を主演男優賞に仕立て上げたのはこいつらなのか、裏で手引きしてるもっと大きな組織があるのか、何故、表参道をこのようにして、鳥を操る異能力を彼らは有してるのか、長谷川さんを狙うのは異能力が使えるからなのか、何故僕だったのか、九真在里早は茅都と同じNOI"r"SEメンバーでありながら、あいつらとは仲間じゃないってことなのか。
否、今はこの状況を打開する最善の手を考えなくてはならない……。思考が溢れて邪魔をする……。
「あー、あー、終わった、詰みだな。翡翠が無ければ私はただのか弱い純朴乙女。降伏するよ」
「えっ、は、長谷川さん?!」
僕が熟考していたその横で、彼女は彼らに向かって諦めたように両手をあげた。
「せめて痛くはしないでしてくれないか?なんでも言うこと聞くし、お金を出したって構わない。私はそれなりにお金持ちだからな。何千万でも、何億だって、仰せのままに」
「え、まぁじ?じゃあ翠々芽ちゃん俺のことヒモにしてくんね?ハワイで一緒リゾートに住まわしてくれたら俺なんでも言うこと聞く犬になる」
「アンタが死になさいよクソ敬亜、今の発言録音して敬亜の全ヲタクに聞かせてやりてぇー」
「かわいい女の子があぁ言ってんねやから、大人しくしといてくれたらこっちも酷いことせえへんよ」
「まじで死ね!顔キッモ!アイドルみてえな事言ってんな!」
「お前はアイドルやねんからアイドルが言うような事言わんかい」
「は、長谷川さぁん……」自分でも怯える子犬のような情けない声で長谷川さんに縋ると、「残念だったな、もうこれ以上は私達には何もできない」と首を横に振った。
「そ、そんな、俺たちどうなるんですか……」
「さぁな、あいつらに連れ去られて改造手術させられて改造人間として仮面ライダーにボコボコにされる雑魚敵として生きていく運命になるのかもしれん」
「………こんな時に何言ってるんですか」
「私達にはどうにもできんよ」
長谷川さんは全てを諦めたかのように、ふぅーっと溜息をつく。僕もそれに同調し、考える事を全てやめた。
「あっははは」と、彼女は笑う。
しかし、よく見れば、諦めの苦笑ではなく、口角をしっかりあげていて、睨めっこのように、我慢が耐えきれずに吹き出すような笑い方だと瞬時に思った。
「すぅーっ」と吐いた溜息を戻すように息を吸い込んだ。そして、それを放出するように彼女はにんまりとした表情で勢いよく叫ぶ。
「"私達"にはなぁ!!!!!!!!!」




