第25話 隊長のヤボ用【1】
訓練場でアイシャと別れた後、夜になるのを待ってからオレは騎士団の統括本部がある王城内へと潜入していた。
オレが勇者パーティだった過去を明かせば、先代国王がくれた契約のメダルを使用して正式な手続きを踏まえてこの場所まで来る事は出来るのだが、元現代人で何でもネットで手早くパパっと済ませていたせいか、お貴族様の役所仕事で許可が下りるまで何日も待つのは性に合わなかった。
だからと言って、この国が決めた法律を正々堂々と破って無下にすれば、日頃からオレの事を良く思っていない貴族どもが鬼の首を獲ろうとして何かして来るのも面倒だ。
それに先代とは違って今の国王はオレの完全な味方と言う訳では無いから、オレの立場が危うくなればその影響は部下のアイシャにまで及んでしまうだろう。
だがオレの本職は盗賊で、それも魔王城にすら侵入可能なレベルなので、例え警備が厳重だとされる王城内へ忍び込んだとしても発見されるような事態にはならないはずだ。
王城内では盗賊スキルで足音を消しつつ認識阻害スキルも併用して気配も消す。
それから更に念を入れて聖属性にあった光系魔法を応用した光学迷彩魔法も同時に発動させておけば、この王城内どころか異世界全体を見渡してもオレを感知する事が出来る者など神以外には存在しないだろう。
壁に掛けられた魔導灯に照らされただけの薄暗い王城の廊下でも、盗賊が持つ暗視スキルを使用すれば昼間と変わらないくらい鮮明な視界を確保して進む事が可能となる。
途中で何人か場内を巡回する当番の騎士ともすれ違ったが、彼ら程度の者であればその鼻先を指で摘まんでやっても何をされたのか直ぐには判らないだろう。
オレが今向かっているのは騎士団統括本部の奥にある作戦資料室。
アイシャの小隊が全滅したのは今から三ヶ月くらい前だったと思うので、その当時の記録なら既に整理されてここに保管されているはずだ。
けっこうな重要施設なのに魔法鍵が使用されていないのは、この部屋に保管されている資料がほぼ毎日必要となるので、扉を開閉する度にいちいち施錠なんかしてられないと言うのがその理由だったりする。
本当に笑いが出るくらい杜撰な管理がされているのは昔と何も変わらない。
重要な資料を保管する部屋なのに、扉にある三つの錠前も実際に施錠されているのは一番上のものだけなのは当時と同じだ。
この錠もこちらの異世界であれば精密加工された機械式錠と言った認識が一般的だが、元の世界で見たモノと比べたら安物のシリンダー錠以下の代物で、オレからすれば掛けないよりマシな程度でしかない。
そして室内へと侵入し最初に目に飛び込んで来るのは大量に積み上げられた資料保管箱の山。
それは最早"山"と呼べるレベルでは無く、最低でも"山脈"とか"霊峰"と呼ぶのが相応しいほどの威容を讃えているが、オレは書類の山を見ただけで蕁麻疹が出るほどのアレルギー体質なので、目的のブツを早く回収してこの部屋からオサラバする為に賢者の力を使う。
これも昔話で申し訳ないが、オレたち勇者パーティが魔王討伐の旅に出る前に、過去の戦いの記録を元に魔王軍の戦力解析をするためこの部屋に入った事がある。
最初のうちは一人で頑張っていた勇者だったが、いつまで経っても戻って来ないので聖女が様子を見に行ったかと思えば、その後直ぐに残りのメンバー全員が召集された。
あの頃のオレたちはこちらの異世界文字を覚えたばかりだったので、箱に記載されている文字を辿々しく読み進めながら一つ一つ手作業で進めて行ったのだが、そろそろお腹がすいてきたのか聖女の機嫌が目に見えて悪化して行った。
あの時は一早くその異変を察知した勇者が直ぐに厨房へランチの手配をしてくれたので事無きを得たが、オレを含めた残り三名のメンバーは刻々と迫り来る審判の時をただ震えて祈る事しかできなかった。
確かあの事件があってからパーティメンバーたちは勇気を持って行動してくれた彼の事を、本当の意味で心から"勇者'と呼べるようになった気がする。
こうして最初の危機を乗り越えたオレたち勇者パーティだったが、このまま夕方になってしまえば聖女の夕食とシャワーをどうするのかと言う名の第二の災厄が訪れるのを待つしかない。
先ほどは勇者の勇気ある行動によって救われた我々の命運が再び危機に瀕してしまう前に、何としてもこれらの記録を整理して必要な内容をまとめ切ってしまわなければならなかった。
そこで聖女がお花を摘みに行った僅かな時間に皆で集まって対策を話し合った。
目下のところオレたちが最も危惧しているのは、お淑やかな見た目に反して導火線が短い聖女の事で、もし夕方から夜にかけて”ディナー&シャワー”の大型イベントを乗り切ったとしても、その次に訪れる”お休みタイム”にまで作業継続が必要となるなら、彼女のお肌の健康にはとても悪そうなので先に寝て欲しいのだが、ヘンなところで生真面目な聖女は自分だけ寝るのを良しとしない非常に面倒くさい性格をしている。
かと言って明日から一週間の間は王都周辺にある地下迷宮で騎士団との合同訓練が予定されているので、睡眠時間を削った状態でそれに参加するのは別の意味で拙い。
資料室の中で男四人が顔を付き合わせ「あーでもない」「こーでもない」と現代世界のようなブレーンストーミングのような会議が踊るだけで結論が出ない。
そんな時、ふと元の世界にあった「検索エンジン」を魔法で再現出来ないだろうか? と言うアイデアにたどり着く。
つまり、この室内にある紙と羊皮紙に書かれたインクを抽出してOCRで文字を認識し、その文字情報から特定の意味をを持つ文字列を言葉として拾い出す事さえ出来れば、特定のワードを検索してヒットした書類だけを選び出す事が可能となる。
そして手元に集まった書類の内容を要約して数値などのデータを抜き出せば、これまで戦ってきた魔族と人族の戦力分析が出来ると考えたのだ。
最終的にその魔法は完成し、多大な労力を払わずに目的の資料を集める事に成功するのだが、それには聖女を含めた全員でアイデアを出し合いながら新しいプログラムを作り上げる合宿みたいな感じになり、結局誰もが翌朝になるまで徹夜した事にすら気づかなかった。
勿論だが徹夜明けで騎士団と合流する段階になり、着の身着のままだった聖女が急に予定をドタキャンすると言い出して困ったのだが、何故か騎士団長からは笑顔で一発了承された。
話が脱線してしまったが、あの時に賢者の彼が創り出した書類検索魔法はオレが受け継いだ魔法の中に今もある。なので、それを使って三ヶ月前頃の日付で隣国のリョハン大王国との戦闘記録を検索すれば大した手間はかからないはず。
ちなみにリョハン大王国と名乗ってはいるが、この国はシナジア教国の属国でまともな騎士団など持ってはいない小国だ。
そして検索にヒットした資料の枚数が少なかったおかげで、目的の情報は直ぐに見つかった。
だがアイシャが所属していた西方騎士団の第八小隊のワードを元に、彼女が参加していた記録を探すのだが、その記述内容が不自然なくらい少なかった。
仮にも21名もの騎士と従士がほぼ全滅したにも関わらず”生存者1名の他は”死者20名”とだけ記載されていたが、彼女から聞いた話だと5名の行方不明者がまだ居たはずなんだけどな。
それなのに作戦修了後まだ三ヶ月しか経ってない今の状況で、行方不明者全員を死亡扱いするのは判断が早すぎる。
この紛争に派遣された司令官はアコース・ゲビリッシュ子爵か。
ゲビリッシュ家と言えば、以前にアイシャを誘拐しようとして失敗したボヤージュ侯爵家の寄り子貴族だったはず。
自分の息子が公の場で恥をかかされた恨みを持っていた軍閥貴族が、傘下の貴族に命じてアイシャ小隊を敵前面に進ませるくらいにはこの国の貴族どもは腐っている。
アイシャ小隊は騎兵だったので、敵部隊と接敵しないまま突出してしまったとしてもおかしくは無いが、彼女たちが帰隊するルートに重装歩兵が密集隊形で待ち構えていたのは敵部隊の展開速度が不自然すぎる。
乗っていた騎馬を潰されて徒士での撤退を強いられる状況となった中、アイシャが帰隊して意識を回復した時、現場からの報告ではまだ5名の部下が行方不明だと実際に聞いており、その隊員たちの行方が彼女の心に突き刺さって抜けない棘となり今も心を傷付けている。
これだけ判ればもう十分だろう。
この作戦はアイシャの小隊を潰す事が目的で、もしかしたらリョハン大王国とも繋がっている可能性が高い。
あの国とは文化的に理解し合う事が難しく、なるべく付き合いたくない隣国のはずなのだが、その後ろにシナジア教国というもっと大きな国の影が見え隠れしている以上は完全に無視する訳にも行かないのが現状なのだろう。
ゲビリッシュ子爵の館の場所を調べてみると西方騎士団のある西区の近くにあった。
王城からだと少し離れてはいるが、今晩中にアコース子爵とやらを捕まえて自発的に自供させるか、それとも精神を蝕んで強制的に自供するかを選ばせてやろう。
もしオレが思った通り”クロ”だと判断した場合は、どちらを選んだ場合でもヤツが明日の朝日を見る事は無い。オレには先代国王から貰った殺しのライセンスがあるからな。




