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果たせなかった約束   作者: はやはや
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第一話

 私には忘れられない人がいる。隣で自転車を押して歩いている陵介君には言えないけれど。

 彼と会えなくなって、この春で丸二年。一日たりとも彼のことを忘れたことがない。

 爽やかな風が、グラウンド沿いに植えられた桜の木を揺らす。淡いピンクの花びらが、ひらひらと舞う。

「すげー。花吹雪」陵介君はそう言って、笑顔を見せる。それに対して、私も笑顔を返す。今、私は幸せだ。だから、もう忘れよう。そう思うのに、こうやって桜の花を見ると、その決心が揺らいでしまう。

 彼と離れ離れになったのも、こんな風に桜が満開の頃だった。


***


 中学二年生の時、私、双瀬唯子ふたせゆいこは、永田潤南ながたじゅんなに出会った。小学校はちがったから、二年生で同じクラスになり、互いのことを知った。


 二学期に同じ係をしたことが、仲良くなったきっかけだった。通っていた中学には、〝朝学あさがく〟という時間が、始業前にあった。その時にA5サイズのプリント学習をする。

 五教科が日替わりで用意される。潤南と私は、そのプリントの管理をする係だった。管理といっても、一ヶ月分のプリントを月初めに職員室にもらいに行き、教室の棚に入れる。毎朝、棚からそれを出して配り、生徒の解答が記入されたものを回収して担任に渡す、というだけの仕事だ。

 それでも、毎日のことだったから面倒な係だった。プリントをもらいに行く時に話すようになり、すぐに仲良くなった。

 幼なじみ以外で、こんなに仲良くできる男の子ができるなんて思ってもみなかった。


 潤南はバスケ部に入っていたけれど、三学期が始まって辞めた。どうやら成長痛が酷いらしく、足の痛みが辛いようで仕方なく退部したのだった。

 私はもともと帰宅部だったので、潤南が部活を辞めてからは、自然と一緒に帰るようになった。途中まで通学路が一緒だったのだ。


 私の家は、学校の南側に広がる住宅街にあった。潤南が住むマンションは、その住宅街から一本道路を挟んだところにあった。近所なのに、その一本の道路を境に、小学校の校区は別になるのだった。

 帰りながらいろんな話をした。友達のこと、勉強のこと、高校のこと、好きなアーティストのこと。

 そのうち帰り道だけでは時間が足りず、潤南のマンションの裏にある公園に寄り道して、そこで話をするようになった。そしてある日、「好きなんだ」と告白された。

 私も潤南に好意を持っていたから、その言葉は、すごく嬉しかった。「私も好きだよ」と即答したほどだ。そういうことがあり、私達は両思いになったのだった。


***


 互いに好きだと気持ちを伝え合ってから、毎日一緒に帰った。友達に「永田君といい感じだね」と探りを入れられても、あいまいにはぐらかし、潤南と両思いだということは、打ち明けずにいた。

 そっとしておいて欲しかったのだ。潤南のことが好きという気持ちを、静かに育てていきたかった。


 その日も公園に寄り道して話をしていた。わいわいと騒ぎながら、何人かの男の子が公園に入ってきた。私達よりは年下に見えたので、小学生だろう。一人がサッカーボールを抱えている。

 潤南もその小学生達に目を向けた。すると、まずい! というような表情を見せるやいなや、私の腕をぐいと掴み、滑り台の方へ急ぎ足で向かう。

 その滑り台は、二つの巻貝が絡み合うような複雑な形をしていて、接続部分にちょっとした空洞部分があり、ちょうど二人か三人隠れられる。潤南は私を連れて、そこに隠れた。

「どうしたの⁈」

 驚いてそう尋ねると、潤南は「弟がいたんだ。ボール持ってる奴」と言った。弟に二人でいるところを見られるのが、恥ずかしかったのだろう。

「そんなんだ」と返事すると、潤南は困ったような表現を見せた。


 そのやりとりをした後で、今までにないくらい、互いが近い距離にいることに気づく。そのことを意識した途端、鼓動がみるみる早くなるのがわかった。潤南の息遣いまで聞こえるのだ。潤南の方を見るのが恥ずかしくて、私は膝を抱え前を向いた。そこには雨の染みがついた、薄汚れた白色の滑り台の壁が見えた。


***


 どれくらいそうして隠れていただろう。

 サッカーをしていた小学生の声が、遠ざかるのがわかった。

私はほっとすると同時に、残念な気持ちになった。潤南ともうしばらく、こうやってくっついていたい、と思ったのだ。

 潤南が体を動かし、こちらに向くのがわかった。右頬に温かさを感じた。そして気づく。潤南がキスをしてくれたことに。

嬉しさのあまり、身動きができずにいると潤南はそっと離れ、前を向いた。

「唯子のこと、ずっと好きだから。何があっても」

 その言葉が胸に響く。

「私もだよ。潤南のこと、ずっと好きでいる」

 潤南の方を見て言った。それは本当の気持ちだった。潤南の言葉も嘘だとは思えなかった。これからも、二人で一緒にいるのだと思った。

 しばらくお互いの間を沈黙が流れた。そして、沈黙を解くように潤南が言った。

「そろそろ行こう」

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