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11 エリザベス 2

 何度か王城に出入りするうちに、エリザベスは王妃付きの女性騎士を見かけるようになった。剣を携え、颯爽と動き、男性騎士と同じ制服を着ながらも不自然さはなく、女性としての美しさを失っていない。王妃の全面的な信頼を受ける姿に、自分が目指すのはあれだと思うようになった。

「王妃様をお守りできるような騎士になるには、どうしたらいいですか?」

 エリザベスは女性騎士に尋ねると、

「それには強さはもちろん、礼儀も、教養も身につける必要があります。時にはドレスでそばに控えることだってあります。どんな姿でも戦えるよう、男性騎士とは違った特別な訓練を受けているのですよ」

 それは、エリザベスにとって衝撃的な話だった。

 令嬢としての教育を捨ててしまえばもっと楽に自分らしく生きていける、そう思っていたが、そうしたことを身につけることで自分の夢に近づけるかもしれない。

 それ以来、エリザベスは苦手意識の強かった令嬢としての礼儀作法を積極的に学ぶようになった。マナーや所作を身につけるだけにとどまらず、パトリシアからお古のドレスをもらい受け、あえて動きにくい格好で剣技や格闘技を鍛えることも怠らなかった。

 目標は将来王妃になると噂されているパトリシアの護衛になること。パトリシアもエリザベスの夢を応援してくれた。


 城の中にも知り合いが増えていった。

 王城に同行してもパトリシアだけが呼ばれることも多く、パトリシアから自由にしていいと言われると護衛騎士の詰所に行って見学し、時には服を着替えて剣の指導を受けることもあった。女性騎士からも様々な話を聞かせてもらい、剣の筋も良かったエリザベスは王城の女性騎士を目指さないかと勧誘されることもあった。

 やがてエリザベスはパトリシアの正式な護衛として認められた。公爵家の護衛の服を身にまとい、城内で帯剣することが許されるようになった。



 パトリシアが忘れ物をし、代わりにエリザベスが応接室に取りに戻った時、たまたま王子エイベルと出くわした。王妃の護衛以外で女性が護衛についているのを見たことがなかったエイベルは、その姿に興味を引かれた。

「おまえは、パトリシア嬢の…」

 王子から話しかけられると思わなかったエリザベスは、少し慌てながらも懸命に平静を装い、

「つたないながらも護衛を務めております」

と答えて、とりあえず礼だ、と頭を下げた。すぐにいなくなるだろうと思っていたのに、足を止めたままの王子に内心うわーっと思い、早くいなくなることを祈りながらそのまま頭を下げ続けた。しかしエイベルは立ち去ることなく、質問をしてきた。

「女性の身で護衛でいるとは…。女性は華やかな表舞台を好むものだと思っていたが、誰かを守り、陰でいるのはどういう気持ちなのだろうか」

 その質問を投げかけたエイベルは、特段貶むような様子もなく、至って真面目な顔をしていた。エリザベスは特に考えもせず、思ったままに答えた。

「王が国を守ることと、護衛が人を守ることは、そんなに違うものですか? 私がお姉様を守るように、エイベル様、あなたはこの国を守るのでしょう?」

「…そうか。どちらも変わらない…か」

 何に納得したのかはわからなかったが、エイベルはいなくなってくれた。エリザベスはほっとして、馬車で待っているパトリシアの元へ足早に戻っていった。


 その日の夕食の席で、エイベルは名前も覚えていないパトリシアの護衛の話をした。

 エイベルが女性のことを話題に出すのは珍しく、父王に

「気に入ったのか?」

と聞かれたが、エイベルは

「令嬢が自ら護衛の道を選んだことに、少々興味を持っただけです」

と答えただけだった。



 その後、パトリシアは王太子の婚約者候補から外れた。

 この国に留学に来ていたソレイユ国の第三王子ヨハネスに見初められ、パトリシア自身も自分より年若く話も続かない王太子よりも、一つ年上の他国の王子が魅力的に思えたようだ。自国の王家ではないにせよ、公爵家にとっては願ってもない良縁だった。


「シーウェル公爵から、パトリシア嬢をおまえの婚約者候補から辞退させたいと申し入れがあった。ソレイユ国のヨハネス殿下から婚約の打診があったそうだ。両国の友好を考慮すれば喜ばしい縁だ。申し入れを認めようと思うが、異議はあるか?」

 父王から問われたエイベルは間を置くことなく

「いえ、ありません」

と答えた。嬉しそうでも残念そうでもなく、候補者の一人がいなくなるだけ。他にもまだ候補者はおり、その中から将来王妃になる者が決められる事に変わりはない。その様子はまるで人ごとだった。

「エリザベス嬢も同行するそうだ。王城の女性騎士に欲しかったのだがな」

 残念そうに笑う父王の言葉に、エイベルはパトリシアの時にはなかった驚きを見せ、

「そうですか。…ソレイユ国に行ってしまうのか」

とつぶやいたが、すぐに表情を消した。

「手元に置きたいか?」

 父王の問いの裏も読まず、

「優秀な人材と聞いてましたので、国からいなくなるのを惜しいと思っただけです」

と月並みな回答をしたが、これがエリザベスの運命を変えることになった。



 エリザベスはパトリシアの護衛として共にソレイユ国に行くのを楽しみにしていて、その準備も進んでいたのだが、出国前に公爵とパトリシアと共に王への挨拶に同行した時、王直々に王子の護衛をしてみないかと声をかけられた。

 王子の護衛役などエリザベスの想定にはなかった。

 自分より屈強な護衛なら他にいくらでもいる。男性が苦手な令嬢もいるし、女性しか入れないところでも警備の必要はある。数少ない女性の護衛はそういう人のためにつくべきだし、何よりパトリシアの護衛はようやく叶えたエリザベスの第一希望だ。

 しかし、王からの問いかけは事実上命令と同義だ。伯父である公爵が引き受ければ、エリザベスの意向など関係ない。予想通り公爵は引き受け、パトリシアも別れを惜しむどころか王に乞われたことを名誉だと喜び、祝ってくれた。

 かくしてエリザベスは国に残り、王太子エイベルの護衛になることが決まった。引き受けるうえで、特に必要のある時を除き、他の護衛と同じ制服でいることを要望したが、すんなりと認められた。


 王城で王家の一員の側付となるため、エリザベスは伯父の養女となり、公爵令嬢を名乗ることになった。威厳も優雅さもパトリシアの足元にも及ばない、名前だけの令嬢だ。

 前代未聞の王子付の女性護衛に公爵令嬢の肩書き。王太子妃を狙う令嬢達からは護衛とは名ばかりの抜け駆けだと疑惑の目を向けられた。姫であれば女性の護衛がつくことも考えられるが、どうして自分が王子の護衛に選ばれたのか。エリザベス自身にも理解できなかった。

 王子とは仕事上の関係で、特に目をかけられている訳でもない。制服を着た姿が色っぽいわけでもなく、他の護衛と同じく王子からは一定の距離を置き、呼ばれれば犬のように追いかけ、他の護衛と同様に荷物だって運ぶ。そんな姿を見せるうちに令嬢達からのやっかみは消えていった。


 王城でエリザベスに助けられた令嬢から礼状の形を取ったファンレターが届くこともあり、その親から令嬢の護衛役を打診されることもあったが、エリザベスが望んだところで王家と公爵家を敵に回してまで引き抜こうとする者はいなかった。エリザベスは王家から望まれる限り、王子の護衛でいなければいけなかった。


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