再会 エドワード
「エドワード先生、お久しぶりです」
放課後、金髪をポニーテールにし、瞳の色と同じ少し赤みのあるピンク色のリボンで結んだ可愛らしい生徒が訪ねてきた。昨日の入学式から僕が受け持つクラスの生徒だ。
自分の準備室兼控室に迎え入れ、ソファをすすめる。先生には一人一人専用の部屋が与えられている。基本貴族ばかりなので当然だろう。会議室はあるが職員室という場所はない。
「トウア、久しぶりだな。まさか本当に学園に入学するとは。おめでとう、がんばったんだな。自分が担任になるとは驚きだったが」
8年前、まだ学生だった17歳の時に出会った7歳の少女。平民ながらこの貴族学園への入学を目指す彼女に、少しの間だが勉強を教えた。
僕は子供の頃から教師を目指していた。伯爵家の三男なので家を継ぐことはないと理解していたし、自分の家庭教師をしていた先生がとても教え方が上手く話もわかりやすくて憧れる存在となっていたからかもしれない。
「入学式の後、ゴウ先生にも報告に行きました。それで、お手紙を預かってまして…こちらです」
ゴウというのは、トウアと同じ平民の特待生だった僕の同級生だ。もともとコイツの思いつきでトウアに勉強を教えることになった。ゴウも教師を目指していたためか、貴族と平民ながら一緒にいることが多かった。きっかけはなんだったか…あまりよく覚えていない。
「使われてしまったな。悪かった。ありがとう」
「いえ、大丈夫です。あ、赤ちゃんかわいかったですよ!」
「もう産まれたのか。結婚式以来会えてなくてね。時々手紙のやり取りはしてるんだが。そうか…もしかしたらそのことが書いてあるのかもな」
平民学園で教師をしているゴウは、一年半程前に幼馴染と結婚をした。お互い忙しく、それ以来会う機会がなかった。
「そういえば、例のハンカチ王子は見つかったのか?まさか入学してないとかはないよな」
「はい!実は同じクラスのカイル様なんです。入学式の日にまた助けていただいて、やはり優しい方のままだと感激しました!」
トウアが興奮気味に答える。ちょっと大袈裟な気もするが、長年の思い込みもあるのだろうと自分を納得させる。
カイル、カイル…。いや、名前はわかっているが印象がうすいのか、はっきり顔がうかばない。明日確認しないと、担任としてもマズイ。
「お返ししようとしたんですけど、そのまま持っていていいと言ってくださって」
と、例のハンカチを見せてくれる。まぁ8年前のハンカチを返されてもな、と思ったが口には出さない。
「よかったな。お守りみたいなもんなんだろ」
「はい。大切にします」
では失礼します、とトウアが出て行く。
一人になって、あらためてトウアには感心してしまう。本当に学園の特待生になってしまうとは。それに、成長した姿にも驚く。あの女の子が立派に制服を着て自分の教え子になるとは。なんというか、とても可愛くなっていた。
自分は成長できているだろうか。25歳になった今、昔ほど彼女との差は感じられない。
ゴウの手紙にはやはり子供が産まれたこと、自分似の男の子であること、トウアのことなどが書いてあった。何が「俺たちのはじめての生徒が入学したな」だよ。確かにうれしいけれど。
* * *
「君たち、もう教室を閉めるから早く帰りなさい」
「あ、先生、すいません」
「えー、もうですか?早すぎだろ」
「コラ、態度悪いぞ。すみません。すぐ出ます」
トウア・フリッツ・カイルが口々に言いながら、ペコリと頭を下げて出て行く。試験のことについて話しているようだった。
先程、後期試験の範囲が発表されたからだろう。あの三人はクラスでも上位にいる優秀な生徒なので、しっかり準備をするのだろう。フリッツも態度はあまり良くないが、必要な事はきちんとやっている。カイルが手綱を握っているようだ。
「仲良くやってるみたいじゃないか。平民だからと差別するような者たちではなくてよかったな」
やはり学園内はほとんどの生徒が貴族なので、階級意識が強く平民や爵位の低い者を下に見ることが多い。先生の中にもそういう者がいるのは嘆かわしいが。
トウアのことも新学期当初は心配していたが、あの二人と行動を共にするところを見かけるようになったので安心した。何度か強い口調でトウアを罵っている令嬢を見かけたこともあるが、言い捨てて去って行くだけの様だったので、特に口出しはしなかった。先生の立場的に一人の生徒を庇いすぎるのも色々問題があるのだ。
一度、カイルにトウアの様子を尋ねたことがある。相変わらず印象のうすい彼だが、なぜか交流関係は多岐に渡っており、噂では王子の側近と親しいらしい。
「トウアさんはしっかりされているし、いい子なので大丈夫ですよ。たぶんご令嬢の問題ももうすぐ解決できるかと」
なんだかまるで年上に言い聞かされているようだと感じた。馬鹿らしいことだが。なにか問題が起きたら知らせてもらうよう頼んだおいた。
「と、まあこんな感じに順調に学園生活を送っているようだぞ」
今日はゴウの家に来ている。やっと時間が取れ、今更だが出産祝いを渡す。息子はもうハイハイをしている。思ったより動いていて驚く。
「遅いわ!今何月だと思ってんだ!でも、そうか。よかった。トウア本人は大丈夫だと言っていたんだが、俺の壮絶な学園での生活を思い出したら心配でな。あの時もエドワードと友人になれたから少しおさまったけど、キツい時もあったからな〜」
当時を思い出したのか、苦虫を噛みつぶすような顔をする。底抜けに明るい友人も、一時期本気で思い悩んだことがあるらしい。
「僕もそこまで立場もないから完全には庇えなくて悪かったな。でもやめないでくれてよかったよ」
「いやいや、充分庇ってもらったって。感謝してるよ。ま、とにかくトウアがしっかり勉強できる環境なら安心したよ」
多少は仕方ないもんな、と寂しげに呟く。
確かに、完全には難しい。そもそもこの国には階級制度、貴族制度があるのだから。学園にいる間だけその考えをやめろといっても無理がある。
「あ、そういえば王子と話しているのも見かけたことがあるぞ。クラス違うのに珍しいと思ったよ。試験順位が1位・2位だったからなのかな?」
「へー、それはすごいな。トウア可愛いから王子に見染められたか?」
「それはそれで争いのタネになりそうだがな」
冗談めかして笑い合うと、別の話に切り替わる。細かいことを気にしない気軽な会話のやり取りに、癒されるのがわかった。普段気を使うことが多すぎるな、と自覚する。
「これからは時間を作ってまたトウアの報告にくるよ」
「そうだな。また二年後だと卒業しちまうから、なるべく早くしてくれよ?」
ニヤリと笑って握手をし、別れる。友人というのはいいものだなと改めて思った。
トウアはこれから学園で学んで、楽しいと思える時間を過ごせたらいい。協力できることは出来る限りしてやりたい、と思うのだった。
読んでいただきありがとうございます。
エドワード先生です。
攻略対象ですが、そんないきなり好き好きになるのは不自然だと思うのでこの程度で。