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短編もの

役立たずな聖女

作者: 黒須 閑

連載もの予定だったのですが時間が取れなさそうなので、短編でまとめました。

「不滅」の次話を書いていた途中で「閃いた! 降りてきた! 忘れないうちに書いてしまえ!」という勢いでこうなりました。

 ミナは辺境の村で農家を営む一家の一人目の子として生まれた。

 貧しいながらもあとに生まれた弟や妹達の世話をしながら、農作業の手伝いをしていた。

 小麦を育てるその村は平和そのもので、作物も皆自給自足で村人間で賄える。

 村では手に入りにくい衣服や雑貨など、近くの街に買い出しに行く程度だ。

 ミナは家族と平凡な毎日を過ごし、いずれは村の中の誰かと家族になって生きて行くのだ。






 ある日、多くの国の信仰を集める聖国の神殿から使者たちがやって来た。

 聖国とは、隣国の中に独立して存在する小国。そこは世界で信仰されている神に仕える者たちが集まり生活している。

 そんなところから来た客人のため、村長の呼びかけに村人は広場へ集められる。

 当然、畑仕事を中断してミナと両親も人垣に混ざった。


「皆さん、神託によりこの村へやって参りました、聖国神殿の者です」


 村長の隣には黒の神官服の男性が声をはる。

 神託とは神が大地に住まう人間に向けて予言を授けること。殆どが聖女に関することだ。

 村の娘たちは目を輝かせる。

 神殿の使者が来たということは、この村から聖女が見出されたのだろう。

 誰が聖国へ行けるのか。

 誰が聖女となるのか。


「年の頃は15。ミナという娘はいますか?」


 人垣の外でぼんやりと今日のうちに終えなければならない用事がたくさんあることに、頭の中で順序立て苛立っていたミナ。聖国からやって来た人の声が何か言っている程度にしか興味がない。

 自分の名前が呼ばれたとはまだ気がついていなかった。

 隣にいる両親は複雑な顔をしているも、ミナは指を折りながら考え中だ。

 ざわざわと村人の視線が一気にミナに向かって来たので、そこで気がつき首を傾げた。

 幼馴染みの少女が人垣から現れ、ミナの手を引く。


「ミナ、選ばれたのよ。はやく!」

「な、何が?」

「もう話聞いてなかったの? 聖女よ、聖女!」


 人垣が割れてミナは一直線に使者の前に押し出される。

 使者がミナの全身を見る。


「……栗色の髪、琥珀色の目。貴女がミナ?」

「そうですけど」

「神託によりミナ、貴女が聖女候補として選ばれました」

「何かの間違いじゃないですか?」


 ミナは疑いの目を使者に向ける。

 使者の隣にいた村長がこぼれんばかりに目を見開き、口をパクパクしている。


「神託は絶対です」


 使者の眉間が険しくなった。


「あたしがいなくなると家族が困ると思うんです。働き手なので断ってもいいですか?」


 後ろを振り返ると青い顔をして両親が佇んでいる。しかも凄い勢いで首を振っている。


「ほら、父さん母さんも駄目だって言ってるし」

「断るなんて、ミナ! な、なんて罰当たりなことを!」

「普通は喜ぶところでしょ! やっぱり育て方を間違えて……ううっ!」


 ミナの父は震えて、母は両手で顔を覆い泣き始める。


「聖女ってタダ働きって聞きました。なんの特もないし」


 使者はこめかみに青筋を浮かせ口元を引きつらせる。


 村人たちがさらに騒がしくなった。「さすがミナ」とか「名声より金」とか方方で囁かれる。


「今回は聖女候補としての招集です。儀式を受け、もし聖女と認められたら神殿にて活動をしてもらいます。きちんと給金が出ますので、その時は仕送りしたらよろしいのでは?」

「はあ、そうですか。それなら行ってもいいのか」


 どれくらい収入を得られるかわからないが、頭の中でそろばんを弾く。ふとまだ聖女候補だったかと思い直す。

 使者は咳払いをする。


「儀式により聖女ではない場合は、戻れますので……貴女なら戻る可能性もあるでしょう」


 最後の言葉はミナにだけ聞き取れる呟きだ。

 その通りだとミナも心の中で頷いた。

 聖女といえば清く正しく心の美しい印象がミナにもあった。どう見ても間逆な自分だと思っている。


「帰りの駄賃出ます?」

「……その時はきちんとお送りしますのでご心配にはおよびません」

「じゃお願いします」


 ミナは謙虚に頭を下げる。

 ミナに対する使者の印象は良くはなかった。

 だが神殿で招集された聖女候補たちの中でたった一人。後日行われた神の祝福の儀式により聖女に選ばれたのはミナだけ。

 しかも神の祝福により聖女は神器を得られる。

 過去、在籍した聖女たちの最多神器数は三種。

 ミナが神の祝福により得た神器も三種。

 ミナは聖女見習いとして神殿にとどまることになった。




 半年の聖女教育を終えて無事に聖女の活動を始めたミナ。今日は月に一度の給金を受け取っていた。


「いつものようにお願いします」


 ミナは数え終わった銀貨の袋を目の前に座る神官側に置いた。


「着服しないでくださいよ」


 ミナは残した手の中の銀貨を数えながらチラリと神官を見やり、手持ちの巾着にしまう。


「信用しないなら自分でご家族に送りなさい」

「えー、嫌です。冗談真に受けないでくださいよ」


 あの日、使者として迎えに行った神官の名はルーカス。

 今は聖女ミナの担当神官となった。所謂相談役ということだ。


「それにあたしが手続きすると遅いしちょろまかされる。その点ルーカス様なら最速だし無事に届く」


 以前はミナ自身が仕送りを行っていたが、受付係が仕送りから抜いていたのだ。ミナは両親宛に手紙を出し金額の事細かな指示を出し、その返信の内容から発覚した。

 相手は元貴族出身の神官だった。一度確認のため問うて見たが逆上されたことがあり、何度も繰り返されたそのことをミナはルーカスに報告をした。真面目なルーカスは調べ、ミナの言う通り着服したことをその神官は認めた。

 神殿内は貴族出身が多い。

 ミナは平民出身の聖女だから見下されやすかった。


「貴女の指摘した者はすでに他国へ飛ばしています。今の仕送り受付の神官は神官長からも信頼されている神官です」

「でもさ、平民だからってちょっとぐらい、とか思う人かもしれないし困るんだよね」

「そんなことがないように神官長には伝えてあります。勿論、受付の神官にも釘を差してあります」

「へいへい」

「聖女ミナ。返事は一つで結構」

「はい、神官様」


 わざと気取った態度で返事をした。

 ルーカスの眉がピクリと動いたが、ミナはニッコリと笑って見せる。


「ではそういうことで、仕事してきます」

「……ミナ、他に報告はありますか?」

「ないなーい。全く」

「本当に?」

「どこかから聖女の仕事サボってるってチクられました? 真面目にやってますよ、真面目に」

「なら特にありません。気になることがあれば報告をするように」


 手を振りルーカスの執務室から出た。

 ルーカスは問いたかったのだろう。一部の聖女たちがミナにあたりがきついことを。

 ミナにとってはたいして気にもしていないので、報告する気はないしこれからもしないつもりだ。

 裾の長い聖女の聖服を翻しながら廊下を進み、目的の裏庭へと向かう。

 神殿が管理する畑が現れた。ここで育てられた野菜は毎日の食事に提供されている。

 そこにはミナと同じ聖女の白い聖服を着た少女がいる。


「エイミー、お待たせ」

「こっちの畑に忌避薬撒いたから、残りはこっちね。一人で平気?」

「ごめん、助かった。一人で大丈夫。あとはやるから」


 ミナは畑の角にこちらを見ている護衛に気がつく。エイミーを担当する神殿騎士はミナが来たことから表情をホッとさせている。エイミーの仕事の時間が来たための迎えだろう。


「もう行って。アデラインたちにいちゃもんつけられるよ」

「あの人たちにも嗜好品お裾分けしてるから。私との繋がりなくなったらもらえなくなるから強く出られないみたい」


 エイミーはミナにとって一番仲の良い先輩聖女で同じ平民だ。平民といっても有名な商家の娘で神殿に多額の寄付をし雑貨なども卸している。そのため神殿側も貴族出身者たちもエイミーには気を使っているのをよく見かけた。

 田舎の農家の娘のミナは、聖女ではあるが使用人に近い聖女だ。

 神殿の外に滅多に出られない聖女たちの苛立ちを、ミナが一身に受けているのが実状だ。神殿側も把握しているようだが、ミナが訴えない限り動かないだろう。

 ミナにとって陰口など痛くも痒くもない。村のガキ大将を相手に殴り合いの喧嘩に参戦することに比べれば、貴族令嬢たちはお上品すぎる上ねちっこいので聞き流すだけだ。

 エイミーは護衛騎士の姿を見て慌て出す。


「あ、そうだ。今日は久々の慰問と奉仕活動だったの忘れてた。それじゃ行って来ます」


 エイミーと護衛騎士を見送り、残りの畑に忌避剤を撒き終われば今度は急ぎ図書館へと向かう。

 ミナの一日は、午前中は聖女たちが適当にやった畑仕事を正しく丁寧にやり直し、他にも神殿内の清掃など雑用を行う。ほぼ裏方業務をこなしている。

 それが終われば図書館へ行き書庫の整理を手伝う。空いた時間ができれば夕方まで地理や歴史など今後に役立てるための勉強に当てていた。

 一応聖女としての仕事は別にあるにはあるが。

 今日は書庫整理はないので、勉強に当てられる。図書館に向かっていたところ、ミナの足はとまる。

 廊下の先には聖女たちが歩く姿が見え、先頭を練り歩く聖女と目があった。


「あら、そこにいるのは聖女ミナではありませんの」


 口元に手を当て微笑みを向けられる。

 ミナは逃げるに限ると足早にすれ違うも、他の聖女たちに通せん坊された。


「私が話しかけているのにどこに行きますの?」

「どこでもいいでしょ。邪魔しないでよ、アデライン。こっちは暇じゃないの」


 ミナは大きくため息をつく。

 アデラインの周りに居た聖女たちはざわめいた。


「アデライン様を呼び捨てなんて」

「これだから平民は礼儀がなってないわ」


 アデラインにつき従う聖女たちはミナを非難する言葉を投げかけてくるが、ミナは知らんふりした。


「皆さん仕方ないのよ。生まればかりは選べないのだから。才能もね」


 また始まったかとばかりに、さり気なく廊下の壁のシミを探すが今日も見当たらない。

 アデラインは有名な貴族の出らしく、聖女の治癒能力も高くて優秀。そのため、待遇がかなり良いとの噂を聞いていた。しかも神官たちの前では可愛い顔立ちで微笑みしおらしくしているので、本来のかしましい姿を知る者はいないのだろう。

 アデラインは一歳年上の一年先輩にあたる。やたらと先輩風を吹かし、平民のミナに突っかかり当たり散らすことが多い。

 そもそもこの神殿では貴族も平民も身分は等しく同じとなる。貴族だ平民だと騒ぐ方がおかしいのだが、ミナは面倒なので突っ込みはしない。

 アデラインはミナの態度に気づき、顔を引きつらせながらも笑顔を見せた。


「前々から指摘しているのに、貴女いつになったら解放して差し上げるの」


 ミナはいつものように右から左に聞き流し、今度は自分の髪の毛をつまんで次々と枝毛の確認する。


「大した力もないのにセシル様が護衛なんて恥ずかしくないのかしら」


 聖女たちが説明を始める。


「この神殿に入った時から一目置かれていたのよ」

「神聖力は勿論のこと、武器の扱いは王国騎士にも引けをとらないと言われているわ」

「清廉潔白で奢ることなく素晴らしい方なの」


 セシル――自分を担当する護衛が浮かぶが、ため息を飲み込む。


「凛々しくも美しい顔立ち」

「お声も朗々として聞き惚れる様」

「そんなアデライン様に寄り添うセシル様。なんて絵になるんでしょう」


 要するに役立たずなミナではなく、治癒能力が高いアデラインの護衛に相応しいと言いたいようだ。

 聖女は身分がないが、その代わり序列がある。簡単に言えば治癒能力の高さだ。

 眼の前にいるアデラインは治癒能力が抜きん出ていた。歴代の治癒能力の高い聖女に並ぶくらいには。

 ミナはというと治癒能力は序列最下位だった。

 一応、担当の神官ルーカスにアデラインとのやり取りは言わず、担当護衛を交代できないか相談はした。が、取り合ってくれなかった。


「外での活動もできない聖女に、はたして護衛が必要かしら」


 聖女には護衛役目の担当騎士が一人つく。この神殿に所属する騎士は神殿騎士と呼ばれている。

 普段聖女は神殿内で活動をしている。稀に聖国内の治療院や孤児院などに行き奉仕活動を行うが、そんな外出には担当の護衛がつき従う。

 ミナは外での活動も神殿に来てからまだ一度も参加していない。常に護衛を連れていなければならないわけではないので、神殿内では一人で動いていることが多い。

 このやり取りも何度も繰り返してきた。しかし、回数も重ねればうっぷんが溜まるというもの。

 いつもなら聖女たちがアデラインを褒めちぎっている間に脱出するが、今回は一言物申すことにした。


「ねぇ……前から思ってたけどさ、なんで本人に言わないわけ? 直接言えばいいんじゃない」

「そ、それは……」


 急にモジモジし始めるアデラインを胡乱げに見る。


「それができるなら最初からしてますわ! でも……その直接、お話をする……だなんて………………恥ずかしいわ」


 頬を赤らめ顔を俯かせるアデライン。

 さっきまでの強気な態度はどこに行ったとばかりに、ミナは呆れてしまう。だが、これはちょっとした小遣い稼ぎができるのではないかと閃いた。


「恥ずかしいって、馬鹿みたい」

「い、今、馬鹿と仰ったの?!」

「そんなに護衛になって欲しいなら、そうだな。金貨5枚でどうよ」

「何を意味のわからないことを」

「金貨5枚で貸してあげるよ。お望みの騎士様を」


 ぽかんとした顔のアデラインがふるふると震え出し顔を真っ赤にした。

 ミナは噴火でもしそうだなと見ていると、大声でアデラインはまくし立てた。


「貴女ものの価値がわかっておりませんわよ! セシル様は聖騎士(・・・)様なのに、その金額はなんですの。安すぎますわ。私なら最低でも金貨50枚は出しましてよ!」


 聖騎士は神殿騎士の中で一握りの上位役職だ。剣の腕に秀でて神聖力の高さもある騎士が選ばれた。


「あ、じゃあ50――」

「ここにいましたか」


 二人の耳によく通る声が入り込んだ。

 後ろから廊下に反響する足音が近づいてくるのがわかる。

 チラリと対面を見れば、アデラインは溢れんばかりの目を開いて立ち尽くしている。側にいる聖女たちは顔を赤らめ大人しくしているのがわかった。


「聖女ミナ、探しましたよ」


 目線を下げ足元を見れば、磨かれたブーツに聖騎士だけが着用を許される白いコートの裾が横から入る。

 隣から視線を感じミナはゆっくりと見上げる。

 目の覚める美貌の中の深紫の瞳がじっと食い入るようにミナを見ていた。相変わらず羨ましいツヤツヤの黒髪に天使の輪が見える。


「図書館にいるはずが何故かいない。何かあったのかと心配しましたが、こんなところで歓談中でしたか」

「歓談中じゃないわよ。足止めにき――」

「ミナ様!? ミナ様ったら何を仰っているのかしら!? ほんのすこーしお話をしていただけじゃありませんか! 嫌ですわ、おほほ」


 余計なことは言わせないとばかりにアデラインは言い被せてきた。しかも外面も被り様付けする。余程相手に良く思われたいらしい。


「アデライン、今からでもいいけど?」


 ミナは首を傾げながら問うてみた。


「え……あ、え、でも……」


 意図がわかったらしく、直ぐにもアデラインは顔を真っ赤にしてしどろもどろな様子。

 ミナは隣から刺さるような視線をまだ受けていた。彼の聖騎士は他にも聖女がいるのに眼中にない。チラッと隣の顔を見れば、相変わらず心の中まで見透かす瞳の圧が強い。


「話し中悪いが、聖女ミナ。聖下がお呼びです」


 聖下とはこの世に一人しかいない大聖人。当然神殿の中で一番権力を持つ神殿長も敬う存在だ。

 その大聖人からの呼び出しにミナは疑問符を浮かべる。


「それでは聖女方、急ぎますのでご容赦を。さあ、行きましょう」


 礼儀正しくミナの護衛は一礼をアデラインたちにした。

 見惚れたまま反応できないアデラインたちに背を向けた。ミナは来た廊下を引き返せばそのあとを護衛の聖騎士が続いた。

 二人に会話はなく、廊下を歩く音だけが聞こえる。

 今日は神殿図書館で地理や歴史のおさらいをするはずだった。聖下に呼ばれる予定はないはずだが、背後にいる護衛に聞いても良いものかと思案している中、温度のない声をかけられた。


「ミナ殿……俺はものではないので貸し借りはしないでくれ。金は、給金だけでは足りないのか」

「え、どこから話聞いてたの?」

「――外での活動もできない聖女、から」

「あっそ……」

「聖女らしからぬ会話だったな。貴女は聖女だ。自覚を持つべきだと思うが」


 ルーカスに比べて、このセシルという聖騎士はミナに対して厳しい。聖女たれと常に説教が挟まれる。


「あー、はい。気をつけます」

「もし次同じく見かけたらルーカスに報告する。減給ですめば良いがな」


 減給されれば家族への仕送りが減ってしまう。それだけは困る。

 ミナが余分に金銭が欲しかったのは、聖女を辞めたあとの生活費のためだ。故郷に戻っても嫁に行くには薹が立っているだろう。家族に迷惑はかけたくはない。そのために少しずつ自分のために金を集めているのだ。


「金が必要なのは、もしや家族に何かあったのか?」

「単純に個人的な貯蓄したいだけ。聖女辞めても生活できるように」

「何故だ。聖女はいずれ見初められ嫁いて行くことが多い。そんな心配は必要――」

「あるでしょ。誰が大した治癒能力もない平民の聖女を嫁に欲しがるのか……ないですよ」

「そんなことはない」


 何を根拠に断言するのか。

 思わず乾いた笑いがミナから出かかるが口を閉じた。


「それと、ずっと思ってたけど、あたしに護衛って必要? 外で奉仕活動しないし、神殿内での治療の公務も殆どやらないし。護衛の交代お願いしたらどう? ま、あたしは護衛いなくても問題ないと――」

「問題ありだ。貴女は三種の神器持ちの聖女だとわかっているのか」

「いや、それはそうだけど。これとそれは話が違うでしょ」

「神器が多いのは貴女に神から祝福が多く与えられた証拠だ。治癒能力の威力は聖女としての力の一部にすぎない。それは聖下も仰っていただろう。相変わらず理解していないな。図書館で歴代の聖女の稀覯書でも見て頭に入れるべきではないか」

「でもさ」

「時間切れだ」


 眼の前に聖下がおわす執務室に到着した。


「言っておくが俺の聖女は貴女だ。今後も変わらない」


 聖騎士が護衛につく聖女だから、それに相応しい聖女になれと言いたいのだ。

 ミナは相変わらず手厳しい護衛にため息をつく。

 扉を開ければ執務室の主、大聖人オスニエルが微笑んで待っていた。


「何やら賑やかな声がすると思えば聖女ミナ、それに聖騎士セシル。待っていたよ」


 温厚な老紳士としたオスニエルはミナにソファーを勧めた。


「聖騎士セシル、一刻後に迎えを。ミナには込み入った話があるからね」

「わかりました。我が聖女をよろしくお願いします」


 一礼してセシルは出て行った。


「くくく、『我が聖女』だって。あの子もそんなこと言うんだね。これはまた過保護だ」

「違いますよ。嫌味です。聖女らしくしろ。やらかしたら説教だっていう圧力ですよ」

「ミナにはそう聞こえるのか。くくく、面白いね。ヴァージル?」


 扉の前には男性が佇んでいた。

 セシルと同じく白いコートの聖服だが腕章がついている。神殿騎士団総長にして聖騎士筆頭のヴァージルだった。

 オスニエルの護衛は順番に空いている聖騎士が務めるが、今日は総長が担当のようだ。


「セシルも人の子だったと最近感じますが、聖女ミナのおかげなのだろう。今後ますますどこまで人間らしくなるか楽しみだ」

「総長様まで変なこと言わないでくださいよ。小姑みたいで、今ならいびられる嫁の気持ちがわかります。まだ嫁に行ったことないけどね」


 思わずふくれっ面になりかけるが、我に返えると立ち上がった。


「お茶の用意をしますね」

「ああ、いいよ。私がするから、今日はね良い茶葉が手に入ったんだ。ミナと飲もうと思って、あいそうな菓子まで用意しちゃった。このこと神官たちには黙っていてね」


 オスニエルはきびきびと動き始め、ミナは手を出すのを止めて元のソファーに座った。

 公の場所では耄碌した老人を装い、このような私的な場合は矍鑠として自ら行動している。何故そのようなことをしているのかと問えば「秘密だよ」と軽く口止めされた。偉い方の考えはわからないのでそれ以上はきかないことにした。

 ミナは聖女としての公務として、オスニエルの補佐がある。補佐と言っても現実的には介助に近い。日曜礼拝の時に公衆の前に現れる聖下の手をとり、祭壇前に誘導する役目だ。ミナはその時は顔を見せないよう聖女のベールを被っている。そして法話や神への祈りを捧げている時、目立たぬよう壁際で待っているだけ。

 他は事前に連絡を受け執務室での書類整理や資料探し、休憩中の話し相手や茶飲み友だちをしているのだ。

 実情を知らない人々から陰で介護聖女とか言われているようだが、ミナはいい得て妙と思っている。


「そういえば、いつの間に仲良くなったの。セシルがあんなに会話をするなんて驚いたよ」

「ある日いきなり『素で話せ。俺もそうする』って宣言されてからですよ。それから『名前を呼ぶように』って命令されて……まあ、そのようになったというか」

「命令ね、成る程。くくく」


 込み入った話と言われたので身構えていたが、いつものように雑談が始まるが、本題に入らない。

 ミナは農家の娘として生活していた話をオスニエルに強請られ話すことが多い。他に何を勉強しているのかとか図書館で何の本に興味を持ったのか。いつもどおりの報告のような内容を話していた。


「じゃあ、今度は東のガイラー地方辺りの文献を読むといいよ。まずはノーマン見聞録かな。様々な都市の観光名勝とか料理とか色々載っていてね、女性でも楽しめるはずだから」

「それは楽しそうですね。オスニエル様のお薦めは読みやすくて助かります」

「おや、誰かに本を薦められたのかい?」

「あー、まあ、図書館で勉強してるとたまに本を積まれるんですけど……内容が難しくて理解できないって断ったら『一度読めばわかるはずだ』って強引に渡すんです。仕方なく読んでみるけど頭に入らないし、しかもきちんと読んだかどうか問題出して確認してくるんですよ。うんで答えられないと『暇を潰しに来ているだけなのか。それとも昼寝したいなら他所へ行け』って言いやがるんです」


 微笑ましげな眼差しがオスニエルから飛んできた。


「セシルはずいぶんと世話を焼いている」

「それ世話に入ります? どう見たって勉強の邪魔ですよ。大迷惑この上ない……って、ああ、オスニエル様、護衛変えてくださいよ。あたしとあの人、相性悪そうだもん。もしくは護衛なしで。大聖人権限で是非」

「駄目駄目、聖女に護衛は必要なの。特にミナには必要だよ。セシルが駄目ならヴァージルしかいないけど、それはそれで一悶着ありそう、だよね」


 オスニエルは扉へと顔を向けると、ヴァージルが苦笑いしている。


「いや、総長様は恐れ多いので、護衛いりません。誰も護衛なりたがらないだろうし」

「そんなことないよ。きっと騎士の皆も一度ミナの護衛につけばそう思うよ。特に聖騎士の諸君は」


 にこにことオスニエルが焼き菓子を口に入れる。


「確かにあたしの護衛、無駄に時間ありそう。サボり放題ですもんね」

「くくく、セシルにサボり放題でいいねって言ったらどう?」

「え、それ、喧嘩売れってことじゃないですか」

「どう答えるだろうね。ああ、そうだった。――ミナ」


 オスニエルの表情は笑顔のままだが、声のトーンが変わった。


「ミナは外の世界に出でみたい?」

「外? ですか」

「うん、外に。いろいろな場所に行きたいかどうか」


 オスニエルの目が観察するかのようにミナを見つめる。

 ミナは生まれ育った辺境の村しか知らない。そこから移動の馬車に乗りこの神殿にやって来た。それから神殿内で生活していて、一度も出たことはなかった。

 確かに他の聖女のように外での活動もしてみたいが、能力が低すぎるしなんの役に立つかわからない。

 神殿側としては能力の低い聖女を人々の前に出したくはない考えがあることはわかっている。


「うーん。あたしはいいかな。外で活動できる場所があればいいけど、あたしの聖女の力は役に立たないでしょ。アデラインみたいに病気治して切れた指や折れた骨を元通りにはできないし、あたしでは擦り傷程度しか治せない。今まで通りこの神殿でできることすればいいかなって思ってる」

「そうかそうか。この神殿でできることをする、か。ミナは良い子だね」

「えー、あたしいい子ですかね。村だとお転婆とか守銭奴とか色々言われてたけど」

「そうは言っても村の人達に可愛がられていたと思うよ」

「いやいやいや、ないないって」


 村の人達を思い浮かべながら首を振った。

 それ以降も込み入った内容の話は特になく、ミナはセシルの迎えが来るまでいつものように話に花を咲かせた。




 食堂の隅でミナとエイミーは昼食をとっていた。神殿関係者なら神官、聖女、騎士の他に下働きの者も利用できる。


「ごきげんよう。聖女エイミー、聖女ミナ」


 意気揚々と声をかけてきたのは、今日も聖女たちを侍らせたアデラインだ。

 日頃は平民たちも混ざる食堂で食事をしたくないと言っているアデラインだが、その手には食事の載ったトレーを持っている。


「ごきげんよう、聖女アデライン」


 エイミーは人当たりが良い笑顔で答えた。


「……こんにちは」


 とりあえずミナも返事をした。

 アデラインは何も言わず笑顔だ。

 そのまま無言で中央の席へ向かう姿を見送った。

 ここ最近、食堂で食事をする姿を良く見かける。それと同時にミナへ絡んでこなくなった。


「最近のアデライン何も言わないな」


 ミナの呟きをエイミーは拾う。


「それはそうでしょ。噂では聖女巡礼が始まるから」

「聖女巡礼?」

「神殿を代表して有望な聖女がね、各都市を巡って祈りを捧げるの。この巡礼を行った聖女は大聖女になることが多い。だから、清廉潔白に、別け隔てなく、聖女のお仕事頑張ってますよ、って誰の目にも映るようにしてるのよ」

「取り繕っても欲望まみれじゃん」

「まあね、でもミナが選ばれる可能性あるんじゃないかな」


 ちぎったパンを口の中に入れる手がとまる。


「は? なんであたし?」

「だって神器三種持ちだもの。神様がたくさん祝福してくれた聖女だから」

「ないない。ないって。聖女巡礼ってその各都市で祈る他に何かするの?」

「治療院の手伝いや産業の視察、国によっては王宮に招待されるとか」

「やっぱり、あたしは選ばれないな。最下位だしそれに筆頭聖女がいるから、あたしはないな」


 アデラインは序列一位だが筆頭聖女ではない。

 現在の筆頭は聖女ジョアンナ。アデラインが来るまで序列一位だった聖女だ。ミナは遠目にジョアンナを見かけたことがある。第一印象は物静かな儚げ美人だ。

 エイミーや神官たちの話を聞く限り、理想の聖女を体現するかのような人柄らしい。


「前回の聖女巡礼にジョアンナ様は行けなかった。でも今回はどうかな」

「行けなかったってどういうこと」

「ジョアンナ様と同期に王女様がいたのよ。たくさん寄付されてるらしくて、そこの王族からの圧力で仕方なく聖女巡礼は王女様に決定。その巡礼でどこかの国の王子に見初められたらしくて、戻って来たら還俗して王子妃してるわよ」

「へえ、そうなんだ」


 それからしばらくして、聖女アデラインによる巡礼が始まることが発表された。




 週に一度の神官との面談。


「他に何かありますか、聖女ミナ」

「特にないかと」


 いつものように会話が終わりを迎えるはずだが……。


「本当に?」


 ルーカスの凝視をミナは首を傾げた。


「何もないですよ」

「本当にそうですか?」


 ルーカスが――今日はやけにしつこい。


「問題とか困り事とか、ないのですか?」

「えー? ないと思います、よ?」


 ミナは今度は反対側に首を傾げた。

 ルーカスは不満そうな表情でじっと見ている。

 そこでミナは急に目を見開き、両手をパンと打った。


「そうだ、ルーカス様に聞きたいことあるんだけど」

「何でしょう」

「聖女巡礼はアデラインに決まったでしょ? お供ってアデラインに選ばせる権利あるの?」

「ありませんよ。全ては上層部が決めることです。ただ少しは中心となる聖女の意向も反映されることもありますが」

「ちなみにあたしを連れて来たいって言ったら……」

「却下されるでしょう。貴女は聖下を補佐する聖女です。聖下が許しません。補佐をしていなくても同行者(・・・)には選ばれないでしょう。貴女は……聖女巡礼に行きたいのですか?」

「えー結構です。お手当がたくさん出るなら考えるかもしれないけど」


 金銭が発生するならばというミナらしい安定の返しに、ルーカスは苦虫を噛み潰したような顔で睨むがため息をついて表情を戻した。


「それで……本当に、私に助けを求めたいことや――」

「あっりませーん」


 軽快に返事をすれば、疑いの目を向けられた。

 これで終わりだろうとミナは椅子から立ち上がり身軽に歩き出す。


「じゃ図書館へ行って来ます。勉強の続きしなきゃ」


 扉に手をかけ手を振りルーカスの執務室をあとにした。

 ルーカスはどこから情報を仕入れるのだろうか。

 確かに担当神官に言えば解決するだろう。

 ミナ的にはそこまでする必要がないと思っている。いつものように聞き流していれば終わる。だが、もしものことを考えて気になることを聞いておいて正解だった。


「そうだ、行く前に畑を見ておこう」


 今日は畑仕事は他の聖女が受け持っていた。

 アデラインたちのように貴族出身者などは畑仕事をおざなりに終える。簡単な水撒きでさえまともにできない。

 裏庭の回廊から畑を見れば全面に撒かれたあとで色が変わっている。

 奥までよく見るべきかと悩んでいるとバタバタと足音が聞こえた。


「ここにいましたのね、聖女ミナ」


 聞き慣れた声はアデラインだった。いつもの顔ぶれの聖女たちはおらず、珍しく一人だ。


「今日こそはお返事くださらない?」

「なんだっけ?」

「聖地巡礼に参加することよ」


 アデラインは聖女巡礼に選ばれてから、何かと誘ってくるのだ。

「だから?」とか「それで?」と聞くふりをして、最後は無視するという対応としてはよろしくない態度をとってきた。

 先ほどルーカスからも聞いていたので、今日はもう少し掘ってみることにした。


「あたしがそれに参加する利点ってなくない? お手当はいつも通りみたいだし? アデライン曰く役立たずな聖女だし?」

「そ、それはその……一応聖女なのだから、聖女巡礼に参加することで、箔がつくじゃありませんの。ご家族も自慢になりますわ」

「自慢ね。あたしの親ってそういうのあんま気にしないと思うけど」

「え、そうなんですの……」


 アデラインの焦りと落胆混じった表情から、ミナはふと気がついた。


「ちなみにアデラインはあたしが参加して得することってあるの? ……あぁ、成る程、あたしが来れば護衛騎士ももれなく、なのか」

「え、あ、いえそうではなくて……!」


 直ぐに顔を赤らめ始めるアデラインに、ミナは鼻で笑った。


「そういうことか。道理で最近護衛を交代しろって言わないわけだ」

「考えすぎですわ。私は純粋に貴女が聖女として活動の場を儲けようとしたまでですわ。それに……」


 アデラインは満面の笑みを咲かせた。


「聖女よりも侍女として励んでみてはいかがかしら」

「侍女……なんで?」

「決まってますでしょう。ここにいても役に立たない貴女は神殿から直ぐにもお払い箱です。ならば侍女として仕事を覚えれば、辞めた時直ぐにも働けますわ。どうせ貴女は婚姻の申込みもこないでしょうから」


 アデラインの目が頭の天辺からつま先まで見てから、掌で笑んだ口元を隠した。

 心配されているのか。

 貶されているのか。

 面倒くさくなってきた。

 ミナはいつもの癖で手が毛先に伸びそうになるのをこらえた。


「可愛そうですから、我が家で働けばよいのです。そして私が聖女を辞めた際、婚家に一緒に連れて行ってあげますわ!」


 良い提案とばかりに鼻息荒く胸を張られた。


「聖女巡礼の道中では、私の世話をしながら侍女としての心構えや働きを教えて差し上げますわ。精々、頑張って励むの――」

「何を話しているのかと思えば、ずいぶんと親身になってくれているのですね」


 アデラインは絶対零度といえる声に反応して固まった。

 同時にミナは恐る恐る声の方に顔を向けた。

 無表情のセシル登場に二人は固唾を飲んだ。

 ゆっくりとセシルの歩みが近づきとまる。


「聖女殿は聖女ミナと親しいようだが、今の発言は聞き捨てならぬものがあります。どういうことでしょうか」


 冷めた紫色が一瞥するが、アデラインはまともにくらい青ざめ震えだした。


「あ、え…………そ、それ、は……」


 声まで震えている。

 ミナは声を挟もうとしたが、突き刺さるセシルの視線を受けて大人しく引っ込む。しかし、小さく心の声を漏らしてしまう。


「やば……説教か」

「何か言いましたか、聖女ミナ」

「いえ、お構いなく」


 ミナは一歩セシルから遠のくと、セシルは気がつき同じく一歩ミナに近づいた。

 そして腕をとられ逃げられないように捕獲された。

 セシルはアデラインに無感情な表情を向け口を開いた。


「親しき仲にも礼儀ありという言葉をご存知か。聖女殿の言葉は、我が聖女を侮辱しているようにしか聞こえません。聖女殿は聖女巡礼に選ばれた。その意味を考え恥じぬ行動に改められることを勧めます。このことは、担当神官へ抗議させてもらう――聖女ミナ、行きますよ」


 腕を引かれアデラインから離された。

 隣も気になるが、後ろを振り向くとアデラインが崩折れていた。

 嫌な予感をヒシヒシと感じながら黙って歩く。どこへ連れて行かれるかと、廊下の向かう先はどうやらルーカスの執務室のようだ。

 この様子ではルーカスとセシルの真面目堅物コンビの説教が確定だ。

 ルーカスの執務室を荒々しく開け、セシルがことの次第をルーカスに報告。

 ミナはなんとかアデラインのことは穏便にする代わりに、二人から説教を長時間食らうことになった。気力をごっそりと持っていかれたのは言うまでもない。




 聖女巡礼の出立の日。

 アデラインの旅立ちの式典が神殿前の広場にて行われた。

 アデラインの他、補佐する聖女を数人引き連れ、それに伴い護衛騎士たちや世話をする神殿使用人が列を作る。

 アデラインを見送るため、大聖人オスニエルや残る聖女たちも揃っている。

 当然、ミナも神殿に残る聖女側にいた。

 広場は式典を見に来ている他国の招待客がいる。そのため聖女たちはベールを被り素顔をさらさない。

 アデラインは各々へと声をかけられ短く言葉をかわしている。

 ミナは特に声がけは必要ないかと通り過ぎるのを待っていた。

 だが、ミナの前に来るとアデラインは立ち止まる。


「素直に私の言うことを聞いておけば良かったのに、残念だわ。帰って来たら覚えてらっしゃい。まあ、それまで神殿にいられれば良いですわね」


 アデラインからの囁きはしっかり聞こえ、ツンと澄まして前を向き通り過ぎて行った。


「悪役の捨て台詞みたい」


 隣にいたエイミーは「おお怖」と肩を竦めた。

 これでしばらくはこの神殿も静かになる。

 ミナは華々しく見送られたアデラインの背中を見ながら欠伸を噛み殺した。




 ルーカスに呼ばれ執務室で話があるのかと思いきや、大聖人の執務室に案内された。

 そこで驚愕のオスニエルからの言葉。


「……もう一度お願いします」

「うん、ごめんね。ミナに行って欲しいんだ。聖女巡礼」

「ええ? いやいやいや、おかしいでしょ! アデラインが二週間前に行ったばかりで? あたしは同行者にならないって聞いてましたけど?」

「あのね、帰って来ちゃったの。聖女アデライン」

「は? ……ええ? 何それ」


 執務室にいる面々の顔を見ると、無表情だったり憤りを押し込めていたりいろいろな感情が見えた。

 特に怒り心頭なのが神殿長だった。


「どうもこうもない。アデラインは任せろと言わんばかりに、大手を振って旅立って行ったにも関わらず……あの小娘。やってくれた」


 神殿長はアデラインと同じ王国出身で元貴族、どうやら遠縁関係にあるらしい。これはエイミーからの情報で知った。


「何があったか聞いても?」

「最初の立ち寄った場所は問題なかったが、次に向かう道中でな。野宿を拒否した」

「野宿を拒否……」

「最初の一日目は文句を言いつつ受け入れたらしい。だがその先からは連日に耐えられなく次の巡礼場所が過疎化した村での祝福だと知り、本人が描いていた聖女巡礼と違うと騒ぎ始め、他の聖女も感化され収拾がつかなくなったようだ」


 神殿から次の巡礼場所は交通もあることから馬車での移動だった。その次の場所は地方の場所になることから場所ではなく徒歩となった。普段神殿内しか闊歩しない聖女たちは文句を言いつつも進んでいたが、夕方前に野営地に到着しまた野宿と聞き、連日草臥れてしまったアデラインが騒ぎ始めた。

 そして翌日には、護衛騎士を連れて来た道を引き返し、最初の巡礼場所から馬車を手配して神殿に朝方到着した。

 ミナは想像ができてしまい、苦笑いになった。


「うわー大変」

「一応戻るよう説得したんだが……聖女ミナの名前を出された」

「何故、あたし」


 神殿長は眉間を揉み込んでいる。

 上層部の面々が気まずそうな顔をして、ミナと目があうと逸らされた。


「聖女アデラインがミナを指名したのはね、『鄙びた場所に行って野畑に祝福なんて、私の役目じゃないわ。それこそ役立たずな農道具が神器のミナに適任よ』って言ったからなんだ。くくく。それ聞いた時、私こめかみがピクピクしちゃった」


 オスニエルは歌を歌うかのように朗らかに教えてくれた。

 ミナは(すき)(くわ)、鎌の三種の神器を授かった。全て農作業で使っていた見慣れた道具だ。貴族出身者の聖女たちはそれを馬鹿にしている節がある。

 アデラインはというと聖女たちがよく授かる杖を神器としていた。

 神殿長が長いため息を吐いた。

 オスニエルはにこにことしながら、「くくく、役立たずねぇ」っと意味深な笑いをしている。


「申し訳ない。聖女ミナ。わたしがあとできつく灸を据えておくので、どうだろうか」

「もともとミナに聖女巡礼に行ってもらおうと考えていたんだけど、聞いた時ここに居るって言われたから外したんだよね。まあ、当初の予定通りに戻っただけでもあるかな」


 記憶をたどれば神殿の外での奉仕活動のこと聞かれたと持っていたが、聖女巡礼のことだったようだ。


「えーとそれは、中止には……」

「できないよね。あんなに大々的にやっちゃったから」

「国賓を招待しての式典。いつ自分の国に来てくれるのか期待する人々がいる」


 ミナは黙って隣に座っているルーカスを伺った。


「どう思います?」

「行くしかないだろう。とは思っているが、貴女はどうしますか。中心となる聖女としてミナの考えは?」


 考えと言われても、直ぐに浮かぶのは治癒能力の低さだ。


「あたしは治療関係が無理なので、そこはどうなるんですか」

「大丈夫。補佐には序列高い聖女連れて行けば問題ないからね。だって聖女ベール被ってるから誰だかわからないよ」

「えーそれありなんだ」

「過去、治癒の弱い聖女が巡礼した時はそんな対応だったよね。うん、だから大丈夫」


 オスニエルが笑顔なのに怖い。それはミナに向けたものではないが、ここは空気を読んだ。


「他やりたい人いないなら、いいですけど」


 さらに隣から余計なことは言うなという目力を感じたので、喉元まで出かかった支給金割増を飲み込みミナは大人しくした。

 その後の上層部の最終確認が行われ、アデラインの代わりにミナが聖女巡礼を行うことになった。

 見送りの式典はなく三日後、早朝にひっそりとミナたちは出発となった。

 ミナ、担当神官ルーカス、護衛騎士セシル。

 補佐する聖女としてエイミーを同行者として、その担当神官と護衛騎士。そして道中の安全担当として神殿騎士が二人。合計八人での旅が始まる。

 アデラインの引き連れた人数に比べれば少なすぎる人数。 

 神殿の裏門に馬車が用意されているので向かった。

 一抹の不安を感じるも楽観的になんとかなるはずと、自分自身を鼓舞する。

 傍でつき従うセシルが、ミナのずれたベールを直した。


「顔を上げて胸を張れ。神に祝福され聖下に認められた聖女だ。自信を持って巡礼に挑めばいい」

「そんなに発破かけないでよ」

「何かあれば俺が守るから心配する必要はない」


 先日野宿の話が出たから、野盗の類に遭遇するかのような発言。


「なんか物騒なこと起きたら困るんだけど、聖騎士の発言怖」

「物理的にも精神的にも守るという意味だが?」

「何それ……変な言い方」


 これはセシルなりの冗談なのかと予測するが、どうなのだろう。せっかくの意気込みが肩の力が抜けたような脱力感に襲われる。その所為か変にミナのツボに嵌まる。

 口から笑いが飛び出しそうなのをぎゅっと唇を結んで耐える。

 馬車に乗り込む時、セシルに手を差し出された。

 ベール越しにじっと見つめられる。

 聖女は騎士の手を借りて乗り物に乗ると教えられたのを忘れていた。

 ミナは慌ててセシルの手を借り馬車へと乗り込んだ。






 こうしてミナは少ない同行者たちを連れ、様々な国の辺境の地を巡り痩せた土地に祝福を授けた。長く祝福は大地にもたらされ実りを与えた。

 数百年と資源は枯渇せず、その土地に住む者は安定した生活を手に入れた。

 後の世に豊穣の聖女としてミナは名を残すことになる。

原題「役立たずな聖女は農地を耕すのがお似合いよと言われたので旅に出ることになりました。」


読んでいただきありがとうございます。m(_ _)m

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