第38話 潜入の帰り道で……
その後、必要な書類をストレージに収めてからこの地下室までやって来た道順をそのまま逆に辿って戻る道中で、静かな貴族屋敷には似合わない少女の泣き声を聞いた気がした。
これほど大きな貴族屋敷では内装材に防音性能が高い建材が多く使用されており、その上で防音結界まで施してあるのが普通なので、オレが今聞いた少女の声は気のせいだと思ったのだが、どうもそうでは無かったらしい。
以前と違って盗賊スキルに賢者の魔法が合わさったおかげで、普通の探知スキルでは感知出来ないくらい微弱な音や光の波長を感覚的に捉える事が出来るようになっていたのを思い出す。
オレはよせばいいのに声が聞こえた方向へと進み、また別の地下室へと続く薄暗い階段を一歩、また一歩と慎重に下って行く。
この辺りは警護兵の巡回ルートから外されていたのか、途中に屋敷で働く者と出会わなかったのは運が良かったと言える。
その部屋の前に着いて中の様子を伺う前に廊下の両方を確認し、この付近に誰も居ない事を確かめる。
オレみたいに気配を遮断していても赤外線センサーなどの仕組みを知ってる現代世界人なら、この異世界の者とは違った角度から相手を察知する方法をスキルとして編みだす事が出来る。
それ以外にも人族や亜人種の耳には聞こえない高周波の超音波を作り出し、戻って来た波の形によって実際の地形や建物の構造が判るスキルを賢者が作っていたので、その術式を元に映像化を行い光学迷彩を探知を実現する方法も考案済みだから、相手がこれらと同等の技術を持っていた場合も想定して、ここは慎重に行動しておく。
オレは辺りに人が居ない事を入念に確認してから、扉の表面に耳を当てて中の様子を探るが、この部屋の中からは誰の声も聞こえてこない。
でも確かにこの部屋の中から『しくしく』と声を殺して啜り泣く少女の声が頭の中に直接聞こえて来るが、そこに人が居る気配はほとんどしない。
いつもならこういった類のモノは罠だと考えて絶対に手を出す事は無いのだが、オレはこの部屋の中に居るであろう相手に思い当たるフシがあったので、ここで見なかった事には出来なかった。
オレたちのように異世界からやって来た者には言語スキルが付与されていて、この異世界で一般的に話されている言語であれば大抵の場合は自動翻訳されて理解する事が出来る。
だから話してる相手がエルフでもドワーフでも、更に言えば魔族であったとしても言語による意思疎通が可能な能力を与えられてから、この異世界へと送り込まれている。
それでも相手の話を良く聞いていれば、伝わってくる感じとか雰囲気でどの種族の言葉なのか、慣れてくれば自ずと判るようになる。
そう言ったこれまでの経験から判断すると、この扉の向こうに居る人物には心当たりがあったのだ。
この微弱な気配はともすれば見逃してしまいそうになるレベルのもので、そうと知っていなければ犬や猫などの愛玩動物の反応と間違えてしまうだろう。
そしてあのか細い声は彼女の身体が小さい事に由来するもので、そればかりは先天的要素なので相手を責める訳にはいかない。
オレは扉に掛けられている封印と魔法鍵を解除してゆっくりと中へ忍び込んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その部屋の中はこの上にある貴族屋敷の大きさから考えると不自然なくらいに広く、壁に掛けられた魔導灯がテラテラと仄かに室内を照らし出している。
壁も床も、そして天井までもが全て石造りとなっており、壁には一面のケージが並んでいてその中には様々な種属の子供たちが囚われていた。
その子供たちの身体にケガなどは無く、また栄養失調などの兆候も見られないが、子供たちの首には”隷属環”と呼ばれる黒い金属製の首輪が嵌められている事から犯罪臭がプンプンする。
それとケージの床面には血を拭き取ったような跡が所々に見受けられ、清潔に保つよう努力はしているようだが清掃が十分に追いついていない事が判る。
多くの子供たちが所狭しと押し込まれているのに話し声が聞こえて来ないのは、そこに居る子供たちがみんな薬で眠らされているから。
そんな寝息以外に何も聞こえない空間の中で「しくしく」と声を殺して泣いている少女の姿を探す。
そして壁にケージがいっぱい並んだその中に、たった一つだけ中に居る子供のサイズが小さくて人族や亜人種とは違う生き物を閉じ込めたものがあり、少女の泣き声はここから聞こえて来たのだと判った。
オレの正面にあるケージの中には一匹(?)のピクシーが捕らえられていた。
「だれ?」
オレは静かに音を立てずそのケージへと歩み寄る。
「わたしのなきごえがうるかいから、ころしにきたの?」
オレは彼女が閉じ込められているケージの扉に手を当てて、その部分に掛けられていた封印と魔法鍵を静かに解除する。
「もう大丈夫だ。ここから出してやるから村へ帰るんだ」
「あなたはだれ?」
「昔、お前たちの村で世話になった者だ。今からその恩を返したいので、オレを信じてついて来てくれないか?」
「ほんとう? わかった。あなたをしんじる」
ピクシーは妖精族でエルフたちと同じ分類にされているが、この者たちはより精霊に近い存在で普通なら人族なんかに捕まえられる訳など無い。
そんなピクシーをどうやって手に入れたのかまでは知らないが、ここの貴族の関係者には彼女たちを捕まえられる程の実力者が関わっていると言う事になる。
それとピクシーは声帯で話すのではなく念話で話しているから、この閉鎖された空間のオレにも聞こえたのだろう。
オレはピクシーをコートの内ポケットに入れて部屋から出ようとしたが、知らないうちに魔法鍵が復旧していたので警戒を強めた。
「キサマ、ナニモノだ?」
声がしたのは部屋の中央で、振り向けばそこに一人の男が立っていた。
「名乗るほどの者ではないよ」
心の中で転移魔法を起動させようと念じてみるが何も起こらない。こう言った何かを隠しておきたい秘密の部屋には転移を阻害する術式が施されている事が良くあるので別に驚いたりはしない。
その男の容姿は紛れも無く魔族のもので、彼の側頭部から捻れたヒツジのような角と褐色の肌に包まれた筋肉はかなりの実力者である事を伺わせた。
「あのひと、こわい」
「オレの方が強いから大丈夫だ」
「もうイチドきく、キサマはナニモノだ」
「こんな秘密の部屋に忍び込むなんて盗賊以外に無いだろ?」
「ただのネズミにワレがホドコシタ、マホウジョウがトかれてなるものか」
男が右手をオレの方に向けて電撃を放つ。
「何するんだよ、当たったら痛いだろうが!」
オレは内ポケットにいるピクシーが無事な事を確かめてから、部屋の隅へと移動する。
「このヘヤには、どこにもニゲバなどナい、カンネンするのだ」
部屋の中央に立ったままの魔族から少しでも距離を取りたいと考え、オレは部屋の隅から隅へと素早く移動してヤツの電撃を避け続ける。
このまま戦闘になっても大丈夫だとは思うが、オレが周囲を警戒している中で堂々と現れた魔族の実力が見えず、このまま様子を見る。
「ちょこまかとすばしこいネズミめ!」
「そんな攻撃じゃネズミすら殺せないぞ?」
魔族なんて種族としての強さにあぐらをかいてるヤツばかりだから、自分たちが日頃から見下してる人族なんかに目の前をチョロチョロ逃げ回られたらプライドが傷つくのだろう。
今もムキになって電撃を放ち続けるが、ムキになればなるほど威力は増しても肝心の狙いが大雑把になれば、もはや掠る事もなく楽々と回避が成功して行く。
それにオレもただ逃げてるだけじゃない。
この部屋に転移を阻害する術式か魔法陣が仕込まれているなら、この部屋の形から四隅にそれがあると予想出来る。
4つ角にある封印術式のうち、1つだけ潰しても残りの3つが三角形となり効力が残るはずなので、最低でも2つの術式を破壊するため部屋の中を逃げ回っていたのだ。
こうしておけば、もし魔男以外に増援が現れても転移で逃げる事が出来る。
またオレくらいベテランの盗賊になれば、実際に手を触れなくても対象として認識したものを盗んでストレージの中へ送る事が出来るのだが、オレへの怒りで我を忘れて電撃を撃ちまくってる魔族の男にはそれを察する余裕が無い。
ま、この状況へと追い込んだ時点でオレの勝利は確定したも同然なのだが、何故この貴族屋敷に魔族が居るのかその理由が知りたかった。
オレは室内に仕掛けられていた術式を破壊し終わってから男に向けて手を伸ばす。
「それほど電撃が好きなら自分で体験してみるがいい!」
それまで魔族の男が放つ電撃が「バリバリ!」と音を立てる程度のモノだったのに対し、(走りながら心の中で詠唱を済ませた)オレが放った電撃魔法はまるで光の洪水みたいなエフェクトによって視界一面がホワイトアウトし、天空から稲妻の柱が落ちて来たかのような大音響が「ゴゴォーーン!!」と室内に響き渡る。
「な、ナン、だと…………」
大量の光が消えた後には、全身を高圧電流で焼かれて黒焦げとなった魔族の男が倒れており、そいつの身体を中心にして床に緑色の血溜まりが広がっていく。
「ようやく大人しくなったな。部屋にあった転移阻害の術式も潰したし、こいつを連れて一旦街の外へ出るか」
オレは危篤状態となった魔族の首を無造作に掴み、この地下室から転移魔術を発動させた。
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