第23話 部下の悩み【1】
アイシャ視点のお話です。
隊長の部隊へ配属される時、それまで所属していた西方騎士団の副長から次の配属先について簡単な説明を受けた。
利き腕を無くしてしまった私がこれまで通り西方騎士団に留まるのは難しく、残った左手は辛うじて剣は持ててもそれを握って振るう事すら出来ないので、最悪は騎士の身分を捨ててでも王都には残りたかった。
最年少かつ女性初の正騎士で小隊長となった私はカティア王女殿下の覚えが良かったのか、もう誰からも戦えないと諦められていた私の事を、もう一度騎士として復活出来ると信じて騎士の肩書を残してくれた。
そんなカティア王女殿下のお声掛かりで移籍する事になるのはまだ発足すらしていない部隊で、その拠点も既存の四騎士団とは全く別の場所にあると教えて貰った。
西方騎士団の中では自分の小隊を犠牲にして生き残ったと噂されているので、そこから離れられるのは精神的にありがたい。でも私が小隊みんなの犠牲によって生き延びたのは真実だから、騎士団でその噂を聞く度に心が押しつぶされそうになるのをじっと我慢するしかなかった。
副長の説明では新しく私の上司となる人物は正式な騎士ではなく、先代の国王陛下との誼で王家の剣術指南役となり今も王城のどこかに居るらしい。
”らしい”と言うのは今の王家には女性の後継者しか居られず、男性の王位継承権を持つご兄弟が居ないので実際に指南するべき相手が存在しないと言うことは誰もが知っていた。
そんな人物が名誉ある”剣術指南役”となった事に対して、副長たち正騎士の立場にある者が不満に思うのは仕方が無いと思うが、それでも賢王として名高い先代の国王陛下が何の実力も無い者を、ご自分の友人だという理由だけで王城に出入りする事が自由となる身分をお与えになるだろうか?
その人物は日がな一日何もせず、太陽が完全に上ってから訓練場へと顔を出し、そして太陽が沈む前に帰ってしまうと聞いていたので、正午を過ぎた今から向かえばその人物に挨拶くらいは出来ると思い、副長のお話が終わるや否や私は王城にある屋外訓練場へその足で向かった。
私の右手は手首から先が無くそこには今も痛々しい包帯が巻かれているが、左手は手首に傷跡が残っているだけで剣を持つ程度なら可能なくらいまで回復している。
そして私は隊長と出逢った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
両手のケガを治して頂いた私は、あれから毎日のように隊長と二人で修練を続けている。私の両手が治っている事はまだナイショにしておくように言われているけど、これって二人だけの秘密を共有してる感じがする。
隊長が何故あんなにすごい治癒魔法が使えるのかはまだ教えてくれないけど、それくらい公に出来ない能力を隠し持ってたという事より、これまで隠し通して来た力を私なんかの為に使ってくれたのがとても申し訳無く思うと同時に嬉しく思ってしまう。
西方騎士団の副長から聞いた話では、隊長はこれまで騎士の叙勲を受けた事は無いらしく、これからも受ける事は無いだろうと言われていた。
でも隊長の剣術はかなり自己流のアレンジがされているけど、剣筋だけを見て判断するなら正騎士としても十分な実力を持ってるのが判る。
最初の頃は素振りしか見せてくれなかったから、私も隊長と同じように隣で振ってみたけど、この訓練用の木剣はかなり重くて中に錘が仕込まれている特別製だった。
私がこの木剣で素振りをするにはそれなりの身体強化魔法が必要で、その状態で剣を振れば「ブンッ!」と低い風切り音が鳴る。
この音を一定の間隔で振り続ける事で音の変化を聞き、剣筋の正確さと速さを把握しながら素振りを続ける事で、一定の速さと正確さを身に付けていく訓練のようだった。
何度も何度も素振りばかり繰り返していると、それまで私と同じような音を立てていた隊長の木剣が急に「ヒュンッ!」と高い音を立て始めた。
私も隊長と同じように素振りの音を変化させるべく挑戦してみたけど、何度やっても「ブンッ!」と低い音しか鳴らないのは何故?
その日から私が自由に出来る時間は全て素振りの為に割り当てて、ただひたすら一心に木剣を振り続ける。
どれだけ頑張っても「ブンッ!」としか鳴らない木剣にちょっとだけ怒りを感じた私は、自分至上最大レベルでの身体強化魔法を使って素振りをしてみた結果、「ヒュンッ!」とまでは行かなかったんだけど、それでも「ブンッ!」とは明らかに違う音を鳴り響かせるのに成功した。
ただちょっとだけ残念だったのは、隊長がくれた特別製の木剣が根本からポッキリと折れてしまったのと、その直後に襲われた全身の虚脱感。すると隊長が急に休憩すると言ってくれたので立っているのがやっとだった私はその場にへたり込んだ。
以前に所属していた騎士団であれば、訓練の最中に座り込むなど決して許されるものではなかったんだけど、逆に言えば途中で体力を全て使い果たすほどの訓練まではしていなかった。
これは緊急出動を命じられた時に動けなくなるのを防ぐ為と聞いていたけど、交代要員が多く在籍する西方騎士団では不要の気遣いだと思う。
その後に隊長から新しい木剣を受け取った私は一刻ほどの休憩を終えてから、また素振りを続ける事にしたんだけど、そう言えば隊長はこの木剣を何処から取り出したのかな?
あれから何日も素振りを続けていると私もやっと「ヒュンッ!」と高い音を立る事が出来たので、これでやっとまた隊長と一緒に二人っきりで素振りを続けられる……と思っていた時期が私にもありました。




