第19話 隊長との出会い
女性騎士アイシャの視点です。
もう剣を握れなくなった私は、まだ『騎士』と呼べる存在なのだろうか?
もう戦えない身体となってしまった私には、これから実家へ戻されて何処かの貴族へ嫁ぎ子供を産むくらいしか出来る事がない。
だけどこれまで上位貴族と問題を起こしてきた私にマトモな相手からの求婚なんて来るはずは無く、もしあるとすれば家柄だけで私を見下してきたボンボン貴族どもの様な輩が、過去の腹いせで私を甚振るためにだけに妾としてこの身体を欲するだろう。
そんな未来だけは断固として拒否したいけど、あの極限状態の中で私を治療する為に隊の部下たちが命を掛けてくれたのを知っている私は、どうしても自決する勇気を持てなかった。
それにもう私の小隊が壊滅してしまったとは言え、部下たち全員が殺されたとは限らない。この時は既に確認された遺体の数は15名を超えていると報告を受けていたけど、それでもまだ全滅した訳じゃない。
今の私に出来る事は、剣を握れなくなってしまったこの身体を治してもう一度騎士として這い上がり、そしてまだ見つかっていない部下たちを探してあげること。もしかしたらまだ一人か二人くらいなら生き残ってるかも知れないから。
私が騎士団に残りたいと願った結果、騎士団長ではなく何故か王女殿下の承諾を貰えたらしく(首の皮一枚だけの状況だけど)これで未来へと繋がった。
ただ今の身体の状態では満足に訓練をする事も出来ない状況なので、このまま騎士団で治療を受けながら王女殿下の発案で新たに発足される部隊へ転属する事になったけど、それでもそこで実力を付けて仲間たちの生き残りを探さなくてはならない。
そんな希望を見出した私はこのままじっとして居られず、その新しい部隊が発足すると聞いた場所を一目でも見たかったので早速その場所へ向かった。
王都でも王城を囲む城壁内には近衛騎士団を始め多くの行政区域に分かれて建物が建っている。その中でこれから私が向かっている場所はこの王国にとっても特別な場所だった。
そこは確か勇者様たちが魔王討伐の旅へ出る前に過ごしていた場所で、その頃の騎士団が拠点としていた場所でもあったはず。
そして勇者様たちが魔王を討伐した事で一時は平和になったけど、残った魔族の脅威から民を守るため騎士団の規模は縮小されず、その後に始まった亜人討伐戦や人族の王国同士で争うようになり、それまであった国境警備隊を騎士団が吸収する形で現在の4つに分割・増員される運びとなった。
そのため新たな軍の編成計画によって王国の各方角に騎士団の拠点が置かれて王都にも4つの騎士団を統括するそれぞれの本部が設けられた。たけど元からあった場所は王族が管理する訓練場として残されたみたい。
そんな特別な場所を拠点とする新しい部隊とはどんな組織なのかな?
これは私を見舞いに来てくれた王女殿下から直接伺った事なのだけど、新しく部隊長に任命された方は35歳の男性で正式には騎士では無いらしい。
でも王族の剣術指南役として長年王城の中には居たらしく、これまで目立った功績を上げていなかったのか、叙勲されたり、また公式行事などに出た事は一度も無いと聞いた。
35歳と言えば、私が好きだったお話しの勇者様たちが今も生きていれば丁度それくらいの年齢だったと思うけど。まさかね?
そんな事を思い浮かべながら綺麗に整備された屋外訓練場を眺めていると、後ろから人の気配がした。
◆◇◆◇◆
その男性は予め王女殿下から聞いていた通りの風貌で、騎士というよりもどちらかと言えば冒険者の様な格好をしていた。
現在4つの騎士団が存在し、それぞれ色分けされた鎧と騎士の制服を配給されているはずなんだけど、彼が今身につけているのは冒険者風の衣服の上に黒い革鎧を着けていて他の騎士団とは明らかに装備が違う。
ただ気になったのは、彼が纏う雰囲気が強者のそれでは無く、政争に負けて閑職へと追いやられた者が持つ”諦め”に似た哀愁が漂っている。その事に気が付いたのは私も少し前まで同じ目をしていたから。
とりあえず挨拶をしなければ……。
「はじめまして、アイシャンティ・ヴィヴォールと申します。これから宜しくお願い致します」
今はまだリハビリ中なので以前の様に剣を振る事は出来ないが、それでも全く戦力にならない部下を持つ事になる気の毒な上司に向かって心いっぱいの笑顔を作った。
「オ、オレはハルト、新しく発足する部隊の隊長だ。こちらこそ宜しく頼む」
私よりもずっと年上の隊長が私の笑顔を正面から見る事が出来なくて目線を斜めにずらしながら挨拶を返してくれる。
この反応は年齢の割に異性に慣れていない男性特有のもので、斜め方向にずらした隊長の視線が私の胸とか身体のどこかじゃなかった事はポイントが高い。
ただ、そのずらした視線が私の右手を見つけると、大抵の人は直ぐに見なかった事にしようと違う方向を見るのに、この隊長はきっちり二十秒以上もそこを見続けていたのは何故なのかな。
「その……こう言っても良いのか判らないのだが、剣は握れるのか?」
「あ、はい。左手なら剣を握れるくらいは回復してますので大丈夫です。まだ全力で振ってしまうと剣が何処かへ飛んで行ってしまいますが……」
隊長としては部下となる私がどの程度まで回復しているのか確認するのは当たり前よね。
そして私が左手を前に出して指を閉じたり開いたりして見せると、今度はじっと私の左手を睨み始める。
私の左手首はあの時右手と一緒に斬り飛ばされてしまったけど運良く千切れずに残ったおかげで、そこにはまるで自殺志願者のようにリストカットしたような傷跡が残ってしまった。
隊長はそんな私にご自分の左手を差し伸べてくれたので、私はてっきり握手をするのだと思い左手を前に差し出した。
でも隊長の手は私の手のひらを素通りして私の左手首を掴む。
「な、何をされるのです?! やめてください!!」
私は咄嗟に目の前のセクハラ隊長から逃れようと左手を引き戻そうとするけど、相手の力が信じられないくらい強くて掴まれた手を振りほどく事は出来なかった。
今回の負傷でここ暫くの間は訓練を休んでしまってはいるが私は正騎士だ。たとえ片腕とは言え全身に力を込めたはずなのにどうしても逃れる事が出来ないばかりか、こうしてジタバタ足掻いているけどそんなのはお構いなしに今度は隊長の右手も私の左手首に添えられる。それもとても優しいゆっくりとした動作で……。
隊長に両手に握られた私の左手首から清らかな光が灯る。
その光は私の左手首を中心とした直径数メートルほどの大きさにまで膨らみ、咄嗟に左手を庇おうとして失ったはずの右手と私の全身を優しく、そして暖かく包み込んでくれた。
それは時間にしてほんの数秒の事だったと思う。
だけど私がその暖かい光に包まれていた時間は、あくまで体感的に考えてだけど数時間にも及ぶ長さだったと感じた。
優しい光が徐々に淡くなっていき、それまで全身を包んでくれていた暖かさは身体の内側どころか、私の心の奥底に降り積もった暗鬱な何かも一緒に癒やしてくれたみたい。
真っ白な光が消えても私の目は直ぐに機能を回復しておらず、ゆっくりと周囲の景色が色を取り戻してゆくとそこには滂沱の涙を流した隊長が立っていた。いや、立っておられた。
私は今、自分の身体に何が起こったのか、それを正確に理解している。
まだ身体のどこも動かしていないけど、全身から感じる全ての器官がその機能を回復した事実を私に伝えてくれる。
まともに剣を握る事が出来なかったはずの左手首の傷跡が完全に消えて、つい先ほどまで失っていたはずの右手まで治ってるのは何故なの?




