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 四日目、エイベルは侍女が起こしに来る前に目が覚めていた。

 聞かせたくないのかと思わせるほど小さなノック、そっと扉を開けた侍女に

「おはよう」

と声をかけると、侍女がびくりと身を震わせた。

「!!おはよっ、…ございます」

 何か悪巧みでもしているのかと疑わせるほどに驚いていたが、これまでも自分が眠っている部屋に入り、目覚まし役を務めていた相手だ。エイベルがまだ眠っていると思って気遣いながら入ってきたのだろう。


 洗顔に着替え、朝食。段取りにも慣れてきた。慣れてきたのはエイベルもだが、侍女も同じだろう。基本無表情で、小さな体で黙々と働く。

 体を拭くための湯が用意され、絞ったタオルが渡された。背中に手が届かないでいると、ためらいもせず別のタオルで背中を拭いてくれた。これにはエイベルのほうが恥ずかしくなったが、向こうが何も意識していない分下手なことも言えず、もごもごとごまかした。



 文官二人の聴取も日課のように繰り返された。はじめの二日間は向こうの言ったことに多少うなずきはしたが、ろくに話も聞かずにエイベルの方が質問攻めにし、早々に打ち切られていた。あれでは聞きたいことも聞けなかっただろう。何度も来させ、手間をかけていることをすまなく思った。


 今日も質問は再確認からはじまり、はい・いいえで答えられる簡単な質問から、少しづつ具体的に細かなことを問われるようになった。

 ここに閉じ込められるきっかけになった夜会の日のことも聞かれた。

「殿下の当日の服装は、今回の夜会のために用意された物ですか?」

「特に新しく作ったものではない。侍女が見繕ったものをそのまま着ただけだ」

「ドーギン嬢と色目を揃えていたようですが」

「いや、そんな意図はなかった。当初予定していた服は当日汚れをつけてしまったようで、急遽あれに変わった。ロザリー嬢が当日何色のドレスを着るのかも知らなかったし、ロザリー嬢もたまたまでも嬉しいと言っていた」

 文官二人は目で合図しながらメモを取った。


「夜会でシーウェル嬢ではなく、ドーギン嬢をエスコートされたのは?」

「…けんかをしたんだ。ロザリー嬢に危害を加えるのをやめろと言ったんだが、自分は知らないと言い張り、挙げ句の果てにロザリー嬢を選ぶならそれでいいと言われて」

「それにしても、婚約者でない方を夜会でエスコートするなんて…」

 若い文官が愚痴のようにつぶやき、年長の文官が制しようとしたが、話をしているうちに自分のやってきたことが褒められたものではないことを自覚した。あれほど正しいと確信していたはずなのに。

「ロザリー嬢から初めての夜会で不安だと言われ、エリザベスとけんかしたこともあって、受けてしまった。…思えば、軽率だった」


 婚約者がいるにもかかわらず他の女性をエスコートした。しかも偶然とは言え、揃えたように同系色の服を着て会場入りすれば、周りの人に誤解を与えるには充分だっただろう。むしろ、意図的に誤解を与えようとしたと勘ぐられても仕方がない。

 なぜ、そんなことにも思い至らなかったのか。

 しかし、聖女を守るためには正しいこと…

 エイベルは首を振った。

 正しいこと、だろうか?

 いや、正しいことだ。聖女を守ること、それがこの国のためになる。それには聖女と結婚し、聖女と共にこの国を…、?

 エイベルは定型文のように思いつく答えに違和感を覚えた。


 文官二人は、そこまでで聴取を終えた。

 考えるほどにズキズキと頭が痛んだ。この痛みの向こうで何かが訴えかけているような、妙な感覚にとらわれた。



 その日も聴取の後、タイミング良くお茶が出され、温かい飲み物と菓子にほっと息をついた。

「…いつもすまないな」

 侍女はエイベルから向けられた礼に驚くことはなくなったが、王城の侍女がよく見せるような愛想笑いもなかった。

「おまえ、名は何という」

 ふと気になって尋ねると、ずいぶん不審そうな目で

「侍女の名前なんて聞いてどうするんです?」

と聞き返してきた。

「いや、別に…。世話をしてくれる者の名前も知らなかったと思って…」

 沈黙の気まずさに、エイベルが口を開いたのと変わらないタイミングで

「言いたくなければ」

「リジー」

 重なった言葉に、聞こえた名は不確かだった。

「ん?」

「…リ・ジ・イ」

 問い返され、やけくそのように再度自分の名を名乗ると、足早に侍女はいなくなった。

 男の上半身裸を見ても平気だったくせに、何故か自分の名を名乗って赤くなっている。妙なやつだ、とエイベルは笑みを浮かべていた。



 その日の夕食の後は、医者からもらった薬はあったが、あのまずい濃緑色の薬はなかった。

 ようやく飲まなくて済むようになったことに安心し、飲みやすい薬だけを口にして、ろうそくが消えてしまう前にベッドに入ったが、なかなか眠気が訪れなかった。あのまずい薬には眠りに誘導する効果があったのだろう。長く眠れない不快感の後、うとろうとろとまどろむ中、夢に現れたのは聖女ロザリーだった。ずいぶん久しぶりの登場に思えた。


  エイベル様、私を守って 怖いわ

  エイベル様、エリザベス様がまた私にいじわるするの

  エイベル様、私、聖女としてずっとあなたのそばにいたいわ

  エイベル様…


 シトリンのような目がまぶしいほどに光る。あの目から熱い想いが流れ込んでくる。

 そうだ。ロザリー。ロザリーを、聖女を守ってやらなければ。


  エイベル様、あなたは私を守るのよ?

  あなたは私のことが好きでしょう?

  あなたは王太子様、みんなを正しく導かなくちゃ

  あなたは王様になるんだもの、何をやっても正しいのよ


「…リー」


  私を守って

  どんな手を使ってでも


 ロザリーの声に混ざって聞こえる鼻歌。昔聞いた懐かしい曲。手に触れた温かさ。ぎゅっと握ると握り返してきた。


  エイベル様、あなたはこの国を守るんでしょう?


 そうだ。守る約束は「誰か」ではなかった。あの言葉は…

 握られた手を引き寄せると、その手の先にあるものが胸の中に落ちてきた。

 違う。ロザリーじゃない。

 そっと腕を回し、抱きしめた。

「…う、…ロザリ…、…」

 突然世界は暗転し、夢のない深い眠りに落ちていった。


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