第36話 二人の部下とその後
「えー、隊長なんで私たち留守番なんですか? 私も連れて行って下さい! 絶対お役に立ちますから!」
「え~、ハルトさん。どうして魔術師の私が身体を鍛えなきゃいけないんですか?」
ロイヤルガストで部下たち二人に朝食を奢ってから訓練場へと戻り、今夜にでも例の軍閥貴族の屋敷へと潜入するつもりだと告げた。
アイシャは騎士として優れた資質を持っているが、彼女は正面から堂々と敵を討ち倒す類の能力に優れていると言う事で、それは必ずしも相手に気付かれずに奇襲したり、気配を消して潜み続けるのが得意と言う意味ではない。
それとエミリアについてだが、彼女には今後も得意とする魔術を重点的に鍛えて貰い専門職として極めて欲しいと考えてるが、今のままでは基礎となる身体能力が低すぎて単独行動をさせるにはかなりの不安が残る。
オレが率いる盗賊団に今後も在籍させるなら、最低でもこの前ここを襲って来た10人程度の不審者を返り討ちに出来る程度の実力は持っていて欲しい。
なのでアイシャにエミリアの教育担当となって貰い、これまで通りの訓練を二人で行って貰うよう頼んでおいた。
「アイシャはせめて隠密行動が出来るようになるまで、エミリアはオレとアイシャから遅れず走れるようになるまでの間は基礎訓練を続けて貰う。もし結果が出なければずっと訓練場のままかも『知れん』が、これも『試練』だと思って頑張ってくれ。あと、ここ笑うところなんだが……面白くなかったみたいだな。すまん」
もう春先だと言うのにオレの隠された能力によって王城の一部、それも訓練場の会議室と言う限定された空間の気温が体感で5度ほど下がってしまったが、この寒い空気に気がつかないフリをしながら二人の部下を屋外訓練場へと誘った。
「とりあえず朝の続きだが、オレとアイシャが打ち稽古をしている間は訓練場にある白線の周りを走っててくれ」
「了解です!」と元気良く木剣を手に駆け出して行くアイシャとは対照的に、「ふぁ~い」とやる気が無さそうにてくてく歩いて行くエミリアの姿を見ていると何故か少し笑いそうになる。
「スキありです!」
すると、まだ木剣すら手にしていない状況なのにアイシャがいきなり斬り掛かってきた。
「ブォン!」と風を斬る音を小さく響かせての一撃はなかなかのモノで、この斬撃を受け損ねてしまえば先日の不審者たちと同じ末路を辿る事となるが、アイシャの振りはまだ甘い。
こちらがまだ準備していない状況で一瞬も躊躇う事無く振り抜いた事は盗賊として高評価に値するが、まだ気配を完全には消しきれておらず剣撃音の後ろから剣本体が追いかけて来る程度であれば、その音を聞いてからでも迎撃が間に合ってしまう。
オレは盗賊特有の速さに特化した身体能力を生かして、アイシャが木剣を振り抜いてる刹那の時間に、その剣撃よりも速く、そして風の摩擦音すら立てずにアイシャが踏み込んだ軸足を真横からオレの足で払ってやる。
ズザザーー!!
アイシャが両手で握った木剣を振り下ろした態勢のまま、足首に受けた衝撃によって頭から転がり咄嗟に片手と両足を使って受身を取る。
「まだ行けます! もう一本お願いします!!」
アイシャは騎士としてこれまでも自分に厳しく鍛えてきただろうし、また剣の才能にも恵まれていたと評価されていたが、彼女の本当の才能とは今見せてくれたように、ひた向きな努力を続けられる真面目な性格にあると感じている。
「アイシャ、これからは全ての行動をもっと静かに、そしてもっと速く行えるようになって欲しい」
「はい、がんばります!」
そしてアイシャを相手に20本ほど打込みを行いながらエミリアが走ってる様子を見守っていたが、彼女の体力の無さは致命的だった。
訓練場にある白線が引かれた走行用トラックの長さは1周が400メートルきっちりに測ってあるのだが、エミリアはまだ3周目に入ったばかりだと言うのに、もう普通に歩くのより遅くなっていた。
「エミリア、もっと飛ばせ。そんな体力では話にならないぞ」
「え~、そんなこと言われても、私は頭脳系労働担当なのでこれで勘弁してくださぃ」
魔術師団に所属する者たちは自分たちが希少な恩恵を授かっており、それを理由に身体を動かす仕事を敬遠する傾向があるのは理解してるつもりだ。
だがオレが長を務めるこの部隊は少数精鋭のまま組織するつもりなので、エミリアが魔術を行使する際に必ずしも彼女を守るタンク役を配置出来るとは限らないし、実際に今の3人でそれは無理だ。
なのでエミリアにはこの自主練で基礎体力の向上に取り組んで貰うつもりだったのだが、今の彼女の様子を見ている限りだと自主的には無理だと判断した。
なので、アイシャにはここで素振りをさせておいて、オレがエミリアについて彼女が自分から走ろうと考えるように仕向けるには何か一工夫必要なのだが、何か良いアイデアは無いだろうか?




