7.学習室とテオ先生
顔合わせから次の日。
クリスティーナを伴って学習室に向かう。王族のみならず、宮殿内に住む貴族の子女は集まって数人の教師から教わることになっている。
今は遠縁の侯爵子息ジョシュアとその学友二名、従兄のハワード、ディアーナお姉様、私とクリスティーナ。
学習室に入るとハワードだけが居た。
「ごきげんよう。ハワードお兄様」
すました顔で挨拶する。
「…ああ…ごきげんよう…そいつか、お前の侍女は」
ご機嫌ようと言いながら、不機嫌そうにこちらを一瞥する。
「こちらは従兄のハワードです。クリスティーナ、ご挨拶を」
「クリスティーナ・ランドールです。お目にかかれて」
「ああ、挨拶はいい。どうせ午後の剣の稽古も出るんだろ?」
ハワードは手をヒラヒラさせてクリスティーナの言葉を中断させた。
「いいよなあ。お前はもう専属が決まってて」
また私に突っかかってきた。ハワードは自分にまだ学友が選定されてないのが悔しいようだ。
「…理由がありますし、たまたまです」
クリスティーナはアシュリー大叔父の教えを受けるために宮廷に上がったのである。その条件が私の侍女なだけだ。そう、利害の一致なだけ。
ディアーナお姉様も侍女は決まっていない。
「なんでお前だけ特別扱いなの?そんなに女が騎士になるのが偉いの?」
「偉いってわけでは…」
「なんでそんなもん目指すの?必要ないじゃないか。どうせ結婚してこの宮廷から出ていくんだろ?」
「…」
「早く出て行ってくれないかなぁ…」
「…おっお言葉で…!」
クリスティーナが口を開く、のを慌てて塞いだ。
「…何?」
ハワードがクリスティーナを睨みつける。
「どうかして?」
扉が開く。ディアーナお姉様が侯爵子息たちと一緒に入ってきた。
「お姉様…」
「あら、そちらがヴィーのご友人ね。初めまして。姉のディアーナよ」
クリスティーナに目を留めて満面の笑みで挨拶するお姉様。
部屋の空気が一変した。
お姉様に見惚れるクリスティーナ。
それを見て嬉しくなる。素敵でしょう、私のお姉様は。
ハワードも柔和な顔で挨拶するとおとなしく席に座る。
それぞれ所定の席に着いた頃、本日最初の教師が来た。
「おはようございます。皆様」
サヴィテオ・ブライサー。十四歳。子爵家の次男で神童と言われている。
飛び級で王立記念学院を卒業。来年隣国へ留学予定。それまでの間、大学へ通いながら宮廷で教師をしている。
「授業を始めさせていただきますよ」
私はクリスティーナの視線を感じながらノートを開いた。
「テオ先生、少しよろしいでしょうか」
授業後、クリスティーナをお姉様たちに預けて、サヴィテオに声をかける。
「何なりと。どうしましたか」
「私は他に何をすればいいのでしょう」
「…他とは…?」
「お姉様をお守りするために剣技の稽古始めました。他の授業も真面目に受けています。読書も始めました。刺繍や編み物は必要を感じてないんですが、やったほうがいいのですか?」
サヴィテオはうーん唸りながらと顎を人差し指で掻いた。
「…では、ヴィヴィエラ殿下にお聞きしますが、もし貴女様が女王になるとしたらどうしますか」
「え?…お姉様が女王でしょう?」
想定外の質問に胸が苦しくなる。
「もしもの話です。ご自分が女王になったらどうするか…で考えてみてください」
「そんなの…だってお姉様…」
お姉様が女王。それは揺るぎない。そう思っていたから…。
自分が女王になったらお姉様は…?
「ああ、まだこの質問は早かったですかね。…違います…必要か必要でないかはご自分で決めて良いと言いたかったのです」
泣き出しそうな私の顔を見てサヴィテオは優しく微笑んだ。
「そうなの?それでいいの?」
「はい。それでいいのです」
不安になるといつもサヴィテオの太鼓判を貰いに行く。そしていつもサヴィテオはそれに応えてくれる。
「皆様は食堂へいらっしゃったのでしょう。お連れいたしましょうか」
恭しく手を差し伸べたサヴィテオに、王女らしくニコリと笑って。
「大丈夫よ、一人で行くわ。ありがとうサヴィテオ。大好きよ」
軽くお辞儀をして学習室を後にした。