果たせなかった約束 第五話
四月。私は高校に入学した。同じ中学出身の子もいたけれど、同じクラスにはならなかった。それでも、新しく友達ができた。
中園藍は、出席番号順の席で、私の前に座っていた。藍は物怖じせずに誰とでも、仲良くできるタイプだ。入学して初めての昼休みを迎えた時、「一緒にお弁当食べない?」と声をかけてくれたのだった。それをきっかけに仲良くなった。
さっぱりした性格の藍は、他校に同い年の彼氏がいて、たまにその話を聞いた。
「唯子は付き合ってる人とか、好きな人はいないの?」そう訊かれた時、言葉に詰まった。潤南のことを話すかどうか迷った。でも、結局話さなかった。
――潤南はどうしてる?
というメールの返事は、とうとう来なかった。それは、もう、繋がりがなくなったということにちがいない。
「いない」と答えると、藍は「そっか」と言った。ちょっと嫌な言い方になったかな、と藍の様子を伺うと、何も気にしていないように藍は話を続けた。
「今日、幼なじみと一緒に帰ろって約束してるんだけど、唯子も一緒に帰らない?」
***
その日初めて藍の幼馴染の陵介君と会った。二人は幼稚園からの付き合いらしく、仲が良かった。私にも幼馴染はいたけれど、小学校卒業以来会っていない。だから、二人の関係が羨ましくもあった。
陵介君は自転車通学をしていた。藍は私と同じ電車通学だったから、その距離を陵介君は自転車で通っていることになる。
三人でとりとめのない会話をしながら、駅へ向かう。それが意外に盛り上がり、駅前のファーストフード店に寄り道した。友達とこんな風に、お店に入って寄り道するなんて、いかにも高校生らしくて嬉しかった。
ドリンクに入っていた氷が、すっかり溶けてしまうくらいの時間、三人で盛り上がった。それぞれのクラスの話、藍の彼氏の話、陵介君はいい奴なのにモテないという藍の主張……いくらでも話すことはあった。
そして、「さすがに帰らないとマズイんじゃない?」と陵介君が言ったのをきっかけに、私達は重い腰を上げたのだった。
その日以来、毎日のように三人で帰るようになった。たまに寄り道をしたり、休みの日に映画を観に行ったりもした。放課後を三人で過ごすことが、当たり前になっていた。その日も、もうすぐ始まる、高校初の定期テストについて話しながら、駅に向かった。
「今日はもう行かないと」
駅に着き、三人の足が止まった時に藍が言った。
「デート?」と、すかさず陵介君が訊く。
「だったらいいんだけどね。ちがうよ。塾の申し込み」
藍はため息をつきながら言う。
「えー! 真面目!」と茶化す陵介君を、藍はきっと睨む。でも、本気で怒っていないのはわかる。そんな二人のやりとりを聞いているのは楽しい。
「じゃあね。行くわ」
藍は改札をくぐって行った。
***
残った私達は、駅前の花壇に腰掛け、少し話をした。
「唯子は塾タイプ? 自分でやるタイプ?」と、陵介君が訊く。「中学から通ってる塾に、何となく続けて通ってる」と言うと「二人とも、すげー」と陵介君は笑った。それにつられて私も笑う。
電車がホームに入ってくる音がした。それに紛れるように、陵介君が言った。
「一緒に帰らない?」
「え?」と驚いた声を上げると、陵介君は立ち上がり、自転車の側まで行き、荷台をぽんぽんと叩いた。
これって漫画で見たことあるやつだ……と思いながら、私は陵介君のカッターシャツに掴まった。本当は二人乗りはいけないと思うけど、してはいけないことをするスリル感と、漫画のような展開とが合わさって、私はドキドキしていた。
その日以来、藍が塾に行く日は、二人乗りで帰るようになった。自転車で風を切りながら二人で話す。そして、陵介君がとても誠実だということがわかった。私が話すことを、全て否定せずに聞いてくれる。でも、聞いてばかりではなく、自分の考えも言ってくれる。
だから、潤南のことも話していた。藍には話さなかったのに。
「唯子は悪くないと思うよ」そう言われたことで救われた。
***
そんな風に二人で帰る日が、日常になった頃。藍から言われた。「陵介、唯子のことが好きだよ」と。
相談をされたのだと。一目惚れしたと。
私はどこかで陵介君が、好意を持ってくれていたらいいのにな、と期待していた。だから、それを聞いて嬉しかった。
そして潤南に以前言われた言葉を思い出した。
――唯子は好きなヤツできた? それなら俺のことはもういいよ。
陵介君と二人で帰るようになってから、潤南のことを考える時間は減っていた。それでも、どこかで、潤南を待っていた。でも、陵介君が私を好きだと言ってくれるなら、もう、潤南とのことは思い出にしようと思った。
藍から話を聞いた三日後、二人で帰っている時に、告白された。これからは、陵介君の側にいる。その日、家に帰ってから、最後のメールを潤南に送った。
――今までありがとう。潤南と出会えてよかった。元気でね。
その言葉を送信した後、なぜか涙が溢れた。
――絶対帰ってくるから待ってて。
私達はお互いに約束を果たせなかった。
でも、私は今の世界で生きていかないといけない。今、側にいてくれる友達。好きだと言ってくれる陵介君。そう、私の側には大切な人がたくさんいる。だから、今日で潤南のことを思い出すのは、最後にする。
***
桜の花びらが、くるくる舞い落ちる。陵介君の隣を歩くことにも、大分慣れてきた。
「陵介君。私を好きになってくれてありがとう」
そんな言葉が口をついて出ていた。それを聞いて陵介君は目を丸くする。
「どうしたの。急に」
そう言って、耳まで真っ赤になっている。それを見て愛おしい気持ちになる。私は陵介君が好きだ。顔を上げると、やわらかい水色の空が、どこまでも広がっていた。