16:夜霧の表参道-6-
「目的はなんなんだ?!お前のこと敵と見なしていいのか?」
長谷川さんは下から見上げるように臨戦体制で僕を睨みつける。
「違っ!え!待って!えっと!テレビのニュースに長谷川さんが映ってたの見つけて……!」と思わず慌てふためくが、弁解の余地が与えられている事に気付き、咄嗟に安堵する。すぐに何か仕掛けるつもりは彼女には無く、僕の出方を窺っている。反応から察するに八高茅都とは無関係なのではないかと思えた。当初の目的通り、彼女に色々話を聞きたいところだが、とにかく今は在里早が気がかりで頭を占めていた。
「でも怖い鳥が襲ってきて……!」
恐怖と焦りにより心臓の脈拍も早い事も相まって早口になりつつ、状況を話すので精一杯だった。
長谷川さんは「ほぉん、鳥に襲われたのか」と左上に目線を向け悩むような仕草をし、僕に対する警戒を解いたように見えた。
「さっきまで、一緒に逃げてきた人と一緒にここへ来たんだけど、居なくなっちゃってっ……!」
「そもそも表参道ヒルズ(ここ)には絶対入れないようになってるはずだよ」
慌てる僕の素振りに彼女は動じない。"入れない"とはどういう意味だろうか。『なんでここに入れる?』と言っていた。エントランスの出入口に鍵が掛かっていると思っていたのか。
「普通に自動ドアが開いたら、入ってきたんですが……?」
自分の発言にハッとする、もしかして、在里早は入れなかったのか……?表参道に僕ら以外の人が居ない理由と同様に、なんらかの力が作用しているということだろうか……?
エントランスに駆け戻ろうとする。ならば在里早は入口で戸惑っているに違いない。
そう思った束の間、既に誰かが入ってきたのだ。
ウィィン………と、自動ドアが開く音。一瞬、在里早が入ってこれたのか?と憶測するも直ぐにそれは否定された。
ーーー鳥を引き連れた茅都の姿だった。
開いた自動ドアからねじ込むように鳥達が侵入してくる。
よく注視すれば、茅都は背中に誰かをおぶっていた。
茅都の左肩に項垂れて、その人物には意識がないと見て取れた。表情こそ見えないものの、髪型と服装から、それがつい先程まで共に居た九真在里早である事は、一目瞭然だった。
「く、九真さんっ……!!」
思わず出た問いかけに、在里早からの反応はなく、茅都は黙ったままエントランスから堂々と入場しようとする。それに合わせて彼の両脇頭上の間から、鳥の群れが羽音を立てながら続々と入ってきた。
「は、は、長谷川さん!」
ここにいるのは不味い。距離を離すべく、次は彼女に向かって叫び、エントランスから離れるため、B1への下り側吹き抜けのスロープの道を走る。
「なんでまた誰かが入って来れるんだぁぁぁ!!!!」
僕のその様子に彼女もエントランスの茅都と鳥を視認した後、大階段の踊り場で後退りをして困ったように叫んでいた。
施設内の空中に鳥達が蔓延し始めて、僕らを標的に見据えている事は明らかだった。
必死に茅都と鳥と、長谷川さんの位置関係を把握しながらスロープを下り駆ける。彼女の様子は、手に持っていた緑がかった水色の小さな紙袋、恐らくティファニーの色であり、同様の水色のアクセサリーケースを取り出し、銀色のチェーンで大きな緑色の宝石がつけられたネックレスを取り出した。
僕はB1まで進むと中央部の大階段に繋がっており、彼女に近づく。一連の様子を見ながら「なんで今、ネックレス!?」と息を切らしながら問いかける。彼女はその動作以外にその場から動く素振りはない。
「このネックレスはなぁ……さっき買ったばっかりで……一目惚れした"おにゅー"なんだよ……」
感嘆とした様子で彼女は絶望していた。箱から取り出したネックレスを首には掛けず、彼女は両手の人差し指と親指で鎖を広げ、それを眺めている。
「そ、そんな、あの鳥に襲われたら僕らどうなるんですか」
「………死ぬ」
「………」
背筋が凍りつき戦慄する。
と思いきや。
「嘘ぴょん」
「は?!」
冗談で茶化すような感じには全く聞こえないような低い声のトーンでおどけた。今にも鳥が追ってくる状況で言う冗談ではないと怒りを露わにしたかったが、彼女は続けた。
「死ぬ事はないけどワンチャン最悪昏睡状態、逆に最高はちょっとかゆいな程度かな」
「あの殺気放ちまくりのテンションでちょっとかゆいな程度で済むわけなくないですか?!」
「まあまあ落ち着け、良かったな、私に会えて。幸か不幸か、そういう"ご縁"なんだろうな」
長谷川さんは、手に掛けていたネックレスを頭上の方へと投げ上げた。
「ぐうぅぅぅぅ!!チクショウ!!嘘ぴょんであってほしいのはこっちだよ!!!なんで私はこういう時に限ってストック全然持ってきてないんだぁぁあ!!」
渋い表情の彼女が頭上に放ったネックレスは、ふぁっと、施設内の吹き抜けの中央で、宙に舞う。その刹那、「バチィッ!」と激しい音が鳴った。
「?!」
僕も茅都も、驚きその方へ見上げる。
砕けたのはネックレスに付いていた宝石だと推知する。それは花火のように飛散し、キラキラと、緑色の砂埃ように細かく輝き舞っていたからだ。
驚愕は続く。その緑色のキラキラの粒は、空間の四方八方へと散りばめられ、粒にぶつかった鳥の影達は、『パッ』と、まるでシャボン玉が弾けるように、続々と消えていったのだ。
「す、すごい……!魔法みたい……!」
生まれて初めてマジックを見た子供の感動のような反応しかできなかった。しかし、恐怖で硬直していた不安感などが、一気に安心へと変わり、脱力した。
歓喜しながら、長谷川さんの方を見る。
「あぁぁぁ………ぁぁ……私のティファニーのネックレス……さようならありがとうまた会おうね………」
喜ぶ僕とは正反対に、長谷川さんは絶望し泣き崩れていた。
「べ、弁償、しますよ……もちろん………」
「…………20万だぞ、あれ」
映画にたった一作しかでていないひよっこの俳優で月の手取りは16万ほどの僕は、息が止まった。健康には安い……そう、考えよう……。
「ねぇ!」
上の方から、男の声がした。長谷川さんと僕はすぐにB1階段の踊り場から1Fの方へ見上げた。当然声の主は八高茅都で、彼は在里早をおんぶしたまま、その場に立ち尽くしていた。
「もしかして……あなたが俺の女神様……?」
「え……っ、えっ………?!」
鳥達を消されて、どんな反応をするのか身構えていたが、予想外の言葉だった。
「………こいつと私、どっちの事だ??」
「僕のことなわけないじゃないですか!!」
在里早といい、長谷川さんまで、なぜこういう場面で冗談言うタイプにばかり遭遇するのかと、困り果てた。
そして茅都も、彼女の冗談に眉ひとつ動かさず、真剣な表情で視線を一点に向けて言葉を続けた。
「俺の事、好きだったりしますか」
「えぇ!?なんで!?」と声を荒げたのは僕の方で、
「タイプじゃないな……」と長谷川さんは悩む素振りも照れたりする様子も全くなく、少し眉を顰めた程度のみで真顔であっさりと答えた。
高身長最強ルックス日本代表クラスのスポーツ万能で国民的スーパーアイドルで資産も超持っているはずの男を"タイプじゃない"などと一刀両断してしまう女性が目の前にいる事も、その男が何故か長谷川さんを口説こうとしてるのも、この場にいる僕が一番驚いている事に、驚いている……。




