第34話 二人の部下と訓練場で
カティア王女が訓練場へとやって来てエミリアの配属が決定した翌日。この日もオレはアイシャより早く出勤して、早朝から自主練を始めていた。
まだ暗いうちに柔軟体操とストレッチを行い体調に問題が無いか確認していると、アイシャも訓練場に到着して更衣室へと駆け込んで行く。
彼女がトレーニングウェアに着替えて戻って来るのを待って、柔軟体操をさせてから王都の街中を軽くランニングするのだが、この時間になってもまだエミリアは姿を見せていない。
そう言えばオレとアイシャはこれまで出勤時刻なんて意識して来なかったから、まだ多くの人が眠っているこの時間に配属されたばかりの部下を連れてトレーニングしても良かったのだろうか?
オレは今から10年ほど昔に、この国には『労働基準法』が必要だと学んだはずなのに、気がつけばまだ10代の少女に自分と同じブラックな生活サイクルを強要していたのかも知れないと気づいた。
「アイシャ、お前は明日から8時出勤にしよう」
「な、何故ですか?」
オレはエミリアがここに配属されて3人になり、これからも人が増えて行く事を踏まえて、組織として勤怠管理をする必要性が出てきた事を走りながらアイシャに説明する。
「隊長はどうされるのですか?」
「オレか……オレはいつも通りに自主練を続けるつもりだけど?」
「それなら私もご一緒させて下さい」
「手当は付かないぞ?」
「これまでも付いてないじゃないですか。それに私も身体を動かすのが好きなので、隊長と一緒に自主練がしたいな~って。ダメでしょうか?」
そう言われてみれば、これまで数ヶ月の間ずっと一緒に早朝から夜分まで自主練をやっていたので疑問に思わなかったが、アイシャがそれを続けたいと望むのならそれを止めさせる理由にはならない。
彼女が自身の身体を鍛える事は回り回って部隊の為になる訳だし、今度カティア王女に会った時にでも相談してみるか。
もしそれが却下されたとしても、朝早くから真面目に訓練しているアイシャに対して、何かしてやれる事はないか考えてみる。
「隊長、今日は週末ですので、いつもの素振り1000本の後に打ち稽古をお願いします」
「ああ、わかった。今日もアイシャがどれくらい強くなったのかオレに見せてくれ」
「はい、がんばります!」
『ヒュン、ヒュン』と木剣が風を切り裂く音が二重にも四重にも重なって辺りに響き渡るのは、この訓練場の外周には気休め程度の高さの塀があり、その壁面に反響する事で響く音が重なり共振現象が起こっている。
これまでずっと一人で、そしてここ数ヶ月はアイシャと二人で自主練を続けて来たが、これから人が増えて行くとしたら勤怠管理以外にも、訓練メニューなんかも見直す必要があるかも知れないな。
「訓練メニューはこのままで良いと思います!」
「でもエミリアみたいな魔術師系の人には、オレたちと同じ体育会系メニューは少しキツイんじゃないかと思ってさ」
「いえ、隊長の訓練メニューは間違っていません。それにここは魔術師団ではなく盗賊団なのですから、現場で走り続ける体力が無ければ世界一の盗賊には成れません」
そうか、オレはてっきりアイシャが目指してるのは騎士だと思っていたのだが、それは思い過ごしというやつだったのだろうか。
「新しく団の仲間となったエミリアさんの指導は、ぜひ私に任せて頂けないでしょうか?」
アイシャもそこそこ強くなってるし、彼女も他の誰かを指導する事によって更なる自身のレベルアップを考えているみたいなので、ここは任せてみても良いだろう。
「そうだな、基礎メニューはアイシャに任せても良いだろう。但し、エミリアはこれまで座学を中心に訓練してきた人だから、最初のうちは身体に負担が少ないメニューで頼む」
「はい、お任せください!」
アイシャの笑顔を見る度に心が癒やされる思いがするのは、オレが彼女から見て大分歳が離れた非恋愛対象のアンパイだと自覚してるからだろうな。
恋とか愛とは違う、かと言って親子とか友人でも無いが、こうしてオッサンになってしまったオレの側で、まだ若くこれから人生が始まるであろう彼女の将来を見守って行きたい。
そんな感情を何と呼べば良いのかオレはまだ知らない。
「おはようございます」
素振りを終えてこれから実践方式の打ち稽古を始めようとしていたら、眠そうな目をこすりながらエミリアが出勤して来た。
「おはよう」
「おはようございます!」
これまで魔術師団しか知らないエミリアに、いきなり木剣での実践練習などさせる訳にはいかないので、彼女には訓練場の端に設けられた魔術練習用スペースへ移動して貰おうと考えていたのだが、アイシャから二人の打ち稽古を見学して貰ってはどうかと提案されて、それも良いかと思い承諾した。
「へぇ~、やっぱこの騎士団でも実践練習をするのね。ハルトさんが強いのは知ってるけどアイシャさんの実力もなかなかですね」
アイシャの実力を知らないとエミリアは言う。だが忘れて貰っては困るが昨夜の不審者(決して暗殺者ではない)は、もしオレとアイシャが彼女の護衛していなければ、エミリアを拉致するだけの実力があったはずなんだけどな。
「打ち稽古をしてから朝食を食べに街まで走りに行こう」
「了解です!」
「え、朝っぱらから走るの?!」
「何を言ってるんですかエミリアさん、走れない盗賊など戦場で何の役にも立たないじゃないですか?」
「え、盗賊って何なの、それに盗賊が戦場に行っちゃダメでしょ?!」
「エミリアさんが以前に所属されてた魔術師団ではどうか存じ上げませんが、ここにはここのルールがあるのです。それでも、この部隊最弱の私程度には動いて頂かないと話になりませんからね!」
エミリアの教導を任せたアイシャの言う通り、これからオレたちの部隊が担う任務においては、彼女が今まで経験して来たように騎士団にガッチリガードされた、固定砲台みたいな戦い方では生き残って行くのは難しい。
それにオレたちの部隊はエミリア本人を加えたとしてもまだ3人しか居ないので、彼女を守る為にオレかアイシャが動けなくなると戦力が大きく低下してしまう。
そんな事情もあってエミリアには最低でも走って踊れる魔術師を目指して貰うが、その上で自分の身を守れるくらいの強さは必要で、それは敵に接近された時にオレかアイシャが駆けつけるまでの時間を、自分一人だけで生き延びてくれないと彼女の生命が危うい。
「それとエミリア、お前はまだ王女から聞いてないかも知れないが、ここは魔術師団じゃないぞ?」
「はい私もそれは判ってます、だって隊長とアイシャさんは魔術師ではありませんから。それに私はこれまでも騎士団の皆様と一緒に訓練や作戦に従事して参りましたので、この新しい騎士団でも自分の役割をちゃんと熟して見せます」
「だから、違うんだ……」
「違いますね……」
「何が違うと言うのですか?」
「だからエミリアが配属されたこの組織は騎士団じゃない、多分カティア王女が言い忘れたんだとい思うが、ここは盗賊団なんだ」
「え、盗賊団って?」
「そう、盗賊団だ」
「はい、盗賊団です!」
エミリア、だからそんな情けない顔をしないでくれ。これでもれっきとした王家直属組織で、発起人兼顧問を第二王女が務める立派な王立組織なんだから。
「もしかして、いや、もしかしなくてもドッキリか何かなんですよね? 頼むからそうだと言って下さい!」
「やっぱそうなるよな」
「やっぱりそうなりますよね」
やはりオレたちの予想通りカティア王女はエミリアに詳しく説明せずに移籍の話を持ちかけたようだ。
彼女にも魔術師として目指す高みはあったと思うが、もう移籍処理は進んでいるだろうからこのまま頑張って貰うしかない。
それにエミリアが居てくれれば、魔法が苦手なアイシャを補う形で部隊を編成する事が出来るから、ここで逃がしてしまうのは少し惜しい気がする。
(オレが他人に対して「惜しい」とか何言ってんだろ)
だからオレがエミリアにこの組織が必要となった経緯を説明する。
オレたちは魔王無き今の異世界から争いの種を全て盗むことで、先ず最初は国内にある無数の問題の中から、合法的には解決が望めない案件を優先的に片付けて行く必要があり、それは世界戦争に王国が巻き込まれる前にケリを付けておかなくてはならない。
その為には騎士団や魔術師団と言った表に出せる組織とは別に、一応は表の組織の体裁を整えつつ裏でも動ける情報組織が必要となり、その白羽の矢が立ったのがオレたちだったと言う訳だ。
ただ間違えてはいけないのは、オレたちの組織が完全に裏に徹するのでは無いと言う事で、外国で良く聞くような『暗部』とはまた違った働きを求められているのだと言うこと。
その”求められる働き”の中にはアイシャの過去とエミリアの両親の事件も含まれており、今夜にも忍び込もうと考えている軍閥貴族の屋敷には、彼女たち二人に関係する記録書類があるはずだと睨んでいる。
「とりあえずわかりました。いいえ、よくわからないのがわかりました」
「判って貰えて何よりだ」
「エミリアさん、これからも宜しくです!」
こうしてエミリアに納得(?)して貰えたので今日の予定を話し合ってみようと考え、そう言えばアイシャがまだ朝食を食べていなかった事を思い出し、3人でこの近くにある『ロイヤルガスト』へと向かった。




