姫たちの失策
「愚かな事をしたもんだ・・・」
騎士を連れ現れた男は吐き捨てるように言った。
声は静かだが底冷えするような怒気を含んでいる。
男は蹲っているアイリーンを抱きかかえる。
「ここから誰も出すなっ!逃げようものなら・・・」
「・・・殿下、これは・・・」
「だまれっ!!」
エスメラルダをひと睨みして黙らせる。
アイリーンを抱いたまま殿下が部屋を出て行く。
出口には騎士が立っている。
「・・・エスメラルダ様どういたしましょう?」
アビーは震えながら小声で聞く。
エスメラルダは扇子で口元を隠し指示を出す。
「いいこと、今回の事もいつもと同じようにするのよ。あの女が殿下の気を引くために自作自演で飲んだと思わせるのよ。その瓶をあの女の席の下に落としておきなさい。」
姫たちは頷き合う。
そうしていると殿下が戻ってきた。
「殿下!アイリーン様は大丈夫でございますか?」
「アイリーン様はどうされたのですか?」
姫たちは口々に心配の声をあげる。
「・・・白々しい、、」
ボソッと呟いた声は誰にも聞こえない。
「アイリーンはどうも毒を盛られたらしい。」
「まあ!!毒を!!」
姫たちは大袈裟に驚く。
「•••ですが妾たちのお茶には毒は入っておられないようですが・・・アイリーン様のお茶にだけ?」
エスメラルダが言うとすかさずアビーが合いの手を入れる。
「おかしいですわね。」
「アイリーン様が自分で・・・まさか・・・そんな・・・」
サリーネが怯えるように顔を扇子で覆う。
サリーネと抱き合うようにしていたオパが椅子の下を指差し叫ぶ。
「あ!アイリーン様の椅子の下に瓶が・・・!」
その声に姫たちを押しのけ殿下がハンカチでその瓶を拾い護衛騎士に渡す。
「分析を急げ!!」
姫たちに向き直ると殿下は怒りを隠そうともせず言い放つ。
「この中からは皇太子妃は選ばぬ!!自室に籠もり沙汰を待て!」
息を呑む声と短い悲鳴が聞こえた。
「殿下!そんな・・・アイリーン様が勝手にした事でございます。妾たちは関係ありませんわ。ここにいる者に聞いてみていただきとうございます!」
エスメラルダは自信満々に言うと周りを見渡す。
周りの者もハッとしたように頷く。
「わかった。それでは・・・エイダ!出てこい!」
「!!!!」
何処からともなく黒い服に身を包んだ女が現れる。
「お呼びでしょうか?」
エイダは殿下の前に跪く。
「ここで何があったか報告せよ。」
「・・・っ、殿下まっt」
エスメラルダの制止の声も届かず、エイダから事の顛末を詳らかに報告される。
「はっ。ご報告いたします。エメラルド国のエスメラルダ姫を筆頭にルビー国のアビー姫、サファイア国のサリーネ姫、パールランドのオパ姫がアイリーン嬢が挨拶をするなり挨拶も返さず『くさい』と言い始め、、」
「アイリーンが臭い訳ないだろ?王家の物と同じ物を使わせているのだぞ。・・・私たちも臭いという事かな?」
笑顔で姫たちを見る。姫たちは目を逸らし俯いてしまった。
「・・・続けます。そのままお茶会が始まりましたが、アビー姫がアイリーン嬢のお茶に何かを入れました。」
「お前から急に連絡が来たから驚いたぞ。謁見を中止して急いで来たが・・・」
殿下は悔しそうに拳を握る。
「姫たちが口々にお茶を勧めてくるので警戒したんでしょう。飲んだフリをすると飲みあげろとサリーネ姫が言い始め、アイリーン嬢が渋っていると、姫たちがアイリーン嬢に笑顔で近付き羽交い締めにし、エスメラルダ姫が鼻をつまみ無理矢理お茶を飲ませました。そしてアイリーン嬢は口元を押さえ蹲りました。」
殿下から冷気が漂ってくる。
「そうか・・・エイダ、お前もアイリーンを助けもせず見てたのか?」
エイダは俯いたまま冷や汗をかいている。
「羽交い締めからお茶を飲ませるまでが異常に手早く・・・」
「言い訳は聞かんっ!!」
姫たちを見据え「言い逃れはあるか?」と凄む。
エスメラルダが扇子を広げながら声を上げる。
「恐れながら殿下、妾たちには身に覚えのない事•••そこの影とアイリーン様が結託したとも限りません。アイリーン様は殿下の寵愛に人一倍貪欲であられましたし•••」
そう言うと俯く。
「アイリーンが私の寵愛を求めていたと?」
「そうでございます!私はアイリーン様に国へ帰るように脅されましたわ!」
「私もでございます!」
口々にアイリーンを悪女にしようと訴え始める。
「だまれっ!アイリーンは皇太子妃を決めるために送り込んだ私の侍女だ。」
「「「「!!!」」」」
みんなの顔が青ざめる。
「エイダはアイリーンに付けていた王家の影だ。こやつらは王家に嘘をつけない誓約をかけている。それにこやつらは見たものを転写出来る能力を持っている。この事は全ての国に周知させる。そしてそなたらの国へは正式に抗議させていただく!」
「そんな・・・!」
そんな事をされたら・・・
他の国から侮られる情報をばら撒かれると言う事だ。自国でも爪弾きにされるだろう事は容易に想像できた。
強気でいたエスメラルダも俯き震えている。
アビーは膝から崩れ落ち放心している。
そこへアイリーンが侍女に付き添われ入ってくる。
「アイリーン!」
殿下はアイリーンの元へ素早く移動し、アイリーンを支える。
「アイリーン、もう大丈夫なのか?」
殿下は先程とは打って変わって優しく声をかける。
「はい、万が一に備えて解毒剤を飲んでおりましたので。」
「解毒剤?」
「この前ダイヤ王国のダリヤ姫が盛られた毒の解毒剤を服用いたしました。」
「ほう、ダリヤ姫と同じ毒という事か・・・」
お互いに抱き合い青ざめている姫たちに向かって王族らしい笑顔を浮かべる。
「すごいね、君たち。あんな大国に喧嘩を売るとは。」
ダリヤ姫は現国王の一人娘でたいそう可愛がられているという。
「リーン、これでわかっただろ?君が俺の求婚に答えてくれないとまたこういう事件が起こってしまうかもしれない。」
(俺?殿下が?)
(リーン??)
(急に声が甘い!?)
(侍女に求婚?!)
「殿下と私とでは身分が違いすぎます・・・」
「リーン、名前で呼んで。」
「でも・・・」
殿下はアイリーンの瞳を見つめ懇願する。
「う、・・・・・エ・・・・エディ」
「ああ、リーン!」
殿下はアイリーンを抱き締める。
「嫌じゃないなら頷いて。お願いリーン、愛してるんだよ。小さい頃から変わらず君だけだ。」
アイリーンは涙を流し頷くと
「私もずっとエディだけだったわ!」
「ああ、俺だけのリーン!」
抱き合う二人を横目に騎士たちに拘束された姫たちが連れて行かれる。
(え〜!二人の世界?)
((((あの女が最初から求婚を受け入れていれば良かったんじゃない?))))
ーーーーーーーーーー
その後姫たちは婚約記念の恩赦で罪を許され帰路に着く。
殿下が即位した時にアイリーンを正妃に押す事を強く約束させられた。
「あの二人に弱み握られちゃったわね。」
エスメラルダはサリーネが持ってきたクッキーを食べながらそうボヤく。
「あれだって気絶するほど苦いだけで冷や汗と下痢が三日間止まらなくなるだけなのに〜」
「私、便秘の時に飲んだりしてるわ。慣れるとそこまで苦くないわよ。」
オパがそう言うとウエ〜!っとアビーが顔をしかめる。
「解毒剤って、ただの下痢止めでしょ!」
「他国には黙っておいてやる。そのかわり…わかってるな?ですって!」
エスメラルダが殿下の真似をする。
「私の国は絹の貿易料を無料にさせられたわ!」
「私の国はカカオよ!」
私の国は!と口々に言い始める。
「まあでも、ダイヤ王国に黙っててもらえたしね。」
「ダリヤ姫の事もだけど、ダイヤ王国の正妃になられたガーネット様の事も露見してしまうものね。」
「色々融通してもらってるものね。」
うんうんと頷き合う。
「今回の貿易料無料にした物ってアイリーン様の好きな物らしいわよ。」
姫たちは馬車の中でうわ〜っと顔をしかめる。
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