4.事件と王女
サロン中に広がる悲鳴。
ディアーナお姉様が泣き叫んでいる。
どうしよう、どうすればいいの!?
大人たちによって私から引き剥がされ別室に連れていかれるお姉様。
女官やメイドが私に駆け寄ってくる。お怪我は?と聞かれたような気がした。返事をしようにも息の仕方まで忘れてしまった。
「一大事だわ」「あれだとなかなか治らないだろう」「酷くならなければいいが」「私も昔タバコの火で火傷しましてね。痕がずっと残ってしまったんですよ」
「嫌だわ」「ヴィヴィエラ殿下は乱暴だなぁ、やっぱりあの国の…」「シッ、聞こえますよ」
部屋中の声が聞こえる。騒がしいのに一言一句全て聞こえるような気がする。
「だからお前はお子ちゃまだって言ってるんだ!」
私を見下ろしていたハワードが言葉を吐き捨てて他の女官に連れられ去って行った。
それでようやく何が起きたのか、やっと理解した私は大声で泣いた。
「ヴィー、ヴィー!」
アシュリー大叔父が優しく抱きしめてくれる。
「ヴィーも濡れてるじゃないか。着替えに行こうね」
アシュリーに抱き上げられサロンを出た。
別室で火傷のチェックと着替えをすませる。
私は未だに泣いていた。周りの医者やメイドの言葉は耳に入ってこなかった。
隣室でアシュリー大叔父が待っていた。部屋に入ると私はその胸に抱きついた。
「火傷はしてなかったようだよ。ディアーナのおかげだね」
ディアーナという言葉を聞いて私の泣き声が大きくなった。よしよしと大叔父が頭をなでる。
「ディアーナのお見舞いに行くから、泣き止みなさい」
こくんと頷いて鼻水を拭き、必死で息を止める。鼻と喉と肺が不規則に震えた。
大叔父に手を引かれてディアーナが手当てされている部屋まで歩く。
廊下は大人達でごった返していた。ほとんどがこちらへ向かって歩いている。
「ディアーナの様子はどうですか?」
大叔父が一人の紳士を捉まえて聞いた。
「ああ、アシュリー様。ディアーナ殿下は落ち着かれたようですよ。王太子殿下のご命令で只今解散になったところです」
「おお、そうですか。それはありがたい」
話している最中、私は泣いた顔を見られるのが恥ずかしくて、ずっと俯いていた。
お姉様の居る部屋に近付いた。人気はなく閑散としている。
部屋からルーカス王太子…父が出てくるのが見えた。
「お父ちゃま!」
私の声に気付き、青白い顔をこちらに向ける。また涙が出てくる。
「お父ちゃま…お姉ちゃまは…」
駆け寄ってお姉様の様子を聞こうと思った。
ビシィッ
右へ吹っ飛んだ私の体は壁に激突して倒れこんだ。
「なんてことをしてくれるんだ!火傷の跡が残ったらどうしてくれるんだ!」
側頭部を打ったと思うが打たれた左頬の方が痛む。血の味もする。
「もしディアーナに何かあったらお前も同じ目に合わせるからな!」
目を吊り上げた恐ろしい形相の父が私を見下ろしていた。こんな父は見たことがない。
「いいか!金輪際ディアーナに近づくな!」
父は私の胸元を鷲掴み、前後に乱暴に揺すると思い切り突き飛ばした。
「この悪魔!」
涙で何も見えなかった。