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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

はじめて

作者: あ、どうも

 落ち着かない。ずっとここにいたいと、そう願ってきたのに。

「どうしたの?」

 動けない。震えて、俯いて、ただ指先でしがみつくのが精一杯だった。

「そんなに引っ張ったら服が伸びちゃうよ」

「ごめん・・・・・・(なさい)」

 うまく発声が出来ず、ちゃんと伝わったのか分からなかった。

「何で謝るの」

 そう言いながら、腕を私の背中に回す。まぶしかった夕日がその人の体で遮られ、柔らかく暖かいものが纏わりつく。ずっとここに私がいれたらと、どれほど願っていたことか。


 幸せ。

 本当に幸せ。

 この上なく幸せ。


 それはもう、異常なほどに。


 そう、異常なんだ。こんな幸せ私には向いていない。私には幸せは似合わない。私には過ぎた代物だ。そう思うと、怖くて、不安で、どうしようもなくなる。

 ああ、駄目だ、こんな事をしていたら、嫌われてしまう。どうせ嫌われてしまうのだから同じことなのかもしれないけれど、それでも、私はその人を求めていて、求めているのに踏み出せない。自分のおかれている状況・現実が丸々矛盾していて、エラーしていて、フリーズしてしまう。


「泣かないで」


 いつの間にか泣いていた。気持ちの高ぶりのようなものがあったのではなくて、体が異常をきたして、歯止めが利かなくなって、漏れ出したようなものなんだと思う。指摘されるまで自分が泣いていることに気付かなかった。

 震えて泣きだす私をその人はギュッと抱きしめて、痛いくらいに締め付けて、涙と共に漏れ出す何かを受け止めようとしてくれていた。嬉しい。嬉しかった。嬉しすぎた。そして、また、よりいっそう不安になる。締め付けられるほどに、どこかに溜まっていた何かしら不健康なものが次から次へと漏れ出して、止まらなくて、押さえ切れなくて。


 私は崩れた。

 

 その人は私と違って明るくて、私と違って爽やかで、私と違って優しくて。みんなの憧れで、みんなに好かれていて、みんなでは無くても多くの人が思いを寄せていたのでしょう。他の方よりもその思いが強いかどうかは分からないけれども、その人のことを誰より知っているとも言えないけれど、ただ私の中で一番大きな存在であることは確かなことで、私はその人に恋焦がれている。

 その気持ちに偽りは無いけれど、現実になる覚悟なんて無かった。他に私の場所にいたいと思ってる人なんて山ほどいるだろうに、そんなこと一切考えることなくこんなところに放り出されてオロオロしている。こんな自分に相手がつとまるのだろうか、自分がここにいていいのだろうか、自分はとても罪深いことをしているのではないのか。


 その人は手で強引に私の顔を起こし、無理やりに目線をあわせる。涙でよくは見えないはずなのに、恥ずかしいはずなのに、自信が無くて見ていられないはずなのに、神々しい人知を超えた目力に抵抗できない。 

 整った顔立ちに、透き通った瞳、強い引力を感じる口元。

 

 ああ、やっぱり、その人は美しい。可愛い女の子と言うわけではないが、美しいという形容詞が最も似つかわしい女性であると思う。気高く、凛としていて、芯の強い、そんな他の追随を許さない圧倒的な美しさ。


「好きだよ、カナ」

「・・・・・・(はい)」

 言葉になっていなかったと思う。さらに顔を近づけ、唇が触れないギリギリの距離。胸の鼓動が急激に強く、速く、乱れ、熱くなる。

「初めてなんだ」

 

 えっ!?


 そんな、初めてだ何て。こんなに綺麗な人なのに、こんなに好かれている人なのに、この人が求めれば誰だってしたくなるだろうに。私なんかが。

 それに、私は・・・・・・。

「あ、あの・・・・・・」

 私は初めてじゃないんです。

「うん?」

「私は・・・・・・」


 しかも、それは男の人でした。力が強くて、少し怖くて、嫌いじゃなかったんですけど、断りきれずに。激しくて、痛くて、我慢するしかなくて。悪い人では無くて、優しい人で、愛情のがそのまま現れたことなのも分かっていたけれど、やっぱり、男の人は苦手でした。

 とても真面目で、誠実な人でしたから、申し訳が無くてお別れしたのだけれども。こんなに人を傷つけて、騙して、穢れてしまった私に、どうして、あなたの初めてがつとまるのでしょう。


「大丈夫。怖くないよ」

 ギリギリのところでその人は待っている。いっそう、潔く殺してくれれば幾分かは楽だったのかもしれない。ただただ、じっと待っている。恐らくは訪れることの無い私の準備が出来る瞬間を、優しく、いつまでも、夕日が沈んでしまっても、待っている。いつしか教室は真っ暗になっていた。


 ガタン!


「やめて! お願い! やめて・・・・・下さい」

 息が上がり、体のどこかしらが痛み、怖くて怖くて蹲った。どこかに逃げ出したくて走り出そうとする私をその人は必死に抱きかかえて止めてくれる。それはとても優しさにあふれた行為ではあるけれども、その時は暗いどこかしらへ連れ去られそうに感じられて、不安で、ただ走り去りたかった。

 華奢で病弱な私ではその人を振り切ることは出来ないのだけれども、体が悲鳴をあげるほど無理のある力を振り絞って抵抗していた。

「大丈夫だから、大丈夫だから、僕がカナを守るから」

 何から守ると言うの、悪いのは私なのに、全部私が悪いのに、悪いのは私しかいないのに。

「イヤイヤイヤイヤ!」

 奇声に近かった。狂いに狂ったその声は血が噴出すような痛く高いものだった。

「僕の目を見て」

 もはやその人の声は私には届かない。

「お願いだ、僕の目を見て」

 ・・・・・・。

「しっかりするんだ、カナ! カナ!」

 ・・・・・・・・・・・・。



 それからどれだけの時が経ったかは分からない。

 ともかく、目覚めたのは病院の別途の上だった。

 

「全くあんたって奴は」

 最初に声をかけてくれたのはさやかだ。地味で暗い私に声をかけてくれる優しい友達。

「ごめんなさい」

「何で謝ってるの」

「だって・・・・・・私のせいで」

 色々な人に迷惑をかけたから。

「あんたは気にしすぎなのよ」

 そう言うと、私が返事をする前に席を立ち、身の回りの世話をしてくれる。

 特に必要なことではなかったが、いくら言っても否定的なことしか発せられないであろうと諦めたのであろう。


 そんな会話は毎日続いた。毎日違う話をしていても、そのうち私が謝りだして止まらなくなることの繰り返しだ。最初の内はそんな言葉しか発せられなかったのではあるが、そのうち、謝ることが癖になり、他の言葉を発する自由が与えられているのに自らそれを拒み、謝ることに縛られていた。謝らなければ不安になった。随分さやかを困らせ、迷惑をかけたんだと思う。

 さやかは毎日来てくれてはいたが、その人は来なかった。寂しかったけれども、安堵も大きかった。愛しいその人をこれ以上傷つけずにすんだのだ。それだけでも少し胸の締め付けが和らいだ気がした。

 

 そんなある日。そう、いつもと同じある日、でも、さやかにとっては今日こそはと思っていたかもしれないその日は突然やっていた。いつもどおりに私がごめんなさい一辺倒になっていた時のことだ。

「確かにそうね。あんたのせいで迷惑をかけた人は沢山いる。けどね、あんたは被害者なの」

「・・・・・・そんなことないよ、彼はいい人だよ」

「・・・・・・」

「ただ少し私が・・・・・・」

「いい加減にしなさい! あんたはいつまで現実から目をそらすんだよ!」

「そんなこと」

 さやかは少し、恐らくは私が最も聞きたくないであろう、その言葉を発するのを躊躇いはしたが、しかし、留めることは出来なかった。

「あんたは塩田に襲われたの。あいつは加害者で、あんたは被害者だ」

 違う、違うの、そんなのじゃないの。

「まだ言わせる気!?」

 怖い。怖くて何も言えなかった。目をそらし、耳をふさいだ。

 しかし、さやかの声を遮ることは出来なかった。

「襲われたの。無理やり、強引に、二人係で。それなのに勝手に美化して、自分を悪役にして・・・・・・。もっと、あっしに、迷惑かけたって、頼ったって、どうしてくれたって良いんだよ。元気になるまでいくらだって」

「そんなことない、そんなことない、そんなことない」

 違うの、そうじゃない、言わないで。

「分かってないの!! あんたはレイ・・・・・・」

 やめて、嫌、聞きたくないっ!!


「そこまでだ」


 鋭くしみこむ声。内側を揺り動かす声。恋焦がれていた声。

 私を守ってくれたのはその人だった。相変らず美しいのではあるが、心持やせ細っているような気もした。

「それくらいにしてやってくれないか」

「ごめんなさい。カナも・・・・・・ごめん」

 さやかが謝ってくれる。いいの、あなたが私のために言ってくれたのが分かるから、むしろ悪いのは私だから、謝るのは本来私の方だ。でも、言葉がを話せるほどに心身は正常な状態ではなかった。 

「来るのが遅くなってごめんね。勇気が出なかったんだ」

「先輩毎日来てくれてたんだよ」

 その人は私の為に会うことを躊躇っていた。

「気付いてあげられなかった僕が悪いんだ、ごめんね。言われてすぐに大丈夫になることじゃないん、ゆっくり時間をかければ良い。カナの負担になることはしなくて良いんだ・・・・・・。でも、さやかのことは許してやってくれ。本来僕がやるべきことを全て彼女に押し付けてしまっていたんだ」

 少し控えめに、傷つかないように、優しく抱きしめられた。

「許すも何も、さやかは悪く無い」

 やっと発せられた言葉。

「ありがとう」

 感謝されるようなことは何もしていない。

「僕はカナに会いに来てもいいかな」

「・・・・・・」

「近くに居させてもらえるだけで良い。身の回りの世話をする人は居た方が良いだろう。さやかだけに任せるのは悪いとおもうんだ。僕は必要最小限のお手伝いをするだけで、あとはここに居るだけでいいから、僕に手伝わせてくれないか」

「・・・・・・」

 何とか首を動かすことで肯定の意思を示した。


 それから、その日から、さやかと交代でその人は来てくれた。少し抵抗はあったけれど、強く迫られる訳ではないので居心地は悪くなかった。たまに用事でその人やさやかが連続で来ることも会ったが、基本的には一日交代だった。

 いつしか、さやかとは普通に喋れるようになって来た。普通にというのは私が謝らなくなったと言うことだ。話題は日常の些細なお話ばかり。本当に些細なことを、二言三言話すだけ。ただ、会話の終わりにさやかが笑ってくれることが多くなった。その人とはまだあまり喋れないけれど、たまに、さやかのことについての話が出来るようになった。

 そして、また、それから暫くたって、誰も病室を訪れない日があった。別に何かあったわけではなく、二人には事前に知らされていたことだった。二人の用事が重なったらしい。その人は絶対に来ると言っていたのだが、さやかは大丈夫だからと言って、それで一人になった。もともと精神的なショックが原因だったので時が経つにつれて身の回りの事はある程度一人でも出来るようになっていた。それでも、来ることを拒まなかったのはどこかに二人に居て欲しいという思いがあったのかもしれない。一人になると妙に、本当に奇妙なことに、以前の私なら考えられないくらい落ち着いていた。


 私はレイプされたのだ。付き合っていたけど私が彼を受け入れられなかったと言うのは殆ど妄想だ。半ば強引に付き合わされて、程なくして無理やり襲われそうになって、抵抗しようとすると、大きな音がして、暗くなって、気がついたらもう一人男がいて。

 別に今更どうこうしようと言う気持ちは一切無かった。そんなことはどうでもよかった。

 ただ、あの人に捧げるべき初めてを奪われたこと・・・・・・汚されてしまったことが・・・・・・嫌だったのだろうか。そんな私は相応しくない、そんな私は適さない、そんな私は幸せになってはいけないと。それもあったのかもしれないけど一寸違う。それも凄く大きかったのかもしれないけど、今は、なぜだか、それ程大したものと感じられない。ただ・・・・・・そうだ。


 あの人が好き。

 それが揺らいでしまうのが怖かったのだ。


 男の人に乱暴にされて、だから、男嫌いになって、女の人に逃避する。レイプされたことを認めてしまうと、こう解釈するのがあまりに自然で嫌だった。そのためにその人を好きになった、その人に甘え、その人に逃げた、そう思いたくなかった。現実を受け入れてしまうと自分の一番大事な気持ちが疑われることが、怖くて、辛くて、許せなかったのだ。

 やっと、それを考えることが出来るようになった。それもこれも、さやかとその人のお陰だ。本当に迷惑をかけてしまった。だから、これからは沢山二人に恩返ししていかなくちゃいけない。迷惑をかけてもいいのは元気になるまでってさやかも言っていた。つまり、まずは元気になって、元気になったことを分かってもらわなくちゃいけない。

 

 夕日が赤く染まるころ、誰も来るはずの無い病室にノックの音。

「どうぞ」

 汗まみれで、へとへとで、息が上がっていた。

「ちょっと用事が速く終わったものだから」

 いつもは優雅な立ち振る舞いのその人が少しだけ可愛らしく見えた。

「そんな、その」

「あ、ごめん、迷惑だったかな。

 ルール違反だったね」

 勢いのまま飛び込んでしまったことを悔いるように表情が曇る。

「良いんです」

 ここは私の方から。

「嬉しかったです」

 夕日が沈むその前に。

「良かった」

 笑顔の方が何倍も美しいあなたへ。

「今も・・・・・・。

 私なんかの相手をしてくれたことも。

 告白された日も。

 一緒に登校できたことも。

 今までずっとずっと。

 キスを迫られたあの日だって・・・・・・私はずっとずっと幸せでした」

 今度こそ私の方から。

 その人の側へ。

「なのにこんなに迷惑をかけてしまって・・・・・・」

「そんなこと・・・・・・僕は」

「だから、今更こんなこと言えたことでは無いけれど」

 言わなきゃ前に進めないから。

「私はあなたが、かおり様のことが」

 こんなところで立ち止まっては駄目よ、頑張って、私。

「好き。

 大好き。

 もしこの我侭が・・・・・・」

 かおり様は最後まで言うことを許してはくれなかった。

 体は強く抱きしめられ、口は唇で塞がれていた。

 ロマンチックな夕日の中で私はかおり様とひとつになった。


 今思うと自分から名前を呼んで、好きといえたのは、かおり様が初めてだった。

 これが私の”はじめて”で”はじまり”。

 私、今、とてもとても幸せです。


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