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天才美少女と学力勝負をして勝利した結果 ~「なんでも言うことを聞かせられる」のだけれど、どんな命令をしてやろうかな~

「――浅野さん、今回も学年トップだって」


「凄いよね。普段どれだけ勉強してんだろ」


 女子の話が意図せず耳の中に入って来る。


 特に興味は感じなかった。それは僕にとって、至極当然の話だった。いや、僕らにとって、か。浅野真紀。あの天才美少女が学年一位の成績をとるだなんて。しかも一度や二度の話ではなく、今の今まで一度もその記録を破られたことがないだなんて。そんなこと、当たり前すぎて驚きも無い。


 自席に座っていた僕は、手元にある成績表を眺めてみる。そこにあったのは平凡な成績。よくも悪くも普通だ。特筆すべき点は、現代文だけが「5」という高評価を得ているところくらいか。あと、美術の成績が「2」だということ。僕は致命的にその教科が不得意だ。どれくらい苦手かといえばゴキブリと同じくらいに苦手である。


「ふぁ~あ」


 欠伸をして、伸びをした。その後。意味もなく机に突っ伏す。


 目に涙が滲み、そのままの姿勢で眼を擦った。眠気眼(ねむけまなこ)で壁がけ時計に視線を向ける。なるほど。どうやら、現在時刻は十二時半らしい。


 続いて、今しがた女子が話題にしていた少女の方に目を向ける。彼女がいるのは窓際の席。今は本を読んでいた。周りには、誰もいない。彼女は一人だ。いつも独りで、小説を読んでいる。


 読書をしている、というのには非常に交換を持てた。なぜなら僕も、本を読むのが好きだから。最近はよく推理小説を読んでいるのだが、それはまた別の話。


「…………」


 少しの間。僕は無言で浅野さんの姿を眺めていた。


 見れば見るほど、見た目の整い具合は凄い。黒い長髪。黒い目。もう七月の下旬だというのに、黒いストッキングを履いている。本を読む時の姿勢はよく、あの光景だけを切り取ってみると、良家の令嬢なのではないかと見誤ってしまいそうだ。まあ、そんな事実は無いのだが。


 彼女から視線を外し、机に顔を向ける。腕を枕代わりに寝ようかと思っていたのだけれど、その前に誰かが話しかけてきた。僕の友人だ。彼はしきりに成績の話題を持ち出して来て、その声には気だるげに返事を返す。勿論、顔を上げて。


 頭の片隅では、何故かあの天才美少女のことを考えていた。


 何か、引っかかる。友人と話している時、チラチラと浅野さんに視線を向けていると、その違和感の正体がやっと分かった――あの本だ。


 いや、小説か。この席からは表紙しか見えない。けれど、その一部分が見えればよかった。記憶の片隅にある、ナニカ。どこか覚えのある単語を手繰り寄せて、やがてその本の正体に辿り着く。


 ああ、そうか。思い出した。


「ん? どした?」


 突然黙り込んだ僕に、彼は怪訝な視線を向けてくる。


 が、今だけは気にならなかった。胸中では沸々と、妙な気持ちが湧き上がってきていたからだ。僕は感情の赴くままに、自席から立ち上がる。そして、早足で近づいていく。浅野真紀が座る席へと。


 数秒後。僕は彼女の横に立っていた。だが、こちらに関心は向けてこない。浅野さんの視線は手元の小説に固定されていて、突然現れた僕には見向きもしなかった。少しだけ、腹立たしい。そうか。君は僕なんて、眼中にないということか。

 

「おい」


 一言。


 声をかける。すると彼女はゆっくりと、僕を見上げてきた。交差する視線。その黒い目を見ていると、まるで自身の内面を覗き込まれているようだ。

 

「なぁに?」


 可憐な声が聞こえて来る。


 互いに目を合わせたまま、僕は言葉を吐き出す。激情に、駆られながら。


「また学年一位の成績をとったんだって?」


「うん、そうだね。それがどうかした?」


「……凄いな。入学してから、君はずっと上の方にいるね」


「たまたまだよ」


「謙遜するなよ。これって凄いことなんだぜ? 普段の授業では寝てるくせに、よくもまあ現状を維持できるもんだ」


「ああ、そっか。ありがとう――で、要件は? まさか、なんの用も無しに話しかけてきたわけじゃないでしょう?」


 お見通しか。


 一瞬そう思ったけれど。


「私の読書を妨害してでも、話したいことがあるんだよね?」


 違った。浅野さんはただ苛立っているだけだ。


 若干気圧されながら、僕は再び、口を開く。


「二学期の、中間テスト。その合計点数で、僕と勝負しろ」


「え? なんで? それを私が受けるメリットってあるの?」


「……理由は悔しいからだよ。中学生時代じゃ、僕は君と同じような立場だった。猛勉強して、いつもその成績を維持してきたんだ。でも、高校生になって、それが入れ替わってしまった。覚えてるか? 高校一年生の時。君の成績は学年一位で、僕の成績は学年二位だったんだぜ」


「……へぇ」


「メリットは、そうだな……「勝った方は、何でも言うことを聞かせられる」っていうのはどうだ」


「うん、いいよ」


 彼女はあっさりと承諾した。


 天才にはよくある性格だ。一度も負けたことがない。だから、自分が負けるとは欠片も思っていない。

 

「言質、とったぞ」


「まあ、どうせ私が勝つんだろうけどね」


「そうかな。やってみないと分からないよ」


「いいや、分かるよ」


 

 

 僕たちの会話は、他の人の耳にも入っていたらしい。


 勝負に関する噂はあっという間に広まって、同時に注目を集めるようになった。夏休みが始まるまでの午前授業。そして休み時間。そのたびに、視線を感じ始めていた。


 が、気にはしない。変な目で見られるのも、いつしか気にならなくなる。僕はその日から本気で勉強を始めた。隙間時間にも勉強をしたし、家庭学習の時間も増えた。全ては浅野さんに勝つ為に。すまし顔で僕を見ていたアイツの、鼻を明かす為に。

 

 そうして学生の本分をこなしていると、いつの間にか夏休みに入っていた。


 友人たちからは何度も遊びの誘いを受けていた。が、その全てを断って学業に励む。いつしか連絡は寄越されなくなり、スマートフォンの着信音も鳴らなくなる。


 僕は必死だった。これは戦争なのだ。凡人と傑人の戦い。武器は学力。戦場は学校。しかも、負ければ向こうの命令を聞かなくてはならない。負けるわけにはいかなかった。敗北は許されず、引き返せもせず。どうにか勝利を掴むべく、努力、努力、努力――。




 新学期が始まった。


 九月一日。残暑。夏の暑さは未だに大気を覆い、僕は半袖の制服を着て学校に登校する。人で一杯の電車に乗り、高校へ。歩いて教室に辿り着き、自席につく。


 その日は授業が無かった。代わりに様々な説明があったが、何を言っていたのかは覚えていない。眠かったのだ。人の話を聞けないほどに。毎日徹夜で勉強をしていたので、いつの間にか朝に弱くなっていた。


 一通りの話が終わり、下校。少し休憩した後に机へと向かい、学習を始める。


 高校一年生の春。初めて浅野さんに負けて、打ちひしがれてからは真面目に勉強をしていなかった。だが、この一ヵ月でだいぶ勘が戻って来たように感じる。これなら、勝てるかもしれない。


 いや、勝つのだ。僕は勝つ。そして命令を聞かせてやる。その一心で勉強を進めていた。モチベーションの維持なんて考える必要もない。背水の陣。僕はもう逃げられないのだ。自ら自分を追い込んで、今は崖っぷちに立たされている。少し背中を押されれば、真っ逆さまに急流に落とされ、そのまま流されてしまうだろう。


 来る決戦の日は十月十七日。


 ただの人間が、天才に挑む。


       ☆


「ね、ねぇ」


 九月二十日。


 いつものように誰とも話さず、自席で参考書を広げていた僕は、不意に話しかけられた。あの天才美少女。浅野真紀に。


「ん?」


 僕は顔を上げ、前に立つ彼女を見上げる。


 初めて視線を交わしたあの日のように、その瞬間もまた目が合った。


「勉強、頑張ってるね」


「そうだね。今必死に努力してるところだ」


「そ、そっか……へぇ。それって、今授業でやってるところ?」


「いや? もっと先のところ」


「えっ」


「……で、要件は? まさか、なんの用事も無しに話しかけてきたわけじゃないよな」


「…………」


「僕の勉強を妨害してでも、話したいことがあるんだろ?」


「ええっと……そうだ! 勝負の話! あれ、さ。やっぱり止めない?」


 一瞬。何を言われたのか、理解できなかった。


 勝負を止める? 冗談じゃない。ここまで頑張って来たのだ。今更、止めようなんて主張が通ると思っているのか。


「その要求を受け入れて、僕に何かメリットがあるのか?」


「……そっちが私の命令を聞く必要なくなる」


「今の言葉を聞いて決めた。絶対君に負けないからな。いいか? 絶対にだ!」


「…………ふ、ふん! 私こそ絶対に負けないんだから! 今からどんな命令を聞かせられるのか、楽しみに待っているといいよ!」



 

 時間が経つのは早いものだ。


 必死に知識を詰め込むこと、約二ヵ月。友達は誰も話しかけて来なくなったし、遊びに誘われなくもなった。


 代わりに起きた変化は二つある。まず、周りの人間が僕の噂をするようになった――『無謀な挑戦をしているらしい』、とか。『勝ったらどんな命令を聞かせるつもりなんだろう』、とか。中には『女子に言うこと聞かせようとしてるなんてサイテー』、なんてものもあり、苦笑する。


 そして、たまに視線を感じるようになった。 


 その方向に目を向けると、いつも浅野真紀がいる。状況から察するに、犯人は明らかに彼女だ。向こうはバレていないとでも思っているらしい。が、いくらなんでも無理があるだろう。それは。


 なぜそうしているのかは不明だ。理由はいくらでも想像がつくけれど、その真実は本人の胸の中にしか無い。無論、気にする必要もないのは分かっている。他人の評価を気にしている暇があったら、もっと別のことに思考を巡らせるべきだ。たとえば、覚えた英単語の復習とか。


 いつも無表情の浅野さん。彼女は果たして何を考えているのだろう。


 というか、僕にも変化があった。いつの間にか、いつも考えているのだ。天才美少女。浅野真紀のことを。はっ、まさかこれが恋?

 

「冗談にしては悪質だな」


 勉強中に、手を止める。


 シャープペンシルを器用に回しながら、思考する。僕は彼女が好きなのだろうか。いや違う。断言するが、僕はアイツを好きではない。


 では嫌いなのか? それも違う。僕はあの少女に嫌悪感を抱いたことは一度も無い。つまり僕は、浅野真紀を好きでも嫌いでもないのだ。いわば、他人に抱く感情と同じである。話したのは二回だけ。確かに見た目はいいが、性格などの細かい箇所に関する知識は持ち合わせていなかった。


「……あと一日、か」


 明日。


 中間テストが行われる。高校二年生の学習範囲だ。今まで受けてきたテストの中でも難易度は特に高い。


 けれど、きっと浅野さんなら。軽く満点近い点数をとるはずだ。そうでなければ彼女ではない。きっと別の誰かだろう。僕は、そんな怪物に勝たなければならないのである。考えれば考えるだけ、自身が無くなって来た。本当に勝てるのか? あの天才に?


「……絶対勝つ」


 勝たなければならない。


 勝たなければ。勝たなければ。高校一年生の春の、焼き直しだ。僕が二位で、彼女が一位。数字が一つ違うだけでも、そこには巨大な壁が存在している。


 不安に思う必要はない。貴重な夏休みの時間まで使って努力してきたのだ。勝てない道理など、ないはず。


「よし」


 今日はもう寝よう。


 睡眠不足は集中力を奪い、下手をすれば敗北に繋がる可能性がある。それは駄目だ。絶対に。僕は、なんとしてでも勝たなければならないのだ。

 


 

 時間はあっという間に過ぎ去っていく。


 春かと思えば夏になり、夏かと思えば秋になる。秋かと思った時には、きっと冬になっているのだろう。


 時の流れは残酷だ。考えてみれば、最近は時間の感覚が早くなっているような気がする。子供時代よりも、更に早く。風の噂で聞いた話では、人間は年をとると時間感覚が早くなっていくらしいが、もしかするとこれがそうなのか。


 


 とにかく。


 中間テストが、終わった。


 後は結果を待つだけだ。


       ☆


「っしゃああああああっ!!」


 一週間後。


 僕は自席で喝采を上げていた。周りの人からギョッとした視線を向けられるが、構うものか。ニヤニヤとした笑みを浮かべ、項垂れている浅野さんに近づいていく。


 向こうは歩み寄って来る僕に気づいたようで、青ざめた表情を向けてきた。実に愉快だ。高笑いでもしたい気分だった。そう、僕は長い戦いに勝利したのである。僕が学年一位。彼女が――僕以下の成績をとったのだ。


 僕は席に座る浅野さんを見下ろしながら、無言で成績表を見せた。

 

「どうだ見たか! これが僕の実力だッ!!」


「…………」


「で? 君は何位なんだ?」


「……学年、二位」


「そっかぁ! つまり僕に負けたわけだ! さぁ! 約束だよなぁ!? 何でも僕の言うことを聞いてもらおうか!!」


「くっ……! 殺せ……っ!」


 女騎士かよ。


「わ、私ができる範囲で、だからね? とんでもないことを無理矢理聞かせるのは勘弁してよ?」


「それは僕の裁量次第だな。だって、「何でも」言うことを聞かせられるんだぜ? さて、何をしてもらおうかな」


「ひいっ!」


 愉悦。


 楽しくて仕方ない。今まで興味も抱かれていなかった天才少女が、今や僕の言うことを何でも聞くというのだ。ニヤニヤが止まらなかった。


 ……というか、なんだ。浅野さんの性格ってこんなんだっけ? 僕の印象ではクール系女子だったのだが。いや、ひょっとするとこれが本来の姿なのか。今まで彼女が誰かと話しているところを見たことがなかったから、気づかなかった。まあ、どうでもいいのだけれど。


「うわー……」


「サイテー」


「なぁ、アイツってあんなクズだったっけ?」


「たった三ヵ月の間に何があった……」


 周囲の人間の声がする。うるせぇ! 少しは余韻に浸らせろ!


 そうして、心に若干の傷を負っていると。浅野さんは真っ青になりながら、言葉を紡ぐ。


「あ、あのっ! 土下座とか敗北宣言とか、そういう屈辱的なことはせめて! せめて誰もいないところでやらせて! あと、むしり取るようなお金なんてない! あとあとっ! その、えっと、いわゆるそーいう要求とかも勘弁してほしいっていうか――」



「――《鏡館の殺人》」



「…………え?」


「持ってるだろ? あれ、貸して欲しいんだ」




 その後。


 僕は静まり返った教室の中で、自身の意図を語り始めた。


       ☆


「七月の下旬……成績表を出された時。僕は君が、《鏡館の殺人》を読んでいるのを目撃した。知ってるか? あれって、今じゃ手に入れるのも難しい伝説の推理小説なんだぜ」


「当時の僕は、どうにかしてそれを手に入れようとしていた。でも、ずっと手に入れられなかった。その矢先にあんなものを見せられたら、どんな手を使ってでも手に入れたくなったのさ」


「だから咄嗟に考えたんだよ。どうすれば君から、《鏡館の殺人》を借りれるか。まず大前提として、僕と君は話したことがほとんどない。だから気軽に「本を貸して欲しい」なんて言えるわけがない。それなのに、君にあんな高圧的な態度をとるっていうのは実におかしな話だけれど、それは一置いておく」


「けど、どうしても読みたい。読みたくて仕方ない――で、考えた。今回の勝負をね」


「話の流れでああいうことになった。君はそう思ったのかもしれないけど、実はあれ、そう言う流れになるように僕が仕組んだんだ」


「元々そういう勝負をしようと思っていた」


「そこからは必死に努力したよ。なんとしてでも《鏡館の殺人》を読みたかったからね。夏休みのほとんどを勉強に費やした。自分の為の時間を削った。で、この結果を掴み取ったわけだ」



「というわけで、《鏡館の殺人》を貸して欲しい。勿論、拒否するなんて言わないよな? だって、「何でも言うことを聞いてくれる」っていうんだから」


 

       ☆


 こんな会話があった。 


「いやー面白かった! 貸してくれてありがとう!」


「どういたしまして……あの、さ」


「ん?」


「私、あんな勝負を挑まなくても、本くらい貸してあげたよ?」


「あの時の僕には、とてもそうは思えなかったなぁ。そう申し出たら「は? なんで?」って冷たい声を返されるって言う未来しか見えなかった」


「ふぅん……変なの」


「変なのが僕さ」


「…………次のテスト」


「え?」


「また、勝負しようよ」


「……い、いやぁ。流石にちょっと無理だよ。今回のテストで、いろんなものを犠牲にしたんだ。せめて少しは休ませ――」


「え? してくれないの? 私はちゃんと戦って、しかも言うことを聞いてあげたのに?」


「あれ、君が調子に乗ってただけだろ」


「ち、違うし!」


「いーや違わないね! あの時の浅野さんは「私が負けるわけないし」って顔してた!」


「とにかく! 受けるの!? 受けないの!?」


「…………しょうがないなぁ。で? 仮に僕が負けたとして、その時にはどんな命令をするつもりなんだ?」



「――私のこと、名前で呼ばせる」



 

 







 

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