14:夜霧の表参道-4-
店内壁面のガラスが崩れ去っていくのを目にしながら、これから数瞬した後、この鳥達に襲われてしまった暁には僕たちは一体どうなるのだろう。食われるのか?怪我を負わせられるのか?死ぬのか?
「ーーーーーーッ!」
逃げよう。
どこへ?とにかく、悪あがきでも、今できる最善の行動をしよう、いや、する他ない。
財偶マネージャーの言葉を再び思い出す。
"ホメオスタシス"ーー明らかな異常事態時に平常でいさせようとする脳の作用。そして、在里早の言う、更に最悪な状況の予測のための不安状態の過剰作用。一見双方矛盾しているように思えるが、たった今、その通りに作用している自覚がある。
脳内は冷静でありながら、心は恐怖で溢れかえっているのだ。
今すぐにでも足を動かそうとしたその刹那。
すぐ隣にいる在里早も同じ気持ちに違いない。
しかし、その足並みは条件反射ですぐに止まった。
鳥たちがうごめくの影の集合体を間を割るように、人の影が見えた。
「ーーーーーーえっ?」
誰だ。
「か………茅都………」
僕より先にその人影を見たのも、声を発したのも、在里早だった。喉の奥から絞り出して掠れ出たような声色だった。
「………えっ?」
僕の脳のタスクは、"逃げる"ことより、"確認する"ことを選んだ。
目の前にいるのは、高輪のホテルの授賞式で会った八高茅都そのままだった。上着はモッズコートを羽織り、パンツはフォーマルのままで、その様子に僕とミシェル先輩と同様に授賞式から着替えずに表参道に来たんだと思う。
けれど、表情はーーーー『冷酷』。見て明らかに。
「あれ……餘部日柄くんもいる、なんで在里早と2人で一緒にいるの……?」
授賞式のステージの上から見た、爽やかな笑顔の彼はそこにはいない。口角は上がって見えるので、笑ってはいるらしい。
舞った砂埃と、背後にうじゃうじゃといる鳥達の影を掻き分けながら「まぁ、ちょうど良いや」と呟いて、ジリジリと八高茅都が侵入してくる。
「おい!動くなよ茅都、噂したから影が刺したのか、なんでお前がそんなことしてんのか、先に説明しろよ」
在里早は、臨戦体制で威嚇する。対して茅都は無言だった。一歩一歩、こちらに近づいてくる。
在里早と茅都は同じグループのメンバーであれど、僕らを襲うように追いかけてきた"黒い鳥達"を背に従えた茅都の姿を見れば、恐らく在里早も、彼が"味方"だとは一切思わなかった。
『日柄くん"も"いる』と言った茅都は、在里早がお目当てということ……?ならば僕は巻き込まれただけなんだろうか。
じゃあ、僕は九真在里早と関わらなければ、襲われることはなかったってこと……?
心の奥底の澱んだものが、ぎゅっ、と掴まれたように軋んだ。
いや、それとも初めから、長谷川さんと八高茅都はグルで、なんらかの目的に誘い込まれた可能性もある……?何故、茅都は僕も襲うんだ。授賞式では、主演男優賞を逃して悔しそうな素振りは一切無く見えた。カメラの前では道化師なのか。
「お、おお、怒ってるんですか……?僕が主演男優賞獲ったこと、ぼ、僕にわかんないんですよ、なんで僕だったのか」
口元で発した声が震えた事で、自分自身が思っていた以上に怯えていた事を自覚する。
在里早が茅都に何をしたのかは知らないが、先程の授賞式が初対面だったのだから、茅都に恨まれる筋合いがあるならとにかくそれしかない。
しかし、茅都の目的が在里早だけならば、同僚なのだからいくらでも機会はあるはずだ、表参道でここまでしてやる必要は絶対にない。
「…………」
茅都の表情は固まったままで、客席のテーブルの間を確認しながら近づく。背後の鳥達は今にも襲いかかってくる。意図が読めず、ひたすらに戦慄する。
「まぁ待てよ、ハチコーちゃん」
在里早は茅都を鋭い眼力で睨む。同時に在里早の右足が一歩下がり、僕はそれを合図と受け取ることにした。
「お前はオフにのんびりゆったり表参道でウキウキショッピングする事なんてねぇよなぁだって全部」
さらに一歩、次は左足が後ろへ下がった瞬間ーー
カウンター内の足元にあった業務用の材料が入っているであろうダンボールを台代わりに踏みつけ、その勢いでカウンターの上に立ち上がる。
レジやレジ周りの物を足裏で蹴飛ばし、ガシャァァン!!!と大きい音を立てて茅都の進行方向へ落とす。そのままジャンプで飛び降り、手前周辺の客席テーブルや椅子をなぎ倒し、それらはガンッ!と床に打ち付ける。少しでも時間を作るための意図を察し、同じようにダンボールを投げつけた。
「お前と違って俺には暇が多いからなぁ!!ここのスタバに来た事もなければ、出入り口が二箇所あるなんて、知らねえよなぁ!!」
そう叫んで、在里早は身近な小さい四脚の椅子を手に持ち、入ってきた入り口とは真反対の方向の店内の奥へと勢いよく走り出した。
「走っぞ!!奄美大島!!!」
「アマがついてればなんでもいいんすかっ」
在里早の言う通り、店内の奥にもフロアは続いていて、壁沿いに1人用のテーブルが位置されているが、在里早がそれを蹴り倒す。その様子を見て同じように手伝いながら駆け足で進めば、ガラスドアが突き当たりに現れ、すぐさまに店を出てドアを閉じる。鍵は内側からしか掛けられない。在里早は手に持ったままの脚が鉄でできた客席の椅子を嵌め込んで、ロックをした。「うまくハマってくれて良かった」とひと息ついて、「なるほど」と感心するしかできなかった。あの"鳥達"は、ガラスや物体をすり抜けられない。茅都がバリケードを抜けてこちら側のガラスドアを同様に破るまで、距離と時間稼ぎの儲けは大きいはずだ。
ドアを背にすれば、目の前は階段。ダッ!ダッダッ!と勢いよく、迷わず当然の如く駆け上がる。一段飛ばしで、少しでも速く。
「こんな恨まれるほどの喧嘩でもしたんですか!」
「知らねぇ!!けど俺の性格的に知らんうちに地雷踏んでたのかも!」
「仲良くないんですか!」
「全然!!仲良くねぇ!!」
NOI"r"SEが今の日本で一番人気のアイドルであり毎日テレビで見ない日はないぐらいなのは知っているが、ドラマと映画以外はテレビを全然見ないせいで、作品内での役に入った彼らの事は知っていても、アイドルのNOI"r"SEとしての彼らの事は全然知らないし、メンバー間の関係も当然わからない。NOI"r"SEのファンが聞いたら悪い意味で卒倒してしまいそうな発言である。
ーーー
階段を出た先は、再び表参道のメインストリートの歩道に出る。
特殊な構造をしているようで、表参道ヒルズにおいて、西館のスタバに出入りするにはどちらも一度外に出なくてはならないようだ。
どうする。
茅都たちもすぐに地上に出てくるはずだ。
地上に残っていたのか、"鳥の影"の残党のようなものが、
『ギャァア!ギャァア!』と僕らを見つけて騒ぎ立てている。
時間はない。




