第17話 初めての部下【2】
オレが昼食を終えて訓練場へ戻ると、見知らぬ女性の後ろ姿が目に映った。
ここは王城の敷地でも一番端にある場所なのでいつもなら誰も居ないはず。なのでそんな場所に見知らぬ女性が立っていたので誰だろうと思っていたら、彼女のケガしてる右手を見てこの人物がオレの部下になる騎士だと判った。
オレが騎士団長から隊長の辞令を受け取ったのはまだ今日の午前中の話で、彼女が所属していた西方騎士団の宿舎からこの場所へやって来たにしては少し早い気がする。
その宿舎は王都でも少し離れた西の端にあるから、もしオレと同じ時間に辞令を受けたとしても、今の時間にこの場所へ到着するには計算が合わない。
まだ彼女の後姿をチラっと見ただけで挨拶をした訳でも無いのに、何故か近寄りにくく感じてしまうのは、その後ろ姿が儚げで今にも消えてしまいそうな感じがしていたからかも知れない。
「はじめまして、アイシャンティ・ヴィヴォールと申します。これから宜しくお願い致します」
彼女が今日やって来る事について、あの騎士団職員の男からは何も聞かされていなかったが、まだ新人とは言え隊長まで昇格した彼女がオレの元へと配属されたのは誰かの思惑を感じる。
一つは変わり者だと評判のオレが何かやらかして彼女がここから逃げ出せば、それを喜ぶヤツラが居るのは確かだし、それで彼女の方から退職を申し出るように仕向ければ騎士団のイメージを損なう事無くその存在を無かった事に出来るだろう。
もう一つは彼女を実家に戻す事で「王女殿下のお声掛かり」となていて王都では手が出せない状況を白紙に戻し、今度は身体に障害を持った彼女に対し、一方的に不利な条件での婚姻を迫ったり、それとも側室にでも押し込めるつもりだろうか。
こんな風に可能性だけならいくつでも思いつくが、それ以外に濃厚なのは帰省する彼女の馬車を襲撃してその場で腹いせをする可能性も高い。その時は手首以外は美しい身体を持つ彼女が無事だとは決して思えないが……。
比較的マシだと思える王都ですらこの程度の治安レベルなので、彼女が実家へ戻ったところで今より状況が好転する事は無いはず。
だから彼女が手首を失ったにも関わらず、今もこうして騎士団にしがみついてるのはその辺りの理由があるんじゃないかと邪推する。
「オ、オレの名はハルト、新しく発足する部隊の隊長だ。こちらこそ宜しく頼む」
ここ最近は馴染みの店以外で知らない人と話す機会が無かったせいで、ちょっとだけ噛んでしまったが、目の前の女性騎士は空気を読んでくれたのか、普通にスルーしてくれたので助かった。
「その……こう言っても良いのか判らないのだが、剣は握れるのか?」
これは天気以外の話題が思いつかず、遠回しに聞こうと思っていた事が最初に口をついて出てしまった。
「あ、はい。左手なら剣を握れるくらいは回復してますので大丈夫です。まだ全力で振ってしまうと剣が何処かへ飛んで行ってしまいますが……」
ここでオレは笑っても良いのか判断が出来なかったので、中途半端に顔を引き吊らせながら彼女に残された左腕を見て手首の内側に刃で付けられた傷跡と二の腕全体に広がる擦過傷の跡を見つける。
これは両手で握っていた剣を振り下ろした時に、カウンターで斬上げられて手首ごと持って行かれたように見える。この時の敵は彼女の両腕ごと斬り飛ばすつもりだったのだろうが、彼女の反射神経が優れていたので片方だけで済んだのだろう。
その場で直ぐに治療すれば左手は元より、今は失ってしまった右手首についてもリハビリは必要になるが元通りの状態にまで完治出来た可能性もあったのに、彼女は自分の傷より仲間の生存を優先し、斬られた右手首に最低限の止血のみを行っただけの状態で握力を失ってしまった左腕に剣を縛り付けその後も戦い続けたのだろう。
オレがそう思ったのは、彼女の残された二の腕にある擦過傷と痣が、どう見ても縄で何かを括り付けられ幾重にも擦れた傷跡に見えたからだ。
オレは聖女の能力を受け継いでいるので、彼女の左手首の傷跡くらいなら直せると思う。まぁ、それがどの程度まで治癒出来るかなんて実際にやって見なければ自分でも判らないが、試してみる価値はあるんじゃないか?
だが魔王討伐の旅をしていた時に聖女が仲間の身体を治癒していたのを見て、あれほど多くの魔力を有していた彼女でさえ額に大粒の汗をかいていた事にかなり驚いた記憶がある。
今のオレなら大ケガでも治癒出来るとは思うが、だからと言って目の前に居る部下の手首を完全に治せるとは限らない。
そもそも盗賊のオレには聖女ほどの技量は無いからな。
だから確証も無い時点で気軽に「手首を直してやる」なんて無責任な事を言えるはずも無く、初めての部下となる彼女に対して何故か申し訳ない気分になった。
それでもせめて彼女に残された左腕だけでも何とか治してやりたいと思い、握手を求めて出したはずのオレの手が、彼女が差し出してくれた左手を強く握りしめていた。
「な、何をされるのです?! やめてください!!」
目の前の彼女が異性に対してどれほど警戒心を持っているかなど考えるまでも無かったはずなのに、過去に大事な仲間を失っていたオレにはそんな事を思いやる余裕すら無く、全力でオレから逃れようとする彼女を捕まえたまま、もう片方の右手も彼女の左手首に添えて聖女の事を思い浮かべ、そして祈った。
オレの両手の甲に聖女の力を示す光の聖痕が浮かび上がる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ハルト、良く聞いて。治癒魔法は相手のケガを良く見て、身体の状態を確かめて、それから傷ついた筋肉や血管などの体組織をイメージしながら新しい細胞に置き換えて行く技術の事なのよ』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オレは部下となる女性騎士の左手首に残された、普通なら決して消える事が無い深い傷跡に両手を添えながら、その皮下にあるはずの神経組織を始め、筋肉、腱、血管などについて現代の医療知識を元に次々と細胞を再生させて行くが魔力の消費量が半端じゃない!
この女性騎士にして見れば、初めて赴任したオッサン上司が急に手首を握って来たので焦ってしまったのだろう。
だがそんな気持ち悪い30代半ばのオッサンが掴んだ手首の辺りから、治癒魔法を行使した時特有の魔力の余波が青白い光となって淡く輝いたのを見て動きが止まる。
(これで治癒に集中できる!)
オレはまだ治癒魔法に精通するほどの修練を積んだ事は無いが、それでも人生で初めて持つ事になる部下の身体を何とかしてやりたいと思った。
オレの魔法の才能などたかが知れているが、オレが持つ治癒魔法はあの聖女から受け継いだものだ。
だから今はもう居ない聖女に祈りを捧げるつもりで全身の魔力を両手に集中させて、それでもまだ不足すると言うのなら自分の生命を削ってでも治してやりたいと願った。
これはオレが過去に見捨てる事となった仲間への贖罪の気持ちがまだ残っていたのかも知れないが、この女性騎士も自分の目の前で次々と力尽きて行く仲間たちを尻目に、自分だけが生き残ってしまった罪悪感を考えればこのままにしておけなかった。
だから頼む。
オレは治癒の力を遺してくれた聖女に。
オレに強大すぎるほどの魔力を遺してくれた賢者に。
オレに弱い者を守る力を遺してくれた聖騎士に。
オレに勇気を持って生きる事を教えてくれた勇者に。
オレに生きる希望を与えてくれたトモダチに。
オレは今、オレが信じる全ての存在に掛けて女性騎士の傷が少しでも良くなるように祈った。
そして目を開けた時、確かに女性騎士の傷の状態は格段に良くなっており、彼女の左手首にあったリストカットみたいな傷跡がキレイに消え去り、生まれたままの素肌へ戻っていたのを見た時、オレは泣いていたのかも知れない。
ただ少し気になったのは、傷跡がキレイに消えた彼女の左手首は良しとして、何故か失われていたはずの右手も治っていた事かな……。




