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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
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6.六歳の侍女と王女


「あなたが新しい侍女ね!よろしくお願いするわ」

 ヴィヴィエラの私室に一人の少女が頭を垂れている。

「クリスティーナ・ランドールと申します」

「ヴィヴィエラ様、娘をよろしくお願いいたします。不都合がございましたら私に仰ってくださいませね」

 母親のランドール伯爵夫人が恭しく礼をする。

「では、別室で着替えていらして。早速練習します」

「は?」

「私は下の中庭で先に練習しているので、用意が出来しだい降りていらしてね」

 そう、私はドレス姿ではない。ブラウスに吊りズボン、ブーツといった、いで立ちである。


 剣の稽古を始めて三か月になる。

 ずっと母や大叔父や国王陛下に頼み込んで、やっと許可が出たのが四か月前。

 そこから誰が剣技を教えるのか、で、紆余曲折あって従兄弟たちと一緒に大叔父が教えることになった。

 しかし従兄弟たちは『女相手はやりにくい』と難色を示しだした。

 そこで、私の稽古の相手としてクリスティーナが紹介されたのである。


「ランドール伯夫人は知らなかったのかしら」

 階段を降りながら独り言ちた。伯爵夫人の目を真ん丸にした顔を思い出しクスクス笑った。

 侍女とは名目上で、ヴィヴィエラと同じ六歳のクリスティーナは学友として招かれたのである。

 剣技歴はヴィヴィエラより半年長いらしく、騎士団に入団希望と聞いている。

 自分と同じ夢を持つ同志に会えたことが何よりも嬉しい。

(あの子もディアーナお姉様を守りたいから…ではないと思うけど)



 時々ガーデンパーティーが開かれることもある中庭の端に女官と護衛が二名。もう一人の護衛人が判定役をかって出てくれた。

 近くの東屋でランドール伯爵夫人がお茶を楽しんでいる。

 私とクリスティーナは木製の模造刀を構えて対峙していた。

 一礼する前までは伏し目がちで目線が合わなかったのだが、今は真っ直ぐに睨んでくる。

 

「始め!」

 私はすぐに大叔父や従兄弟…ハワードまでもが手加減してくれていたのだと痛感する。 

 判定役の掛け声と共にクリスティーナが剣を構えたまま突っ込んできた。

 驚いて咄嗟に剣で防ぎながら、身体を左へ反転する。

 次は剣を上から抑え込もうと力を入れられた。

 右手だけでは剣が地面に付いてしまう。慌てて両手で剣を持ち、クリスティーナに抵抗する。

 不意に剣が軽くなり、そのまま腕が上がってしまった。

「あっ!」

 クリスティーナの剣が私の胴体を真横に掠めた。

「そこまで!」

 一分も経ってないのではないか。

 半年の経験の差か。

 少し私より身体が大きいからか。


 クリスティーナはもう最初の立ち位置に戻っていた。

「クリスティーナ!」

 東屋からランドール伯爵夫人が真っ青な顔で近づいてきた。

「あなたは…殿下になんてことを…」

 クリスティーナはまた伏し目がちになった。

「ランドール伯夫人、稽古なのですから大丈夫です」

 警護人が仲介に入ってくれる。

「いいえ、殿下に何かあったら困ります。やはりクリスティーナにこの役は…」

 やはりこうなるのね。私が王子なら文句はないのだろうが。

「ランドール伯夫人。私がクリスティーナ嬢を必要としているのですから、それ以上の問題はありません」 

「で、でも殿下…」

「どうか、安心してお引き取りください」

 上がった息を整えつつ、にっこりと笑う。

 ランドール伯爵夫人は何か私に言いたげだったが、一言二言娘に告げると帰っていった。


 クリスティーナも同じ?女の子だからどうこう言われてる?

 騎士団や王立軍にも女は居るが、圧倒的に少ない上に戦線に上がることもほぼない。

 よって剣技など好き好んで覚える貴族令嬢は居ない。護身術で十分だ。

「すごいわ、クリスティーナ。でも頑張って貴女に勝ってみせるわ」

 近くに寄ってクリスティーナに右手を差し出した。彼女は渋々という感じで私の手を握る。

「…はい…」

 視線は合わない。

「今日はもうお開きにするわ。来た早々ごめんなさいね。…お部屋に案内してあげて」

 女官の一人に促されてクリスティーナは一礼して護衛らと共に建物の中に消えていった。

 私はため息をつきながら東屋に向かった。


(やっぱり、嫌われてるの…?)

 メイドが淹れてくれたお茶を一口二口。

(仕方ないけど…ね…)

 『第一王女火傷事件』と名打たれたディアーナ王女が火傷を負った日。そこからの私は悪評に満ちている。

 乱暴王女・イカレた王女・暴れん坊王女…色んなあだ名が付いている。

 裏事情通な方々からは「黒幕はヴィヴィエラ様の母上、外国人の妃殿下」「いやいや、本当の黒幕は王太子殿下の姉上シャーロット様」「そうではないよ。真実はシャーロット殿下の御夫君、ダリル・オリヴィエ公爵だろう」と王位継承争いに絡めてヒソヒソと声が上がる。

 事件現場ではシャーロット伯母様の次男ハワードが、私ヴィヴィエラをけし掛けてるように見える人も居たのだろう。伯母様まで噂の対象にされるのが心痛かった。

(怒らないように我慢してるし、ハワードが何か言ってきても無視してるし)

 ただ、ハワードはしつこい。かなりしつこい。年長者や長男のクライドが居てくれないとずーっーっーっと私へ嫌味を言い続ける。

 そのクライドは今年から王立記念学院に通う。

 また一つため息をつく。

 あなたが子供だから許されているのよ。また、子供だから悪評を打ち消す手立てもないわねと、お母様が言う。

(毎日頑張るしかないけど…)

 本当は夕食までの時間をクリスティーナの為に使う予定であった。まだやっと太陽が真上を過ぎた辺り。

 私は立ち上がると木剣を手に取り、庭の真ん中で素振りを始めた。



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