第32話 エミリア拉致事件【4】
傭兵ギルドは冒険者ギルドとは違って、ガチの戦場とか護衛なんかを請け負ってる組合組織で、冒険者ギルドとの大きな違いは対人戦を専門としたメンバーが多く所属しているのが特徴だ。
それでエミリアが不思議に思っているのは何故そんな所へ暗殺者っぽい不審者を連れて行くのかだが 、本来の運命で彼女を襲撃する者たちがそこから派遣されて来た事を知ってるからだ。
あと今となっては知らない者が多くなったが、『暗殺ギルド』は魔王大戦の頃まで別の名前で呼ばれており、元々は『盗賊ギルド』だった。
そう、盗賊ギルドとは勇者パーティの為に、異世界の各地に点在する数多の地下迷宮の中から伝説の武具を効率良く回収したり、また魔族どもの動きをいち早く察知するためにオレたちが組織したギルドだ。
あれからオレたち勇者パーティが魔王城へ旅立った後、あのまま放置して行ったから組織はそのまま自然消滅すると考えていたのだが、オレが帰還した後もしぶとく生き残り、非合法な仕事も請け負うようになっていた。だが、この異世界で生きる意味を失くしていたオレは特に何もしなかった。関心が無かったとも言う。
そして王国が戦時から平常に戻り街の警察機能が回復してくると、表向きの仕事を請け負う『傭兵ギルド』と、裏でしか請け負えない『暗殺ギルド』に別れた事になっているが、そのトップは今も暗殺ギルドの代表者が総ギルド長として務めているのは知っている。
アイシャが御す公用馬車が傭兵ギルドの正面で停車してから、オレは不審者を引き摺り出して建物の正面玄関へと入って行く。エミリアとアイシャはオレの後ろからついて来てるな。
「ギルド総責任者のキースをここへ呼べ!」
オレがそう言うと受付に居たスキンヘッドのオッサン(オレよりオッサンと言う意味)に知り合いを呼ぶように頼む。
「どこの馬の骨か知らんが、ここを何処だと思ってる。それにギルド長はキースなんて名前じゃない。直ぐに出て行かないならケガでは済まんさんぞ?」
「傭兵ギルド長じゃない、総ギルド長だ。それとも暗殺ギルド長と言った方が良かったか? どうせヤツの事だ、今もこのホールを執務室から監視してるはず。何なら直接出向いてやっても良いがどうする? おい聞こえてるかキース。このオッサンがケガでは済まないそうだが本当にそれで良いんだな? 5秒しか待たないから早く出てこい、あと4、3……」
その瞬間、受付の奥にある事務室の中から、もの凄い速さで黒い影が飛び出して来た。
「バババババ、バッカモーーン!!! このお方をどなたと心得る!! この方こそ我らがあんsa……傭兵ギルドの創設者にして、永世名誉顧問のハルト様なるぞ!! 一同頭が高い!! 控えるのだ!!」
するとキースの怒鳴り声に従ってホールに居た職員たちが一斉に頭を下げるが、その者たちの頭を叩き倒して床へこすり付けて回り、まだ事情を飲み込めていない傭兵たちを更に後ろから膝裏を蹴飛ばして強制的に土下座姿勢を取らせて行くのはオレのかつての後輩。
そう言えばオレより5つくらい年下で、オレと同じ盗賊職だったキースが組織の面倒を見てその後も頑張っていたと知ってはいたが、実際にこうして顔を会わすのは15年ぶりになる。
「そ、それで兄貴、今日はどういった御用でこちらへ?」
「用はこいつだ。まさか知らないとは言わないよな?」
オレは不審者のリーダーをキースに差し出す。
「すいやせん、オイラも最近は少し偉くなっちまいましてね。末端の者全員までは把握してないでやんす。オイ、そこのハゲ、お前だ。直ぐにこいつのチームを洗って俺様に報告しろ。いいか、今直ぐにだ!!」
理由も聞かずに対応してくれるなら異論は無い、オレも思い入れのあるこの場所を好き好んで壊したくはないからな。
「それで兄貴、こいつが何か仕出かしちまいましたか?」
オレはこの男が隣に居るエミリアを拉致しようとして彼女を護衛していたオレたちに襲いかかって来た事を告げると、ホールに居た職員以外の傭兵たちを退室させた。
「え、こいつバカなんすか?! よりによって伝説の暗殺者である兄貴を暗殺しようとするなんて……」
ちょっと待て、いつオレが伝説の暗殺者とやらになったんだ? 全く覚えが無いぞ。断じてない。オレは正真正銘の盗賊だったはずだ。
「いやだな~兄貴、あの頃の仲間はみんな判ってますって。聖女様に惚れているから出来るだけクリーンなイメージを大切にしていただけで、兄貴が気配も無くいきなり近づいて背後から急所を一撃なんて暗殺者以外に出来る訳ないっしょ。それでもご本人が【盗賊】だと言い張るから、みんなそう合わせていただけっすから……」
あの頃のオレは勇者と聖騎士の二人に比べて腕力などの筋力ステータスが劣っていたので、真正面から戦うより気配を消して急所のみを狙った方が効率が良かっただけなんだよ。
オレも出来るなら勇者や聖騎士のように正々堂々と戦って相手を討ち負かす事に憧れてはいたんだ。
それとオレが聖女に何だって? そっちの方が更にオレの心に突き刺さるが、今となってはどれほど懐かしんでも戻れない過去に心が押しつぶされるような感覚を覚える。
確かにオレを含めた勇者パーティ全員が聖女に気があったのは認める。但し聖騎士、お前だけはダメだ。あいつの場合は聖女に関わらず広い意味で大きなオッパイ美女が大好きなOP星人だったからな。
そんなオレの大切な思い出を軽く傷付けてくれたキースに対して、オレは自分でも自覚しないうちに殺気を滲ませていたようだ。
「兄貴、落ちついて下せぇ! 聖女様も兄貴の事をお好きだと伺ってやしたから、オイラてっきり……」
「てっきり何なんだ、頭をポッキリしていいなら話を聞いてやるぞ?」
聖女がオレの事を好きだと言ったのは仲間として『好き』と言う意味で、事実として勇者パーティの全員(但し聖騎士を除く)が聖女の事を大切にしていたし、彼女も皆の事が好きだと公言していた。
オレは失ってしまったモノの大きさを思い出し、更に機嫌が悪くなって行くのが自分でも判った。
「キース様、その男はとある貴族から魔術師の拉致を依頼された者です!」
するとキースがその男を蹴り飛ばして怒り出す。
「どうして襲撃する前にターゲットの事をもっと良く調べておかないんすか! これだからポっと出の仕事人は信用出来ないんでやんすよ!」
それでも男はモゴモゴと何か言い訳をしていたみたいだが、王城でも端にある寂れた訓練場で閑職についている中年なんか眼中に無かったらしい。
「バカモンがー!! そんなの兄貴ほどの御仁であれば、普段からお前たちのような非合法の輩を待ち受けて、罠で嵌め殺すなんて慈善事業の一つだと気付けよこのカスが!!」
ちょっと待て、何だその怖い事前事業とやらは……。
「兄貴くらいになれば、俺様たちが束になっても敵わないなんて見れば判るだろ!! 何? 兄貴じゃなくて、あそこに居る若い女にやられただと?! 更に悪いわ!!」
これ以上キースに喋らせるとエミリアとアイシャにオレの黒い歴史がバラされそうなので、その前に今日の本題へと話題を戻す。
「それでコイツに依頼を出した貴族が知りたい。実はそれが誰なのかはもう判ってるが、それでも証拠の裏を取りたい。教えてくれるよな?」
「お、教えるも何も兄貴は立派な関係者ですぜ? 何からギルド資料室へ行って全て見て貰っても構いやせんがどうしやす?」
オレは先ほどこのホールへ入って来た職員から数枚の書類を手渡され、そこに依頼者である軍閥貴族傘下の下っ端貴族のそのまた雇われ騎士だと思われる名前を見つける。
正式な依頼書に書いてある名前は偽名だったがその後ろに重ねてあった調査書には、依頼した者の本名、身分、所属、職位、住所、家族構成など必要だと考えられる情報が全て網羅されていた。
この書類があればカティア王女はさぞ喜ぶだろう。
オレは男をキースに渡して後の事を任せると同時に、まだ訓練場の牢屋に10人以上捕まえている事を明かして不審者ども全員を引き取るように言っておいた。
「兄貴、もう帰るでやんすか? 10年以上も会ってないすから久しぶりに今夜は一杯どうすか?」
オレは引き止めようとするかつての後輩の誘いを断り、今夜のうちにやっておかなくてはならない用事が出来たと告げて傭兵ギルドを後にする。
その後、傭兵ギルドと暗殺ギルドの全員に、王城の端にある訓練場とその関係者には間違っても手を出さないようにと通告が行き渡る事になる。




