第18話 アイシャの過去
女性騎士アイシャの視点です。
騎士爵の家に生まれた私が騎士を目指したのは、私を育ててくれた家に誇りを持っていたのは勿論のこと、幼い頃から聞いて育った『勇者と魔王のお話』が大好きだったから。
そのお話では多くの魔族が待ち受ける中を、たった5人の仲間たちが様々な困難を打ち破って魔王城へとたどり着いて魔王を倒すお話で、その勇者様の仲間として賢者様や聖女様、それに聖騎士様が出て来るんだけど、何故かその中に盗賊も居た。
そして勇者様を無事に魔王のところまで送り届けるため、勇者様以外の仲間たちは次々と命を落として行く。
最初に聖女様が倒れて聖騎士様も犠牲になり、賢者様も勇者様と盗賊を守って亡くなってしまう。でもこれは最後の大扉を開けるために盗賊の彼を失う訳にはいかなかったから。
その盗賊は仲間と比べたら戦う力も弱くて魔法も使えなかったんだけど、鍵開けと罠を解除する腕だけは確かだったので仲間から大切にされていた。でもその盗賊も最後の大扉を開けてから魔王に殺される。
そして魔王を倒した勇者様は王国に戻って来たんだけど、仲間たちの死を悼んだ彼はこの国を去ってしまった。
私が知ってるお話はここまで。
私が幼かった頃なら勇者様がこの国にまだ居て下さったらしいんだけど、私が騎士団へ入った時には、もうそのお姿を見る事は叶わなかった。
勇者様に会うために、これまで必死に剣の腕を磨いて来た訳ではないけれど、その事実を知った時はちょっと悲しかった。
それでも勇者様のようになりたかった私は多くの試験を突破して、王国史上最年少で小隊長となる。
まだこの世界では女性の立場が低くて、同期の男性騎士たちを抑えて一足先に昇進するのは並大抵の努力では無かった。
私が女だと言うだけで常に下に見られるのは本当に腹が立つけど、そんな相手は履いて捨てるほど居るからマトモに相手なんかしていたらこっちが疲れてしまう。
私の小隊には私以外に5名の正騎士と15名の従士が居るので合計21名。この小隊の旗にはユニコーンを模った私の実家の紋章が描かれている。
最初は女が隊長だから面白く思っていない者も居たみたいだけど、みんなで一緒に任務を行ってるうちに、そんな蟠りみたいなものは次第に薄れていった。
でもちょっとだけ困ったのは、私と同期の中で別の小隊長となった貴族のボンボンが居て、やたらと私に絡んで来ること。
最初のうちはちょっかいを掛けて来たり、私の事をゴリラ女と蔑んで来たから、みんなの前でコテンパンにしてやったら這々の体で逃げて行ったんだけど、その後ろ姿を見たらちょっとだけ笑えた。
その後暫くの間は特に何も無かったけど、ある日私が一人で帰宅する途中で複数の賊に襲われた。そいつらは王都の貧民街に住んでる輩で体臭がとても酷かったのを覚えてる。
私の周りをグルリと囲んで逃げられないようにしてから、あの時の貴族のボンボンが姿を見せた。
王宮騎士団で例え小隊とは言え隊長として認められるにはそれ相応の実力が必要になるんだけど、その隊長の座を実力ではなく家柄だけで手に入れたボンボンにはそれが判っていなかったみたいね。
だって、こんなザコを何人揃えたって、正騎士の私を傷つける事なんて無理だと判らないのかしら?
それからもう二度とこんな事をしないように全員を叩きのめしてやってから、仲間を見捨てて逃げ出した貴族のボンボンを取り押さえたけど、このまま見逃せばまた何か仕掛けて来ると思う。
だから今度は苦い経験としてボンボンの身体に覚えて貰おう思って、彼の利き腕をボキリときれいに折ってあげた。これならケガが治るまでの間は悪さなんて出来ないはずよね。
でも世の中を判ってなかったのは私の方だった。
新たな任務で隣国との紛争地帯へと送られた私たちを待っていたのは凄惨な裏切り行為で、この裏切りはとある軍閥貴族が指示していたんだけど、私がその事実を知るのはこの先の未来で出逢う人物が調べてくれたから。
司令部からの命令に従って進軍していたはずなのに、気が付けば私たちの隊だけが突出してしまい、後ろを振り返れば私たちの小隊に何の連絡もせず後続部隊はとっくに引き返していた。
そして敵勢力範囲の真っ只中でたった21名しか居ない少隊のみが取り残された状況を、敵軍は見逃してくれなかった。
周囲を隈無く包囲されて投降すれば捕虜として扱うと言っていたけど、過去の事例から判断すると私を含めた女性たちが無事に返されるとは思えなかったし、目が眩むような身代金を請求されても父が先の大戦で戦死した実家にそれを払えるはずなんてなかった。
それに私の小隊は下級騎士の家の者ばかりだったので、身代金を払って貰えずこのまま戦争奴隷にされる可能性が高い。
だから私たちが生き残る為には徹底抗戦をしてこの窮地から脱するしか方法は無く、この時に小隊の意識が統一され皆の覚悟が決まった。
私たちは本隊が居るはずの方角に向けて三角陣形を組み、騎馬の重量と速度を頼りに突撃を繰り返す。
まだ同じ小隊に配属されてから短い付き合いだけど、生死を掛けた脱出行では私が先頭を走ると仲間たちがその背後を守ってくれる。
そして進んだ先に槍衾を構えた重装歩兵が待ち構えていて乗っていた騎馬を尽く潰されてしまったけれど、それでも私たちの中に帰隊を諦める者は一人も居なかった。
徒歩になっても陣形は変更せず、接敵した瞬間に手強いと感じた相手には私自らが対処する事で隊の損耗を少しでも抑えていく。
そしてあれからもう何時間くらい戦っているのだろう。疲労から来る集中力の低下が私の腕を奪うのはこの直ぐ後の事。
体力が少なくなり剣が徐々に重く感じて来る。私は腕力が下がり低下した筋力を補うために上段からの斬り下ろしを多様するようになっていた。
剣を振り下ろす瞬間に敵が放つカウンターを悟った私は左手を引いて剣筋をずらす。
だが時既に遅く、気がつけば右手と左手の半分を斬り飛ばされてしまった。
焼ける様な激痛と燃えるような熱い血飛沫が迸る。
急な血圧低下が引き起こす目眩で倒れそうになりながら相手を蹴り倒せば、直ぐ隣に居た隊員たちが槍で止めを刺してくれた。
突撃の最中に膝をついてしまった私のせいで、少ない人数で何とか維持していた突撃陣形が崩れてしまい、急遽私を中心とした円陣に組み替えられる。
「待て、私はもうダメだ! ここで防御陣なんか組んだらみんな全滅する! だからこのまま突撃してくれ!!」
この時、私の口から出た命令は果たして言葉になっていたのかな?
まだ知り合ってから間もない私のために、小隊の皆が次々と若い生命を散らして行く。
膝をついたまま動けなくなった私の両手を止血してくれたのだけど、右手は完全に斬れてしまっていたので包帯をぐるぐる巻きに止血して貰い、左手は治癒魔法によって流れ出る血の勢いが徐々に弱くなって行く。
「これは最悪の場合には自決用として使って下さい。隊長のような美しい女性が捕虜になれば死ぬより辛い目に遭わされますからね」
そう言って自分が持っていた予備の剣を左手に持たせてくれたのは、先ほどから治癒魔法を掛けてくれていた従士の一人で、ヘルメットの奥に見える素顔は女性のものだった。
「さぁ隊長、これで最低限の止血は終わりました。みんな一緒に帰りましょう!」
そう言われた時、既に隊員の数は三分の一まで減っていたが、この時の私は最後まで戦い抜くと決めた。
そしてもう声すら出せない状態となった私だけど、駆け出した方向に皆がついて来てくれるのを願うばかり。
左腕に縛り付けて貰った剣もボロボロで刃こぼれが酷く、もう鈍器として使用するしかない状態になっていく。
それでも一歩、また一歩と森の中を彷徨い歩く。
そう言えば先ほどから敵と遭遇しなくなったのは味方の勢力圏に入ったからなのだろうか? そう想い後ろを振り返って見るとそこに居たはずの隊員たちは一人も居なくなってた。
私の左手を止血してくれたあの女性従士は無事に逃げ延びてくれただろうか? 私の周りを守ってくれてた皆はまだ何処かで生き残ってるのだろうか?
もう既に足が棒のようになっていて、膝を曲げる度にその痛みで躓きそうになる。
そして何かに足を取られて転倒し頭でも強打したのか、自分がいつ倒れたのかすら記憶が無いままに暗雲たる闇へと意識が落ちて行った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれからもう一度目を覚ます事なんて無いと思ってた。
仰向けに寝かされている状況で目に映ったのは大きな天幕。周りには私以外にも負傷者が看護されている。
私は必死に自分の小隊の事を伝えようとしたが、口が思うように動かない。でも幸い耳には異常が無く、相手の言葉はちゃんと聞こえていたのでゼスチャーを交えて最低限のコミュニケーションは出来た。
治療班の努力のお陰でその後は体力も少しずつ回復したけど、右手を失った私はもう戦えないと判断された私は王都にある治療院へ送られる事となった。
その馬車には私以外の負傷者たちも寝かされていて、カタゴトと馬車が揺れる度に身体のどこかを打ちつけて痛みが走るし、あちこちから誰かの呻き声が聞こえて来る。
私は身体を支える利き手を無くしていたので、馬車が揺れる度にまだ完全には治っていない左手一本で何処かに掴まるしか無かったんだけど、握力が弱った片腕だけで身体を固定するのはかなり難しかった。
そんな旅路だったので王都へ着くまでには亡くなる人も居て、亡骸は麻袋に入れられるんだけど他に安置しておけるスペースが無かったのか、私たち患者と同じ荷台の横に寝かされるのは正直何とかして欲しいと思った。
そして、これらの苦難を何とか生き延びた私は騎士団に迎えられて治療院に入院し、今後の身の振り方を考える必要に迫られる事となる。




