9話
連絡先を交換したけれど何の連絡も来ない。
何の連絡も無いってことはうまく行ってるってことだからいいことなんだけど、なんだか寂しいな...
ドキドキしながら眠れない夜を過ごしていたら、突然LINEのメッセージ受信音が鳴った。
香織からのメッセージ。
香織にとっては不安になったわけだから、悲報だが、香織からの連絡を待っていた俺にとっては朗報だ。
香織:やっぱりダメだった。素の自分じゃあお母さんとは仲良くいられないみたい。
香織からのメッセージを見た時、なんて返せばいいのかわからなかった。
人を笑わせるのは得意だが、人を励ますのはとことん苦手だ。
それでも何か返さないと。既読無視は酷だ。
健司:そんなことねぇよ。もっとちゃんと話せばわかってもらえるさ。
香織を励ませようと考えて絞り出したのがこのメッセージ。
既読はすぐについた。でも何の返信も来ない。
嫌な思いをさせちゃったんだろうか。
既読がついて5分ほどしか経っていないが、何時間も経ったような気がする。
どうやったら返信が来るだろう。何か質問したらいいだろうか。質問内容を考えていたら香織から返信が来た。
香織:今から電話してもいい?
予想外の返信内容だったが、俺にとっては一番嬉しい返答だった。すぐに返信をした。
健司:ああ、いいぜ。
香織に電話をかけたくてうずうずしていたが、彼女から電話がかかってくるのを待った。
着信音が鳴った。俺はすぐさま電話に出た。
健司「もしもし?」
香織「もしもし?健司君?...」
香織は確かめるようにそう俺に聞いた。俺の連絡先なのだから、俺が出るのは当たり前なのだが。
彼女の声は別れ際で話した時よりも自信なさげでか細い。
健司「ああ、そうだ。大丈夫か?」
香織「...うん...」
健司「お母さんに何て言ったんだ?」
香織「私はお母さんが求めるような娘じゃない。私はもっと自分に正直に生きたいって...」
健司「それで、お母さんは?」
香織「...どうしたの、そんなの香織らしくないわ。って...」
健司「それは聞き捨てならないな!俺が代わりに怒ってやるぜ!待ってろ、今そっちへ行くからな!」
香織「え、ちょっと待っ...」
香織が言葉を言い終える前に電話を切り、香織の家へ駆けだした。
携帯にメッセージの受信音と着信音が鳴り響く。
きっと香織からの待って欲しいという連絡だろう。でも俺は止まらない、止められない。
せっかく勇気を出して自分の気持ちを打ち明けたのに拒絶された香織が不憫でならないからだ。香織のことを救えるのは俺しかいない。
周りの店と比べて異様なまでに綺麗に掃除されている化粧品屋のすぐそばにある香織の家のインターホンを押した。
店の明かりは既に消えている。家に香織も親もいるのだろう。
「...はい。」
年配の女性の声がインターホンから聞こえた。きっと香織の母親だろう。
俺は少し語調を強めて言った。
健司「娘さんの..友人の佐藤健司です。あなたに話があって家まで来ました。」
「はい?...」
自分でもしまったなと思った。娘の友人と名乗る謎の男が、突然話があるからと家に押しかけてきて、話を聞くやつがどこにいるんだ。
不審者が家に来たと、警察を呼ばれて終わりだ。
香織「待って。」
その時、香織の声がした。でもインターホンからじゃない背後から聞こえる。
振り向くと部屋着っぽい姿の香織が立っていた。
いつもとは違う服装をしている彼女を見て、俺は彼女にとって特別な存在だと思い、少し優越感を感じた。
健司「外に出ていたのか。」
香織「うん。そうだってメッセージを送ってたけど...あ、既読ついてなかったから見てないか。」
健司「ああ。すぐに香織に会いたくて見る間も無く走ってきた。」
香織「そう...お母さんに何て言うつもりなの?」
健司「えっと、それは...」
ここへ来てなんて言うか考えていなかったことに気づいた。
健司「...香織は自分の道具じゃねぇぞって。香織の自由にさせてやれって。」
なんとか即興で考え付いた言葉がこれだった。
香織「...わかった。言ってみて。」
そう言うと、香織はインターホンを通して香織のお母さんに話しかけた。
香織「お母さん、私よ、香織。佐藤健司君は私の学校の友達。話を聞いてあげて。」
「香織...」
インターホン越しに香織のお母さんの少し驚いた声がする。
インターホンの音声が切れた。
こっちに向かっているんだろうか。それとも警察を呼んだんだろうか。
香織の方を振り向いた。
じっと俺の顔を見ている。
俺に期待しているんだろうな。ここで弱気になるわけにはいかないな。
玄関の電気が付いた。
緊張で心臓の鼓動が早くなる。
玄関のドアが開いた。小柄な年配の女性が出た。
初めて香織の母親を見た。
もっと厳しい感じの人かと思っていたが、見た目は優し気で弱弱しい感じがする。
この人に今から強く言わなければいけないと思うと、少し気が引けたが仕方ない。