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「バーギン子爵とブラッドショー侯爵がつながる証拠を得るのに時間がかかってしまった。…夜会までもつれ込ませたくなかったのだが、トカゲの尻尾切りで終わらせるわけにはいかなかったのでな」

 騙され、心を操られたまま、エリザベスに告げた婚約破棄。夜会のような大勢の貴族が集まる場で王子本人に婚約破棄と新たな婚約を宣言させ、後には引けないようにする。バーギン子爵にとっては王子を逃さないため、ブラッドショー侯爵にとってはエイベルを王太子の座から引きずり下ろすため、最適の場だった。


「あの夜会で服を準備した侍女は、ブラッドショー侯爵の推薦で雇われていた者だ。事前に準備されていた服を汚し、騒ぎになっている隙に手際よくロザリー嬢のドレスに合わせた服を出した。おまえとロザリー嬢は想い合っている、そう周りに思い込ませる演出のためにな。しかし、さすがエリザベス嬢だ」

 王は笑っていたが、何故ここで突然エリザベスの名前が出てきたのかエイベルにはわからなかった。

「方法はともかく、あの場でおまえとロザリー嬢との婚約を阻止してくれた。…これには感謝しかない」


 確かにエイベルは新たな婚約を宣言するつもりだった。そういう段取りだったことは覚えている。にもかかわらずそれを実行した記憶はない。それにエリザベスが関わっている?

「どういう…、ことでしょう?」

「おまえがエリザベス嬢への婚約破棄を宣言した直後、慰謝料代わりだ、とおまえを回し蹴りで気絶させ、口を塞いだのだ。あの場で偽聖女との婚約を宣言されてしまえば、取り返しのつかないことになっていたところだ」

 回し蹴り…? あの目覚めた時の痛み、あれは、エリザベスに蹴られたせいだった?

 それくらいのことはやりかねない。あのエリザベスなら。

「ロザリー嬢にワインをかけたのも冤罪だと証明し、公爵令嬢を陥れようとした罪でその場でロザリー嬢とバーギン子爵を捕縛させ、後は王家に任せると引き渡された。実に鮮やかな手際だったよ」

 あの時のことを思い出し、王は何度もうなずいて感心した。


 もしロザリーとの婚約を宣言していたら、偽聖女だと判明次第エイベルは王家から追放されることになっていただろう。場合によってはあの北の塔が終の棲家になっていたかもしれない。王族に薬を盛るような女を選んでいたなら…。


 しかし、やむを得ない措置とはいえ、王子である自分に危害を加えて何の処罰もない訳がない。エイベルはエリザベスのその後が気になった。

「え、エリザベスは…、今、どうして」

 恐る恐る尋ねたエイベルに、王は小さく溜息をついた。

「王族を蹴り飛ばして気絶させるなど、婚約破棄の慰謝料代わりとしてもやり過ぎだ。しかもあれだけの人々の面前で王太子であるお前に悪女として婚約を破棄され、令嬢としては傷物になってしまったからな。公爵はけじめとして、エリザベス嬢を修道院に送ることにしたそうだ」


 薬で操られていたとは言え、何の罪もないエリザベスに多くの貴族達が集う夜会で婚約破棄をしてしまったのはエイベルの罪だ。全てはエイベルの責任だ。それなのにエリザベスが何故修道院に送られなければいけないのか。偽聖女との婚約という最悪のシナリオを書き換えてくれたエリザベスが…。



  エイベル様、あなたはこの国を守るんでしょう?


 夢の中で聞いたあの言葉は、婚約者になるずっと前にエリザベスが言った言葉だ。

 エリザベスはシーウェル公爵の弟の娘で、父親が亡くなり公爵家に引き取られてからは公爵令嬢パトリシアの護衛を務めていた。男の護衛と同じ制服を着てドレス姿の従姉の背後に控え、それを卑屈に思うことなく、むしろ生き生きと楽しそうにしていた。

 令嬢は皆着飾りって自分を魅力的に見せたがるものだと思っていたエイベルには理解できなかった。護衛として誰かを守り、自分は陰でいる。エリザベスはどういう気持ちでその道を選んだのだろうか。

 そのことを尋ねたエイベルに、エリザベスは笑って答えた。


  王が国を守ることと、護衛が人を守ることは、そんなに違うもの?

  私がお姉様を守るように、エイベル様、あなたはこの国を守るんでしょう?


 王太子として常に表に立ち、規律正しくあることを求められる。それを窮屈に思っていた時期だった。毛色の違う令嬢に投げかけた質問は、思いがけず自分自身に返ってきた。

 面白い奴だ。珍しくエイベルは興味を持った。


 エリザベスは隣国の王家に嫁ぐパトリシアの護衛として共に国を出ることになっていた。この国に留まることになったのは、王子であるエイベルがエリザベスに興味を持ったことを王に知られてしまったからだ。王に王子の護衛を命じられれば、公爵は喜んで引き受け、エリザベスは断りようがない。


 それからずっとエリザベスは自分のそばにいた。護衛として、やがて婚約者として、周囲におぜん立てされるままそばに置くことを拒否しなかった。乞い願いはしなかったが、それは自分の意向に沿っていた。

 エリザベスを取り込んでおきながら、この手でエリザベスを追いやり、修道院に閉じ込めることになるなど…。

 何とかしなければ。



「…簡単に騙され、操られてしまった私が、このまま王太子でいることはありませんよね」

 エイベルの質問に、王は少し間を置いた。

 今回の事件は王家にとっても厄介だった。若く直系の王位継承者が二人も巻き込まれてしまい、これからの国を思うと頭が痛いことだらけだ。

「二人がそろってこういうことになってしまったからな。我が弟ローランドを第一継承者とし、リチャードが育つのを待つ方向で検討しているが、リチャードはまだ幼い。リチャードの成長を待ちながら、おまえ達二人がどこまで挽回できるか比べてみるのも悪くないとは思っている。当面王位を譲る気はないのでね」


 エイベルは自分が王太子でなくなることを少しも恥ずかしいとは思っていなかった。むしろ、このまま王太子でいる方がよほど恥知らずに思えた。

「父上、今すぐ私を王位継承者から外してください。私はこれから修道院に攻め入ろうと思います」

 突然の突拍子もないエイベルの発言に王はあっけにとられたが、沸き起こる笑いをこらえきれなかった。

 順風満帆だった人生で、こんな大きなしくじりは初めてだろう。正気に戻った後も立ち直れないのではないかと思っていたのだが、存外たくましい反応だ。

「攻め入らずとも、今ならまだ道の途中だろう。今朝旅立ったところだと聞いている」

「今朝?」

 あれから一週間近く日が経っている。そんなに処罰が遅れるようなことがあるだろうか。あのシーウェル公爵が罰するなら容赦するわけが…

「悪評高いやらかし王子の世話は、他の者には荷が重すぎるだろうと」

「?」

 やらかし王子の世話…?

「あの心を操る薬の効果が切れると、おまえはひどく暴れだした。それを見たエリザベス嬢が『飲まない薬は押さえつけてでも飲ませろ。言うことを聞かなければ容赦なく殴れ。不敬だと言うならその罪は全て自分が被る』と言ってその場で指揮を執ってくれた。エリザベス嬢の命令で、すくんでいた衛兵もおまえを捕らえることを恐れず、キビキビと動いてくれた。おまえがまともになるまでという条件で侍女に雇い入れたんだが…」

「!!」


 どうして気がつかなかったのだろう。リジーはエリザベスじゃないか。

 今でこそ公爵令嬢として着飾り、髪型も化粧も完璧だが、ちょっと前まで髪は後ろで一つに束ね、化粧は目立たない程度、男の護衛と同じ制服で走り回っていた。自分の侍女がいなければ服装など二の次だ。

 あんな変装とも言えない姿でエリザベスのことがわからなくなっていた自分が恥ずかしかった。


 婚約破棄した後まで守られてばかりなのか。エイベルは悔しくてたまらなかった。しかし、悔しいどころではなかった。

「おまえに愛想を尽かし、もう世話はやめるそうだ。寝ぼけて抱きつきながら、他の女の名を呼ぶような男など婚約破棄されて良かったと、そう言い残して…」


 エイベルは即座に立ち上がると、部屋を出てエリザベスを追った。王に退室の挨拶をすることさえも忘れていた。








次回、エリザベス編


この後の結末だけ知りたい → 17話に飛ぶ

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