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『恋スル死神』  作者: 奏汰
序章
1/1

『少年と死の川と身投げ』

奏汰かなたと申します!

よろしくお願いします!

 


「久しぶりだな……」



  (アカツキ)は、木々の合間から見える赤岩(アカイワ)集落を眺めながら、そう呟いた。


  赤岩は、暁の生まれ育った集落である。


  雨風に晒されたためか、色の薄くなった飯綱(イヅナ)神社の鳥居をくぐり抜ける。

  鳥居が小さくなったと感じるのは、暁の背丈が大きくなったからだろう。


  石段の最後の一段をとんと飛び降りると、開けた大きな道に出た。


  すぐ先には、たくさんの屋敷が立ち並んでいる。

 

  ここからは、いよいよ赤岩集落だ。



  「……」



  思わず、息を飲む。


  幸い、ここまで来るのに、誰かとすれ違うことはなかった。


  でも、ここから先は違う。


  お天道(テント)様が沈みかけているとはいえ、誰かとばったり出くわすかもしれない。


  気付けば、なぜか胸がとくとくと高鳴っていた。


  何故だろう。

  胸を抑えながら、考える。


  ここまでの道のりが、だいぶ険しかったからだろうか?


  下り坂とはいえ、だいぶ遠い道のりだった。


  それで、息が上がったのだろう。


  きっと、そうだ。そうに違いない。


  暁は、己にそう言い聞かせ、近くの木に身を預けた。



  しばらくすると、だいぶ落ち着いた。


  再び、赤岩に目をやると、遠くに東堂(ヒガシドウ)が見えた。


  その更に奥には、畑や田んぼが広がっている。



  「あ…………」



  暁の脳裏に、懐かしい昔の記憶が蘇る。


  幼い頃、弟や近所の子と遊んだ時のことだ。


  東堂では隠れんぼをして、畑や田んぼの畦道では鬼ごっこをして、村の大人達によく怒られたな……。


  ここからは、見ることは出来ないが、もう少し先は、暁の生家があったところだ。


  どこかに、母や弟達がいるのではないかと、思わず辺りを見渡してしまう。


  彼らがここにいることなど、ありえないのに。


  それでも…………。


  もう少しだけ、ここにいたい。

 

  もう少しだけ、足を踏み入れたい。


  つい、そんなことを考えてしまう。


  しかし、暁は頭を振り、邪念を消す。


  暁がここまで下りてきたのは、生まれ故郷を眺めるためではない。


  ここには、暁が会いたい人も、暁の帰りを待ってくれる人もいない。


  暁は、ぐっと唇を噛む。


  ここに留まっても、昔のことを思い出して、辛くなるだけである。


 

  ーーーーじゃあな。



  暁は、生まれ育った赤岩に背を向け、歩き出した。


  集落のはずれへと続く道を進む。


  赤岩から離れるにつれ、(カエル)(セミ)の鳴き声に混じり、水の流れる轟轟(ゴウゴウ)とした音が聞こえるようになってくる。


  暁の目指すところには、すぐ着いた。


  そこは、集落のはずれの崖だった。


  ここは、岩山を切り開いてつくった、赤岩と他所(ヨソ)を繋ぐ数少ない道でもある。


  そのため、崖のそばには柵が建てられていた。


  暁は、柵をひょいと飛び越えた。


  崖近くに生えた木に手をかける。


  谷底を(ノゾ)くと、大きな川が流れていた。


  須川(スカワ)という名の川だ。


  須川は、水の色こそ普通であるが、ここを流れるのは強い酸の水だ。


  今は夕刻で分かり辛いが、川の周りに転がる岩はどれも赤く錆びているはずである。


  須川という名も、酸の川が転じてそうなったという。


  須川は強い酸を理由に、魚はもちろん、あらゆる生き物がいないため、死の川とも呼ばれていた。



  「死の川か……」



  今の暁にお似合いの場だと思った。

 

  そんなことを考えながら、木から手を離し、半歩足を踏み出す。


  すぐ後に風が吹き、崖先の小石が谷底に落ちていく。


  もう半歩、踏み出そうとした暁の足が止まる。



  「別に怖いことなんて、ねえのに……」



  この高さだ。


  痛むかもしれないが……それでもすぐに楽になれるはずだ。


  そう思い込もうとするが、暁の体は鉛のように重い。


  暁の足がそれ以上、進むことは無かった。


  思わず、舌打ちをする。


  そんな時だった。


  「!」



  暁は、後ろを振り返った。


  何者かの気配を感じたからだ。


  後ろには誰もいない。


  しかし、暁の周りには真っ黒な(モヤ)が立ち込めていた。



  「早く、早くしねえと……」



  暁は、焦っていた。


  早くしないと、あいつが来てしまう。


  五年前に、暁から全てを奪った化け物が。


  早く終わらせないとなのに……。


  それなのに、暁の足は動かない。



  しばらくすると、谷底から風が吹き上がってきた。


  息が詰まりそうになるくらい、強い風だ。


  暁の袖から、何かが落ちた。



  「あっ……」



  暁は舞い上がった砂が目に入るのも気にせずに、落ちたそれを急いで拾う。


  拾ったそれを空にかざす。

 

  それは、暁の母が遺した髪飾りである。


  真っ黒なその髪飾りには、笹りんどうの家紋が刻まれている。


  笹りんどうの紋は、暁が生まれた篠原(シノハラ)家を表す紋である。

 

  もう、顔も声も思い出すことの出来ない、母と弟が頭に浮かぶ。


  彼らは、暁がいなくて寂しがっていないだろうか。


  いや、絶対寂しがっているに、決まっている。


  暁が五年前から…………彼らに会えなくて、ずっと寂しかったように。


  そういえばと、思う。


  人々は、死に肉が朽ちても、魂はこの世に残り続けるという。

 

  そんな魂は、永い時を経て、先立った一族の元へと還り、祖霊と呼ばれる存在になるという。


  それはつまり、暁が死ねば、早世した母や弟達に会えるということではないか。



  「そうか、死んだらみんなに会えるのか……」



  こんな易しいことに、なぜ今まで気付かなかったのだろう。



  「ははっ……馬鹿野郎だな、俺は」



  暁は、ほくそ笑んだ。


  五年間も、ろくに眠れず悩み続けた己の馬鹿さを呪う。


  だけど、とにかく、もう迷いは消えた。


  早く、早くみんなに会いたい。


  そう思うと、暁の体はとても軽くなっていた。



  「母さん、(ノゾム)(ヒロシ)(ミツル)……今から会いに行くよ」

 


  暁は、微笑みながら一歩足を踏み出した。

呼んでくださり、ありがとうございます!

ブクマつけてくれたら土下座します。

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