果たせななかった約束 第二話
暖冬の影響か、その年は桜の開花が早くも発表された。
滑り台の中に隠れながら、お互いの思いを伝え合った日から、しばらく経った頃。潤南は三日ほど欠席した。
心配になりながらも、私は潤南が登校するのを待った。そして週明け、久しぶりに潤南の姿を教室に見つけた時は、ほっとした。顔色も良かったし、体調を崩していたとしても、すっかり元気になったんだなと思えた。
授業が終わり、久しぶりに並んで一緒に帰る。潤南が右足を庇うようにして、歩いているのが気になった。でも、前に「成長痛で足が痛い」と話していたし、「足大丈夫?」と、わざわざ訊くのも気が引けた。
それよりも、隣に好きな人がいるということは、こんなにも幸せなことなんだ、と実感できることに、私は喜びを感じていた。いつものように、学校のことや来年のクラス替えのことを話した。
クラス替えの話になった途端、潤南の話し方に淀みが見られた。
それが気になっていると、
「唯子に言わないといけないことがある」
と、突然潤南が切り出した。その言葉を聞いて、よくない話なのではないかと不安になる。
――もう好きじゃない
とか
――一緒に帰るのやめよう
とか
「急なんだけど、引っ越すことになったんだ。親の仕事の都合で」
その言葉を聞いて動揺する。もう好きじゃない、と言われるよりはマシだと思いつつも、会えなくなるという絶望感に見舞われる。でも、
「いつ? いつ引っ越すの?」
と意外と普通の質問が口をついて出た。
「来週の月曜日」
そんな急に?
今日が木曜日だから、明日しか会えない。嘘だ。嫌だ。
私の心の内を見透かしたのか、潤南は小さな紙切れを差し出した。
「携帯買ってもらったんだ。だから番号とアドレス」
それを受け取る。そこに書いてある数字や英字を使えば、これからも潤南とは繋がれる。そう思うとことで、気持ちを落ち着けようとしている自分がいた。
***
最後の金曜日は、いつもより長い時間二人で話をした。そう、いつもの公園で。公園に植っている桜の木は、だいぶん花を咲かせていた。
上を向くと、ピンク色の花の向こうに青い空が見えた。
「いつでも、電話やメールして」
「うん。高校になったら、私も絶対、携帯買ってもらうから。それまでは、お姉ちゃんにお願いして、パソコン借りてメールするね」
「うん。絶対帰って来るから、待ってて。こっちに帰って来れるように頑張る」
――頑張る?
私の怪訝そうな様子を察して「親にこっち戻りたいってお願いするから」と潤南は言い直した。ちょっと引っかかりを感じながらも私は「待ってるね」と返した。
そして、私達は別れた。
家に向いながら、急に寂しさが込み上げてきた。電話で声を聞くことができても、メールでやりとりができても、会えない。そのことが寂しかった。
***
潤南と離れ離れになり、三年生になった。受験生だ。潤南は「絶対帰って来る」と言ったけれど、本当に帰って来るのだろうか。高校はどこに進学するのだろう。
それが気になり、ある日、姉にパソコンを借りてメールで訊いてみた。
私には五歳上の大学一年の姉がいる。「引越した友達にメールがしたいから、パソコン貸して」と言うと、意外にもすんなり貸してくれた。そのこともあって、潤南とは定期的にメールのやり取りをしていた。
――潤南が帰って来れたら、同じ高校に行けたらいいな
そう送った。
――俺もそう思う
と返信がきた。
思ったよりも、そっけない返事で、ちょっと悲しくなる。やっぱり帰って来るなんて無理なんじゃないか、そんな風に思う。
進級してから仲のいい友達が増えたし、毎日が楽しい。でも、切なかった。
私は学校のことを話した。潤南はそれに対して相槌を打ったり、質問をしてくれた。一度潤南に
――新しい学校はどう?
と訊いてみたことがある。それに対して
――別に普通だよ
と返ってきて以降、潤南には学校生活のことを聞けないでいる。その話題に触れられることを、嫌がっているように思えたから。
もしかしたら潤南は新しい学校で、友達もでき、好きな子ができたんじゃないだろうか。そんな風に思うようになった。
***
それでも私は潤南が好きだった。「絶対帰って来るから、待ってて」という言葉を信じていた。嫌がられないように、様子を伺いながらメールを送り続けた。
潤南からの返信がある度、私の心は踊った。今日は学校のことを話してくれるんじゃないか、もしかしたら、そっちに遊びに行くよ、と言ってくれるんじゃないか。
毎回、そんな淡い期待をした。でも、それが現実になることはなかった。
――今日も何もすることなく、一日終わった
――暇だー!!
潤南からはそんなメールが来ていた。時には何て返事をすればいいのか迷った。それでも、潤南と距離ができてしまわないように、
――私も毎日同じことの繰り返しだよ
と共感するような返事をした。潤南に会いたい。その思いが消えることはなかった。