三枚目 ロベルト
私は王子である。そうあれと教えられた。常に上の者として考え、振る舞えと。自分自身そうなれる様努力してきたつもりだ。何事にも揺らがない精神力を身に付けるべく、鍛錬や勉学を続けてきた。
でも、まだまだ足りなかったようだ。
* * *
妹が熱を出した。3歳年下のユーリスは産まれた時から体が弱く、よく熱を出して寝込んでしまう。自分の濃紺の髪よりも少し明るい紺色で瞳の色は同じ金色。髪の毛はゆるくカールしていて背中の中ほどの長さで、目はパッチリとして口も小さくてピンク色、とにかく可愛い妹だ。兄バカの自覚はあった。
その日は、何日か前に体調の良かった妹から「庭園の薔薇が見頃なので一緒にお散歩に行きたい」というかわいいお願いをされ、それを叶えるために時間を空けていた。しかし5歳の妹の体調は変わりやすく、また熱が出てしまった。
残念に思ったが、自分よりもはるかに悲しんでいる妹を見ると愛しくて「お熱が下がったら散歩に行こうね」と約束したのだった。
妹との約束はなくなったが、時間は空けてあったのでなんとなく庭園を予定通り散歩してみる。確かに薔薇が見頃になっていて、とてもきれいだった。しばらく散策すると、あるピンク色の薔薇が目に入る。とても見事な花をつけていて、それがユーリスを思わせた。この花をベッドにいる妹に届けたいと思った。ただそれだけだった。
そもそも薔薇の扱い方など知らないロベルトは花を傷つけないように茎を長めに残すように20センチほど下を引っ張った。手に痛みが走る。
「イタッ」
なんだ?切れたのか?何か黒いモノが付いている。思わず服にこすりつけようとする。
「ダメだよ!」
驚いて声の方を見る。誰だ?知らない子供?何でここにいる?ここは王宮の庭園だぞ?しかも近づいてくる。
「何だお前は!」
「手を見せて!」
警戒する声を出すも、同時に相手も大きな声で言葉をかぶせながら手を取られる。両手で引っ張られてけっこう強い力だ。強引な行動に驚く。
「よかった。これならすぐ取れそう」
「痛いから離せ」
「トゲを取らないとずーっと痛いよ?」
こいつは手に刺さっているトゲを取ろうとしているらしい。ずーっと、に力を入れて自分が痛そうに喋る。経験があるのかのように。
黙ったのを了承したと解釈したのか、手を掴む力を緩めてハンカチを取り出すとドケの刺さった中指に添え、ギュッと挟む。黒いドケらしきモノが少し浮き上がる。正直痛かったが、グッとこらえる。ちょいちょいとつまんで取り除き、よし!とつぶやくと、指に浮いた血をチュッとなめた。
「ん?…なっ…?!」
な、なめた!?まさかの行動に顔が赤くなる。そんなことは気にもせずに指にハンカチを巻いている。そして、目線が横にずれる。先程摘もうとした薔薇がこちらに傾いていた。指から手を離すと、何かを呟いた後でナイフのようなものを取り出し切り取った。別のハンカチを取り出すとたたんだ状態で茎を上から下にむかって扱いた。トゲがきれいに取れていく。
ぼーっと見ていたロベルトに薔薇を渡す。
「はい。トゲがあるともらう人も刺さることがあるからね。気をつけて」
ユーリスの手にトゲが刺さったら…と思うとゾッとする。受け取りながら自分の衝動的な行動を反省した。
「助かった。妹にあげたかったんだ」
お礼を受けつつ次は誰かに頼むように諭される。素直にうなずいた。
すると、ふわりと微笑まれた。その包み込むような笑顔が、礼拝堂にある女神像と重なって顔が熱くなる。思わず見とれてしまう。
「一応、きちんと手当てしてもらってね。それじゃ」
「あ、おい」
くるりと踵を返してあっという間に去って行った。しばらくその場から動けなかった。
ユーリスの熱が下がったと聞いて部屋を訪ねる。朝よりは顔色も良い気がする。ただまだ寝ていないといけないらしい。
「熱が下がってよかった。体はつらくない?」
「おにーちゃまごめんなさい」
「気にしなくていいよ。また行こうね。今日はこれでがまんしてくれる?」
泣きそうな顔で話すかわいい妹に、先程のピンクの薔薇を差し出す。きちんとラッピングしてもらった。
「わあ!きれい」
「お庭の薔薇だよ。ユーリスに一番似合いそうな花を選んだんだ」
「ありがとう。おにーちゃま」
うれしそうに、にっこり笑って受け取ってくれる。次は一緒に行こうねと約束する。本当にかわいい。
「あれ?おにーちゃまそれなあに?」
指に巻いてあるハンカチに気付いて問いかけられる。思わず顔が赤くなってしまった。
「えっと…これは…ちょっと切れちゃっただけだよ。すぐ治る」
こてんと首をかしげて「そーなの?」という顔をする。実はすぐに医者に手当を頼むつもりだったのだが、ハンカチをはずすのがためらわれてまだ診せてなかった。それを問われた気がして恥ずかしくなる。この後診せにいかないとな。
ユーリスがよろこんでくれたし、あの子には感謝していた。次に会ったら友達のように話せるだろうか…。
あれからあの少年に会うことはなかった。
同じくらいの時間帯に何度か覗いてみたけれど、会うことはできなかった。もう手の傷はすっかり消えてきれいになっている。薔薇の時期も終わってしまった。今は別の花がキレイに咲いている。
会いたい、と思う。もう一度きちんとお礼を言いたい。ハンカチを見ながらため息をついた。
* * * * *
あれから二年も経つのに、なぜかまだ時々考えてしまう。そんな兄を見て、妹が爆弾発言をおとす。
「お兄さま、わたくしわかりましたわ!それは『初恋』というものですわね!」
「…は?え……!!いや、でも…まさかそんな……」
10歳になり婚約者候補の何人かと会わせられたりしているが、確かに気になる令嬢はいなかった。自分の理想の女の子は…と想像して、女神像のあの笑顔が浮かんでしまった。
「〜〜〜っっそんな…えぇ〜〜??」
なんだか慌てだす兄を見て、妹は自分の考えに自信を持つのだった。その後、しっかりと口止めをされた。
こんなに落ち着かない気持ちになるのは、鍛錬が足りないからだ!と幼い王子は自分を鍛え直すのだった。
三人とも初恋はカイルなのです。
でも小さい頃の憧れを含んだものです。
本当の意味の恋愛は学園生活で〜のつもりです。